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第五十四話 開戦前夜、それぞれの矜持

 今から、三百年前とも言われたエルフ族との戦い後に、当時の製鋼技術の粋を集めて造られた鉄鋼門。

 ウルバスドゥーム地下都市の入口となるその門より、地上に繋がる直径四百メートルに及ぶ半円状のトンネル。

 その出口を塞ぐように、巨大な城壁がそびえ立っていた。


 そこから二十キロの場所に布陣している、帝国軍の本陣に当る天幕の中では、開戦前の最後の軍議が開かれていた。

 その中には、軍勢の中枢を担う白竜騎士団第二部隊隊長のブライの姿もある。


「…これで、明日の正午を待つばかりだな。」


 帝国軍一万を率いるオズワルド=ガリウス将軍は、諸将を前に毅然と言った。

 目の前の大きなテーブルには各部隊の配置とその行動を指示する書類が置かれている。

 オズワルドの言葉に、その場にいた全員が頷いた。


「…とにかく、我々に課せられた勝利はルブラン城の制圧である。女王と取巻き以外、抵抗する者は皆殺しにして構わないと上層部からは指示されている。…その後は、駐留軍に引き継ぎ我々は凱旋の予定だ。」


「…分かりました。…たしかに堅牢名高いウルバスですが、それ故に帝国や王国などの諸外国と違い、前衛都市となるようなものがありません。…他国の支援を頼られる前に侵攻を早めたのが功を奏しましたな。」


 オズワルドは頷く。


「…ウム。あまりの早さに正直、アルジェント閣下が何かに焦っているのではとも思ったが、おそらくはそのような意図もあってのことだろう。…ここを落とせば、我が国はロナルディアで最も進んだ技術と鉱石を手にすることが出来る。」


「まったくですな。本当に、アルジェント閣下の慧眼には末恐ろしさすら感じますな…。」


 そのようなやり取りを、ブライは興味なく眺めながら辟易としてため息を吐いた。

 後方で指揮するだけの者たちにとって、現場で戦う自分達の思考との乖離に呆れるばかりだった。

 ブライは、オズワルドの前に一歩進み出ると慄然とした体を装って言った。


「将軍閣下。それでは、私も騎士団に戻り、急ぎ出陣の準備にあたりたいと思います。」


「おお、さすがは白竜騎士団隊長。貴殿も行動が早いな。…アルジェント閣下の自慢の騎士団である貴殿らの活躍にも、十分期待しておるぞ?」


「ありがとうございます。…すべては帝国のために、白竜騎士団第二部隊全員で身を尽くしてまいる所存です。」


 一刻も早くこの場を辞したいブライは、胸の内で毒づきながらも、殊勝な面持ちで心にもない言葉を並べた。


「分かった。それでは、存分に暴れてくるが良い。」


「ハッ!」


 ブライは、拳を胸に当てる敬礼をすると、すぐさま踵を返して天幕を後にした。

 そして、そのまま自分達に充てられた天幕に行くではなく、遠くにウルバスの城壁が望める場所に向かって歩き始める。


「…大将軍に敬意を持つのは結構だが、姿も見えない者に世辞を並べるとは…呆れた連中だ。」


 誰も聞くことがない呟きを漏らしながら、ブライは目的の場所に着くと、望遠鏡を取り出して城壁の方へと向けて覗き込んだ。

 

 すると、いかにも鉄壁という言葉が当てはまるウルバスの城壁の前に、異形の鉄の塊が三十機、整然と並んでいるのが見える。

 ブライは望遠鏡でその様子を眺めながら、寒さで白いため息をついた。


「…あれがウルバスの新兵器か?」


 もちろん、初めて目にした姿ではあるがブライの目に恐れはない。


「…随分、大きいな?…こちらの攻撃も通りが悪そうだ。」


「でも、かっこ悪いです。」


 いつの間にか、隣で望遠鏡を覗いたルーシェが不服そうにブライの独り言に答えた。


「…いつの間に…。お前、いつも突然俺の側に現れるな?…もしかして、俺に惚れてるのか?…っと、これもセクハラになるのか?」


「惚れてますよ?気づいてなかったんですか?」


 ルーシェは、そう言って青いポニーテールを揺らして笑顔を向けた。

 しかし、ブライはそれに冷めた視線を向けると気のない口調で言った。


「…冗談にしては、信憑性に欠けて笑えんな。」


「なにを言ってるんですか!ここは、ドギマギしながら『お前もか?!』って言うところじゃないんですか?」


 ルーシェは、頬を膨らませて不満げに聞き返す。

 ブライは、構うことなく望遠鏡を覗き込んだまま適当にあしらう。


「わかったわかった。…そんなことよりも、どう思う?かっこ悪いだけじゃないだろ?」


「…ったく、そんなことって…。まあ、いいです。…あのアンガスもどきですよね?」


「ああ。…確かに俊敏性はないだろうが、集団で連携を組まれたら、かなり厄介な相手になるぞ?」


 異形の機動兵器を初めて目にしたにもかかわらず、ブライは魔装獣機(マジックブルワーク)の戦術とその有効性の高さを言い当てた。


 現代の戦闘でも、戦車の単独攻撃は脆弱だが、機械化歩兵を混じえた集団攻撃は、地上では最も強力な攻撃方法の一つてもある。


「…そうかも知れませんが、アイツらには私達の動きを捉えることは出来ませんよ。」


 ルーシェは、自信を持って答えると胸を張る。


「…俺達はな。だが、他の兵達はそうは行かないだろう。…やはり、初手から俺達が前線に出るべきかもな…。」


「…そうですね。それに、あの図体だと地下都市にこちらが突入したらなにも出来ないんじゃないですか?」


 ルーシェの的を射た戦略眼に、ブライは素直に感心する。


「…なるほど、それでわざわざ城壁の前に配置したのか。…奴ら、あれほど城壁を死守しようとしているのは、裏を返せば突入された後に出来ることが少ないという意味か。」


「フフン。…見直しました?惚れても良いんですよ?」


「惚れねえよ。」


 ブライの即答に、ルーシェは露骨に嫌な顔をしたが、目だけは笑っていた。


「…隊長、死んだ人はもう帰ってきませんよ?…そろそろ忘れてもいいんじゃないですか?」


 ルーシェは、望遠鏡から視線を外して依然と望遠鏡を覗くブライの横顔を見つめた。


「だから、そんなんじゃねえんだよ。…アイツは…ジェリルは、すげえヤツだったんだよ。…それを異世界人とやらは事も無げに殺しやがった。そのせいで帝国じゃ、四竜騎士を蔑む輩もいると聞く。」


 ブライは、そこまで言うと望遠鏡から目を離しルーシェに視線を向けた。


「…だから、俺が倒すんだ。そして、アイツらが本当にすげえ奴らだったと証明するんだよ。」


 そう言ったブライの表情を見たルーシェは息を飲んだ。その顔には、大きな殺意と狂気が入り混じった笑みが浮かんでいる。

 その威圧にも似た雰囲気に、ルーシェは負けじと笑みを返すと決心したように言った。


「…分かりました、隊長。この戦、さっさと片付けて異世界人を始末しに行きましょう。」


 ルーシェの頼もしい言葉に、口元を緩めたままのブライはただ頷くだけだった。


■△■△■△■


「いいぜ。俺はやるよ。」


 その時、ドルムの話を聞いた耕助は、開口一番、躊躇うことなく返事をした。


「…良いのか?相手は、一万にも及ぶ軍勢だぞ?」


 あまりに早い返答に、ドルムは瞠目しながら再確認する。

 ドルムは、グリームからの依頼を敢えて自分からの進言として耕助たちに話したところだった。


「良いも悪いも、やらなきゃ精霊石はお預けなんだろ?…やるに決まってんじゃん。」


「簡単に言ってくれるな。…それに此度は、貴殿は一人で戦に臨むことになるのだぞ?」


 ポータルの魔力充填には、三ヶ月かかるためにこの時点で仁を呼び寄せることは不可能だった。


「分かってるって。…知ってて頼んだくせにつまらない事を言うなよ。…それに、これで今回は仁に良いところを持っていかれなくて済むからな。思いっきりやらせてもらうぜ。」


 そう言って耕助は満足気な笑みを見せる。


「…しかし…。」


「良いのです、バセージ殿。元々、我々もラグナロクの性能を披露するつもりで帯同して参りました。…それに、この男は《《こういう男》》ですので、気にしないでください。」


 躊躇うドルムに、エレノアはニッコリと笑いながら話した。

 ドルムは、その言葉と耕助の様子にため息を吐いて言葉を返す。


「…なるほど。…神代殿。やはり貴殿はダレンとはまったくの別人なのだな…。」


 耕助の物言いと顔を見ながら、ダレンが繊細な性格だった事を染み染みと思い浮かべる。


「当たり前です。…まったく、こんな男と似ているなんて、ダレン殿が気の毒過ぎます。」


「まったく、なんて言い草だよ。…拗ねちゃうぞ?」


 耕助は、そう言いながらもその表情はこれから始まる戦闘への意欲が垣間見えた。

 エレノアと耕助の顔を見据えながら、ドルムは決心したように口を開く。


「…分かった。それでは、正式に依頼しよう。…賢者殿。それでよろしいか?」


「こちらも異存はありません。…此度の戦の勝利が依頼の達成ということですね?」


「その通りだ。…グルム、スマンな。」


「…お前も苦労しているな。それに陛下であれば、お主が進言せずともこのくらいのことは申したであろう…。」


 グルムの言葉に、ドルムは思わず苦い笑いを浮かべる。


「そうでもない。陛下のお気持ちを察すれば、我らなどまだまだよ。」


 そう言うと、今度は耕助の方へと視線を向けた。


「…それでは早速だが、神代殿には地下都市内の市街地まで侵入した敵の掃討と、ルブラン城の防衛を頼みたい。」


「…分かった。…この城まで辿り着いたヤツを潰せばいいんだな?」


「簡単に言えば、そういう事だ。…だが、貴殿が沈めば我々の敗北は必至だ。…重要な役回りであることだけは忘れないで頂きたい。」


「…今回もそうだが、相変わらず無茶な依頼の上に変なプレッシャーをかけるのは、この世界じゃ当たり前なのか?」


 耕助は、そう嫌味な事を言いながらも、その顔に自身に満ちた表情を浮かべるのだった。


 


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