第三十九話:背尾つかさはサラリをお店に招く
突然現れた少年は、私の肩くらいまでの背丈で、オーバーオールにキャスケット帽、背中に大きな絵筆を背負っていた。
少しキーが高い声はまだ声変わりしていない透明な声。
そして、不思議な事に、ふわふわと宙に浮いている。あれ、じゃあ地面に降りたらもう少し背が低いのかな。そのまま浮いている足元に注目すると、なんと影が無い。もしかして、おばけ?
「影、気になる? なくしちゃったんだよ。高い所に登ってたら、降りてきたら無くなっててサ。それから地面との境目がどこかよくわからなくなっちゃって、ずっと浮いちゃうんだ」
影が無くなったら浮いちゃうって、なんだか変な話だと思うけど。
この世界は絵で描いたものが実体化したり、色が魔法になったりするところから考えて、絵が重要なルールになっているように思える。
そうすると『影が無いと浮く』というのは納得がいく。
例えば、白い紙の上に人型を描いた所を想像して欲しい。できれば、ジャンプする姿勢で。この時、足元に影があると無いとだと大きな違いがある。足のすぐ下に影があればそこが地面だとわかるから「ジャンプしようとしている」絵だとわかる。でも、影までの距離を遠くすると、ジャンプ中の絵に早変わり。
つまり、この子は影をなくしてしまったせいで、地面の上を歩いているのか浮いているのかわからなくなっているという事なのだろう。
万有引力どこいった? とニュートンさんにリンゴ投げつけられそうな話だけど、ここは魔法のある世界なのだ。そもそもウチのクマ達だってたまに浮かぶ。手の届かない所にお菓子を置いたのに食べられたし。
「影、なくしちゃって何か不便だったりします?」
ちょっと好奇心。確かピーター・パンのお話の中で、ピーターが影をなくしてウェンディに縫い付けて貰ったりしてたけど、無くしてもこれと言って不具合は無いのに何で泣くのか不思議に思ったことがある。
「んーっとね、靴が履きにくいよ。あと椅子にきちんと座れないからご飯食べてるときにお行儀が悪いってよく叱られる」
なるほど。叱られるのは子供にとっては一大事だね。だけどその一大事は影が無い事じゃなくて浮いている事の問題だね。影が無い事と浮く事はつながっているみたい。
日本だったら重さを検知する式の自動ドアが開かないとか、体重計で正確な体重が量れないとか、足ふきマットで靴が拭けないとかいろいろ不便だと思うけど。
それよりも雨の日でも靴が汚れないのはちょっとうらやましいかも。
「キミの質問に答えたんだから、ぼくの質問にも答えてよ」
「クマが見えてるかってこと? うん。凄く眼福です」
「がんぷく?」
「えっと、目に嬉しいってこと。わたしクマちゃんとか可愛い物置大好きだから嬉しくって」
そう言って抱き上げたアポロ君をなでる。おなかもフニフニする。くすぐったいのかゴロゴロ身を捩るが、わたしの手を逃れても自分で戻ってきて手首にしがみついたりする。構われたいのだ、この子たちは。
「ああ、なるほど。好きなのね。それじゃしょうがないね……」
コネコネされているアポロ君が羨ましくて、わたしの膝に登ろうとしてくるひいろ様と、背中からのしかかってくるクッキー君を撫でながら極力真面目に会話を続ける。
「君もクマ達が見えているんだよね? すぐそこにわたしのお店があるからそこでお話ししない?」
「いいよ。ここにいると、その子達に構うのに忙しくて話すどころじゃなさそうだし」
お店に向けてぽてぽてと歩きながら、お店の説明をする。
「わたしナオリ草を使った回復薬とか、お菓子類とかを売るお店をやってるんだ。売り物が統一されていないからお店の名前もまだ決まってないんだけどね」
「クマが見えるんだから『クマ屋』でいいんじゃない?」
「他のお店は、店主の名前と商品を看板に書いてるじゃないですか。それだとクマを売るお店みたいですよ」
「それなら、何をするお店なのか書いてるだけだから、あなたの名前でいいと思うよ。あ、名前なんて言うの?」
「つかさ」
「じゃ、『つかさ屋』だね」
「わたしが売り物みたいじゃない?」
なんだか旧知の友人のように軽口をたたきながら歩き、お店の中に案内する。
しかし、当然クマ達がぞろぞろついてくる。それがサラリ君には不思議なようだった。
「うわ、なんで付いて来てるの? ほらほら、仕事に戻って!」
「いやいや、この子たちはいいの、うちの子だから」
「はぁっ?!」
わたしが開けたドアを通って、ひいろ様とクッキー君とアポロ君がトコトコと入っていく。
「なんで?」
「クマが見える仲間だから教えてあげましょう。とりあえず、おやつ食べながらね。座って待っててくれる?」
クマが見えるって事は、サラリ君もクマ好きなんだよね、きっと。
お店の名前、何にしよう?




