第二十六話:背尾つかさは愚痴を吐いてから気合いを入れ直す
気を取り直して、ドワーフの集落を目指すために山を登る。
くよくよしていても仕方ないし! と、簡単に気持ちの切り替えができれば楽なのだけれど、なかなかそうもいかない。なのでなおさらポジティブに振る舞って、意識して気持ちを切り替えないと。
なにしろ、大量のナオリ草で稼いだお金は、ほとんど使ってしまって残っていないのだ。
金欠なので焼き菓子も甘さ控えめになっており、クマ二人は上目使いで指をくわえていた。それはそれで可愛いのだけど、沢山稼いでおやつを沢山作ってあげたい。
ブーツなどの山歩き用装備を揃えるのと、ドワーフ達への交易品を作るという名目でキッチン用品を揃えたのと、あとは服を2、3着。4、5着だったかもしれない。
高かったのはキッチン用品だから、服はあまり関係ないはず。なにしろこの世界は竈が各家庭に無い為、家庭料理という物が無い。つまりキッチン用品は全て特注のプロ仕様。稼いだ角銅貨が金貨に届いたかと思ったらすぐに消えていった。
あと、タバサさんから仕事を制限されたのも痛い。
「ねぇ、つかさ? あなた少し働きすぎじゃないかい?」
「いえ? 残業もほとんどしてませんし、のんびりモードですよ?」
「……あんたがそう思うならそうなのかもしれないけど、普通はもっと休むもんだよ。あとこんなに大量に中級回復薬を作っても無限には買い取れないんだから、少し控えておくれよ」
回復薬はグローブさん達のような街を守る衛兵にも、カルダ君のような街の外へ仕事に出て行く人にも、冒険者にも必需品だ。でも、誰もそうだけれど怪我をしないように立ち回るのだ。
ゲームのように回復薬を連打しながらボスと闘うといった使い道はしない。薬は保険としていくつか持っておく物。だから需要はあるけれど、消費量はそれほど無かったりする。
薬は品薄だったのでしばらくはよく売れた。けど、ある程度の数が行き渡ると当然だけれど売れなくなった。そりゃ、タバサさんも生産にストップを掛けたくなる。
クッキーやホットケーキが売れると言えば売れるが、砂糖の値段が高いのであまり利益にはならないのだ。
この世界にやってきてまだ十日も経っては居ないけど、休みは一日も取っていない。重労働をしていないというのもあるけれど、不安だったからだ。元の世界に戻れない不安。そして財産を持っていない不安。
それをタバサさんに切々と訴えて、なんとか貯金が出来るくらいには稼げないかと相談したが、返事は恐るべき物だった。
「貯金なんて、私だってないよ?」
「え。いざという時どうするんですか?」
「友人や近所の人が助けてくれる。もちろん、困ってる人は日頃から助けておく。そうすることで恩は売っておくよ。それが貯金代わりだね。貯恩だね」
食料が安くて、安全なのだ。種を蒔いてない畑から、勝手に作物が育つことすらあるこの世界では、人から奪うよりも森から収穫する方が安全で楽なのだそうだ。
安全というのは、犯罪がほとんど無いからだ。
誰でも魔法が使える世界なのだから、女子供も自衛する武力を持っている。弱い者を狙った犯罪はリスクが高い。
地震や噴火も記録に無いそうで、タバサさんのような地球からの迷い人以外には、その言葉すら通じないらしい。
不思議な力で言葉が通じるのでは無くて、この世界の皆さんは普通に日本語を話している。それなのに「地震」「噴火」「天災」などの言葉が消えているのは、忘れ去られているからなのだろう。
そうすると、怖いのは火事ともう一つ。色を食べて、そこにある物を消してしまう色喰蟲。
だからパレットの街はこの二つを警戒した街づくりになっているんだと、今さらながらに思う。
税金も安いし食料も安い。お金を必死に稼ぐ必要がないから仕事もノンビリ、ストレスフリー。
私は九時から五時まで働いていたけど、暗くなる頃には店を閉めようとすると通りの他の店は全て閉まっていた。
みんな三時頃には店閉めちゃうんだって。それも、昼から開店で。午前中に開けてたらお昼休みに閉めてそのままなんだって!
たぶんだけど、有給休暇って言葉も無いんだと思う。休みたい時に休むし。
わたしは自分の借りた家も自分で掃除していたけれど、掃除屋さんに頼むことが多いらしい。汚れたその場でサッと掃除するくらいは誰でもするけど、念入りに掃除するのは「掃除が好きで祝福がある人」に頼む方がいい。
そういえば、タバサさんもわたしを雇って掃除や店番させてたんだものね。
洗濯屋、アイロン屋、お茶もお茶屋が売り歩くし、欲しければ竈番が沸かしてくれる。代筆屋に代読屋、耳かき屋、窓掃除屋なんてのもいる。物凄くニッチな商売が成り立ってる。銀行や金融業は無い。
生活のコストが低くて、趣味にさく時間が多い。趣味のために生きるのが普通で、それを誰も咎めない。
そんなの。クマ集めに全勢力を集中するしかないでしょう!?
草煮てる場合じゃ無い。
ついでに余った絵の具売ったり、シオニ石を持ち込んでもっとガラスで遊ばせて貰ったりしてもいい。
もし。もし日本に帰れたとして。わたし、生活戻せるかなぁ?
つかささん。早く進んでくれませんか。ここ、山の斜面なんです。




