14話 真なる精霊都市
精霊道の向こう岸に足を踏み入れた瞬間、俺の目に映る、世界が変わった。
自分が立つ場所が、草原から、幻想的な光に満ち満ちた、明るい都市になっていたのだ。
「ここが、精霊界、でいいのか?」
思った以上に、人工的というか、美しい街並みが見える。というか、その街の空中にいるのだけれども。
……少なくともあの進行方向に、町はなかったはずだしなあ。
走っていたらいつの間にか他の都市に来てしまった、という事はないろう、と思っていながら着地すると、
「あ、れ……?! もしかして、人間さん……?」
目の前に精霊種の女性がいた。
赤色の大きな鈴を手にした彼女は、こちらを見て目をぱちくりとさせている。
「ああ、種族としては人間だな。そういう君は、精霊だよな? というか、ここは精霊界で会ってるかい?」
おそらく住人だと見て、俺は声をかけた。すると、
「は、はい。そうですけれど……」
「良かった。精霊道の先はちゃんと精霊界だったんだな。走ってきた甲斐があった」
「え? ……あの、もしかして、あんなに薄くて頼りない足場の精霊道を駆け抜けてこれたのですか!?」
「それはまあ。そうしないとこれなかったからな」
それ以外にくる方法はないと言われていたし。そう伝えると、彼女は唖然としたような表情になっていた。
どうしたんだろう、と思っていると、
「パルム、ギルド長。そんなところで固まってどうしたんですか?」
と、彼女の背後から、何人もの精霊が来た。
その中の一人の男性が、パルムと呼んだ女性を見た後、こちらに気づいた。
「え……? あの、見ない顔なのですが、もしかして、人間界からお越しになられた方ですか?」
そんな風に問うてきた。だから、
「うん、そうだぞ」
「……」
答えたら、こちらに来ていた精霊たち全員に再び唖然とされた。
なんだろう。精霊流の挨拶だろうか、とこちらが思っていると、
「に、人間界から人が来てくれたぞ!」
「な、なんですって?!」
「マ、マジか! そんなことがあり得るのか!」
精霊の男女が口々に、驚きと、喜びの感情が見える声を上げた。そして――
「よ、ようこそ、精霊界にある精霊都市、イムボルクへ。私たちは貴方を歓迎します!!」
色々と気になる点はあるものの、どうやら俺は、『精霊界の精霊都市』とやらにたどり着けたようだった。
〇
精霊都市インボルクに足を踏み入れた俺は、近場にあった【精霊ギルド】と看板のある建物の中に案内されていた。
そして通された応接間にて、幾人かの精霊の男女がそわそわした表情で見守ってくる中、パルムと呼ばれた女性と向き合っていた。
「色々と慌ただしくて済みません。それにいきなりの事に取り乱してしまいまして」
「いやいや。立ち話でなく、こうして応対してもらえるだけで有難いよ」
「そう言っていただけますと恐縮です。……改めて、私は、この深奥の精霊都市インボルクにある精霊ギルドの長、パルムと申します」
「俺はアクセルだ。というか精霊都市ってさっきから耳にしてるけど……こっちの世界にも精霊都市があるんだな」
深奥、とか言われているし、名前も違うから。向こうのベルティナとは違うのだろうけれど。
そう思って問うと、パルムは首を縦に振った。
「あ、はい。初めてここに来られた方は大体そう言われるのですが、そもそも人間界にある精霊都市が、こちらから移住した者たちが作った街になりますので。この都市が源流になっているんです」
「へえ、そうだったのか」
「はい。しかしやはり貴方はここに来られるのが初めてという事なのでしょうが……ええと、その輸送袋を見るに……もしかして、《運び屋》なのですか?」
「ん? ああ、そうだぞ。……っと、そうそう。精霊都市に届けてくれって言われていたものがあるから、出しておくよ」
俺は輸送袋から、一つのコンテナを取り出し、目の前のテーブルに置いた。
「この印……魔術研究所と医療ギルドからの届け物、ですか?」
「そうだな。もともとこっちに来る用があったんだけど、ついでに届けてほしいって言われてさ。持ってきたんだ」
「あ、ありがとうございます。受け取らせていただきます」
パルムはそうしてコンテナを受け取ると、背後にいた精霊の男性に渡した。
そして再びこちらに目をやったと、俺の輸送袋に視線を移した。
「あのサイズを収めておけるのは確かに輸送袋ですが……本当に運び屋なのですよね? 輸送系の上級職ではなく」
「うん。そこは間違いないぞ」
「……で、では、ど、どうやって運び屋があの道を――って、あら?」
首をかしげていたパルムの視線が、俺の胸元に行った。何だろうと思って俺も目線を下にやると、懐からもぞもぞとデイジーが出てきていた。
「うおー、すまねえ親友。ちょっと精霊道を通るときに、変な魔力に充てられてボーっとしてたぜ」
「いや、良いさ。体調は平気か?」
「おうよ。つーか……この魔力の感じは、精霊界だよな。親友だったら確実に来れると思ったが、うん、やっぱすげえぜ」
と、俺が懐から肩に移るデイジーと喋っていると、
「もしかして、そちらにおられるのは錬金の勇者デイジー・コスモスさんです、か?」
パルムが、声をわずかに震わせながら言ってきた。
「ん? おお、対面にいるのに挨拶が遅れてすまん。その通り、デイジーだ」
そんなデイジーの返事を聞いて、パルムは大きく息を吸って、なるほど、と頷いた。
「……聞いたことがあります。精霊道が不安定になる前に、少しだけ風の噂で。なんでも――星の都に、勇者と共に仕事が出来るほどの強さを持った、アクセルというとんでもない運び屋がいるとか。まさか、貴方がその……?」
「ええと、まあ、勇者と一緒に仕事をしたのも、星の都で運び屋をスタートさせたのも事実ではあるな」
そういうと、パルムは驚き半分、得心半分という感じの表情になった。
「噂は、色々と盛られてることも多い、不確実なものなので。信用してなかったのですが。……運び屋アクセル……実在するとは驚きです……」
話を聞いている限りだと、どうやら、少しだけとはいえ、噂が届いていたらしい。
「こっちの世界にも伝わってるのか、親友の二つ名。精霊道が不安定になってから情報の行き来は少なかっただろうから……初動から、すごかったんだな、親友は」
「その辺りの情報拡散は俺は関わってないから、よく分からないけどな。本当に彼女たちが言っているアクセルが俺なのかってのもあるし」
そういうと、パルムは静かに首を横に振った。
「いえ、現状の精霊道を通り抜けられる猛者の《運び屋》など、正直見たことがありませんし、普通だと不可能ですから。運び屋の能力だと、道を走るどころか世界をつなぐ精霊道の風に吹き飛ばされてしまうので」
「まあ、確かにそこそこ風は強かったけどな」
バーゼリアに自力で捕まっている時よりも、少し弱いくらいだったから、普通に駆け抜けて来れたけれども。
「……あの強風をそこそこといえる辺り、やはり噂で聞いた運び屋アクセルという存在に違いないと、思えますよ。もしも噂通りの能力をしているならばさもありなん、という感じで。しかも勇者であるデイジーさんと共におられるなんて、より信ぴょう性がありますし……。というか例え、あなたが噂のアクセルでなかったのだとしても、全力で歓迎させていただくことは変わりありませんよ。来訪者が全くなかった時期に、ここまで、来てくれた方なのですから」
彼女の言う通り、精霊ギルドの職員たちには歓迎の言葉をかけられていた。それらの言葉を思い返して思うが、
「なんというか、本当に久々だったらしいな、人間界から人が来るの」
「ええ。向こうの状態がどうなっているか、とかの情報も入ってこなかったので。アクセルさんが来て下さったおかげで、色々と知れて有難いんです。応接間に来るまでの間だけでも話をしましたが、向こうだと精霊道が不安定になって数秒しか出現できない、とか。そういう情報がなかったですから」
そう。ここに俺が来るまで彼女たちは人間界の精霊都市ではどうなっているかという状況すら掴めていなかった。だから軽く現状を説明しただけでも驚かれたのだ。
「まあ、他にも色々あるからさ。知っている限りは話すよ」
「ありがとうございます。……あ、ただ、それは後でで構いませんよ。アクセルさんは、他にご用件があるということでしたし。私たちの事ばかりに集中してもらうのは、違うでしょうから」
パルムはそんなことを言ってくる。
色々と大変な状態なのに気の回る人だ。
「というわけで、アクセルさんがこちらに来た用件など、まず仰っていただければと思います」
そう尋ねてこられたし、お言葉に甘えて俺はとりあえず、自分の目的を言うことにした。
「まあ、俺の方は単純でな。精霊界にあるっていう『精霊の泉』とやらに行きたいんだ。武器の精練をしたくてな」
そういうと、パルムはわずかに表情をこわばらせた。
「精霊の泉での精練作業……ということは、泉の加護を与えたい、ということですか」
「そういうことだぜ。親友の武器を仕上げる作業でな、ここに来させてもらったんだ」
「というか、その答えが返ってくるってことは、ちゃんと精霊の泉ってのはあるんだな」
聞くと、パルムは小さく頷き、
「は、はい。きちんと実在はしていますが……今は出来ないかもしれません」
悲しそうな瞳でそう返してきた。
「出来ない、というと? 案内できない、とかそういう意味か?」
「いえ、案内することは出来ます。ここから近いですから。ただ……そうですね。見て頂ければわかると思いますので……とりあえず現場まで案内させてもらえればと思います」
パルムのセリフに俺とデイジーは顔を見合わせて、頷き合う。
「分かった。じゃあ、案内してくれ」
「とりあえず、オレと親友も、精霊の泉ってのを一度見てみたいしな」
「はい。かしこまりました。では、少し歩きますが、ご容赦くださいませ」
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