7話 宿の中で
牡丹によって案内された部屋は、ゆっくりくつろげる広間が一つに、複数の寝室が設けられた、かなり広い部屋だった。しかも、
「わあ、温泉付きのお部屋だよー」
広間の奥には、大きなバルコニーが存在していて、人が出入りできる窓と、中央に大きな岩が設置された、円形の温泉が設置されていた。
「個別にお風呂がついている部屋を、ご用意させていただきました。脱衣所は両脇にありまして、スイッチ一つで中央を仕切りで区切ることもでき、左右で男女をお分けできる仕様にもなっています。入浴者がおられるときは、窓は不透明になる魔法がかけられていますので、ご安心してお使いください」
確かに窓の幾か所に、呪文が刻み込まれている。おそらく、それが不透明化の魔法だ。また、円形の温泉の中央に配置された岩にも呪文が刻まれていた。つまり両方とも魔道具であるが、
「一部屋に温泉がついている上に、色々な魔道具まで配置してあるとは、すごい設備だな」
「パーティーで泊まられることが多い部屋ですので。ごゆるりとお楽しみください。後ほど、この宿自慢のお茶やお水など、持ってこさせていただきますね」
「ああ、ありがとう牡丹さん」
「いえいえ。当然のことですから。それでは次はゲイル様のお部屋に参りましょうか」
「む、分かった。……また来るぞ、アクセル」
「おうよ」
そうして、牡丹とゲイルは、部屋から退出していった。
「まあ、とりあえず滞在場所も決まったことだし、……早速温泉に入るか」
「さんせーい!!」
●
数十分後。
「はー、良い風呂だったな、親友」
「そうだなあ」
俺とデイジーは、風呂を上がったあと、広間でくつろいでいた。
俺は椅子の背もたれにゆったりと背を預けた状態で、デイジーはデイジーで、濡れた体の毛を、タオルに包んだ状態でテーブルの上に寝転がっており、互いにリラックスモードである。
「しかし、入ってみてよく分かったが、ここの温泉は花のような良い香りがしているんだな。しかも上がったあとも体についているし」
「精霊都市にしかない魔力が作用して、各人にとって最も合う花の香りが付くらしいぜ。具体的な仕組みは、ギルド界隈でも研究中なんだけどな。その証拠に、俺と親友でついている香りが違うからさ」
そう言って、デイジーは身を寄せてくる。それだけでデイジーの体からは、僅かな芳香が感じられた。
「ああ、デイジーは柑橘系の花っぽいな。俺はよく……分からんが、多分違うな」
自分の肌に花を近づけても、思い当たる香りがない。ただ、悪くない香りではあると思う。それはデイジーも思ってくれているようで、
「うん。セクシーな匂いがしてて、良い感じだぜ。しばらくすれば体に馴染むから、その時に分かるかもな」
「まあ、そうだな。どっちにしろ、良い風呂であったのは間違いない。……で、そっちは消耗してるみたいだけど、大丈夫か?」
俺は、広間に備えられた長いソファで、ぐったりと横たわっているバーゼリアとサキに目をやった。
俺達よりも後に風呂から上がって、そのままタオル一枚でぶっ倒れたのだ。
今はだいぶ回復したようで、だらーっとしているが、しかし胡乱な目でこちらを――というかデイジーを見つめていて、
「ぐう……コスモスだけずるい。ご主人と一緒にお風呂にはいれるなんて……」
「至極同感ですが……あなたが入浴中に邪魔をしなければ、仕切りを突破していけたのですがね、ハイドラ……!」
「ご主人に許可を取ってないのに、覗きをさせる訳ないじゃんか……! というかリズノワールだって、ボクの事抑えてたくせに……!」
と、どうやら風呂の中でもやり合っていたらしい。
微妙に湯が波立っていたのもそのせいか。
温泉の中央にあった岩型の魔道具には、左右の浴場の音を響かせなくする効果もあったので、あまり騒ぎの音は聞こえなかったけれども。
……まあ、お互いに疲れは取れているみたいだし、良いか。
などと思っていると、
「失礼します」
牡丹の声と共に、ドアがノックされた。
「お茶の方、お持ちしたのですが、入室してもよろしいでしょうか」
「あー……少し待ってくれ。二人とも服を着てくれ」
さすがにタオル一枚でゴロゴロしている仲間たちをそのままさらすわけにはいかん。
湯冷めしてしまうのも不味い。というわけで、そういったのだが、
「ん、アクセル。着せて下さい」
「あ、ボクも!」
「……ああ、うん。いつも通り、元気に戻ったようで何よりだ」
という訳で、二人に服を着替させた後、俺はドアを開けた。
すると、そこには牡丹が、木製のワゴンを脇に置いた状態でいた。
「そろそろお風呂上りかと思いまして。お飲み物の方、お持ちしました。入っても宜しいでしょうか」
「ああ。もちろんだ」
風呂に入ったあとで、喉も乾いていたし、非常に助かる。そう思いながら俺は牡丹を部屋に招き入れる。
そして広間で座って待っていると、
「こちら、精霊都市名産のお茶になります」
まず牡丹は、ワゴンに乗せていたお茶を振舞ってくれた。
「ああ、冷たくてうまいな」
一口飲んだだけで、すっと水分が吸収されていく感じがあった。しかも、それだけではなく、
「あれ? でもなんか、冷たいのにポカポカ感もあるよ」
バーゼリアの言う通り、冷たいはずなのに体が温められているような感触もあった。
「魔力が豊富な温泉水を使って入れましたから、異常耐性力を上げる効果もあるんです」
「へー、なるほどー」
バーゼリアは感心しながらこくこくとお茶を飲み干していく。
彼女も彼女で結構喉が渇いていたようだ、と思っていたら、
「それで、どうでしたか、温泉の方は」
牡丹がお代わりのお茶を注ぎながら尋ねてきた。
「ああ、気持ちよかったよ。疲れもとれたしな」
「本当ですか? 当館自慢の湯なので、良かったです」
牡丹は、そう言って笑みを返した後、ワゴンの上に乗っていた透明な蓋つきのケーキスタンドを開けていく。
「こちらにお茶菓子などありますので、どうぞご賞味ください。バーゼリア様が先ほどから注目されているこちらもおいしいですよ」
「えへへ、バレちゃってたか。お昼ご飯からちょっと時間がたってお腹が空いてたんだ。じゃあ、頂きまーす」
バーゼリアは牡丹からサーブされたケーキを口にし、美味しそうに頬を緩めた。
……牡丹さんは、気配りの上手な人だな、
こういった素早い対応は、日ごろから客の目線レベルで気を配っているから出来るのだろうなあ、などと思っていると、
――コンコン
と再び扉がノックされた。
ただ、今度は先ほどの牡丹よりも、やや荒く、力強いものだった。そして、
「ゲイルだ。ちょっと用があるのだが」
ドアの向こうから、そんな声が聞こえた。
「お、どうした、ゲイル? 君も風呂に入り終わって、会いに来てくれたのか?」
「ああ。そのはずだったのだが……その前に、君に客人がいるようでな。会って貰ってもよいか?」
「俺に?」
「……肯定だ。君にだ」
ゲイルは、少しの間を持って、考えながら声を発しているようだった。
なんだか不思議な伝え方のように感じた。
とはいえ、この街に来て、ゲイルから色々な人を紹介されまくっているし、それが問題になっていることもない。なので、
「別に構わないぞ? 入ってくれ」
「む……では開けさせてもらう」
俺が返事を返すとドアが開いた。
すると、ドアの向こうには確かにゲイルがいた。ただ、いたのは彼だけではなく、
「おお、ここにおったのか」
「カトレアさん?」
「おう、さっきぶりじゃの」
昼頃に出会ったばかりの、カトレアが、ゲイルの体に隠れるようにして立っていたのだ。
その表情には若干戸惑いが見える。彼女も俺がここにいるとは思ってなかったようだが、
「どうしてここに?」
「いやあ、本来はゲイルに用があったのじゃ。今やって貰っている仕事について、な。じゃが、それに関わることで、お主の話題になったのじゃよ」
「俺の?」
「アクセル。君が何をしに来たのかまだ聞いていなかったが、は精霊道を通って、精霊の泉に行きたいのだな?」
「ん? まあ、そうだけど」
「だとしたら、僥倖だ。俺は、それに関わる依頼を受けている。君に力を貸せるだろう」
「ええと……どういうことだ?」
話が飛び飛びになっていて、ちょっと訳が分からないのだけれども。
「協力してくれるっていうんなら、有難いな。だから、ちょっと詳しい話を中で聞かせてもらえるか? お茶でも飲みながらさ」
「うむ。それじゃあ、お邪魔するのじゃ」
「了解だ」
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