4話 複数の事情
応接間のテーブルの向かいに座ったカトレアは、そのまま俺に向かって声をかけてきた。
「君たちの話は、よう聞いとるよ。魔術の勇者サキが、空飛ぶ運び屋アクセルと共に旅をしている、とな。その隣には竜王バーゼリアや、錬金の勇者デイジーもいるとか、な」
「カトレアさんがそこまで知ってるってことは、詳しく俺たちの話が出回っているのか?」
さっきもこちらが自己紹介をする前に、空飛ぶ運び屋である事がわかっていたようだし。
「まあ、半分くらい噂と、それによる推理じゃがの。サキがそうそうパーティーをとっかえひっかえできる性格ではないから、以前に情報を貰ったパーティーのまんまじゃろうかな、とな」
「ああ、なるほどな」
基本的にパーティー編成は仕事によって変えるべきであり、いつでも一緒という訳ではないのだが。
……サキは性格的に、同じ仲間で居続けたいタイプであることを知っていれば、そんな推理もできるか。
などと思っていると、
「まあ、それ以外にも、こんなにサキが身を寄せる相手は、一人くらいしかおらんじゃろうしな、と思ったわけじゃよ。……ええと、確認なんじゃが、空飛ぶ運び屋アクセルでいいんじゃよな?」
「世間的には、そうは呼ばれてるみたいだな。で、こっちにいるのがバーゼリアで、肩にいるのがデイジーで合ってるぞ」
「そかそか。良かったのじゃ。――で、アクセル。もひとつ確認なんじゃが……おぬしはアレか。この子がこんなにべったりくっついているってことは、やはり、不可視の竜騎士で、サキ達と一緒に勇者をやっていたアクセルで良いんじゃよな? 」
カトレアは俺の腕にくっついているサキを見た後で、やや興奮したような目で見ながらこちらに聞いてくる。
どうやら確認をしっかりとってから喋るタイプのようだ、と思いながら俺は頷きを返す。
「うん、そうだな。元々は竜騎士だったアクセルだ」
素直に答えだけ返すと、ほほう、とカトレアは声を上げた。
「なるほど、なるほどのう……! 王都からの情報源も、間違っていなかったということか。……それで、竜騎士から運び屋に転職した上に、空を飛ぶように走れるというのも、本当か?」
「飛ぶようにかどうかは分からないが、大分動けるとは思う。主観だけどな」
「あ、じゃあボクが客観的に言うよー。正直、竜騎士時代より早いよ、ご主人は。竜騎士としてのスキルを何個も重ねないと、追いつかないくらいだと思うしー」
バーゼリアの言葉に、カトレアはさらに興味深そうな視線を向けてくる。
「おおう。それは……なるほど。聞けば聞くほど、面白い事態になっとるの。その件について、転職神殿と顔を突き合わせつつ、色々と話が聞きたくなってきたのう……!」
カトレアは身を乗り出すようにしながら、俺のことを見始めた。そして、こちらの体にペタペタと手を触れてくる。
「ほほう……肉体はともかく、顔を見るのは初めてじゃが……なるほど。戦時の動きを考えると、修羅のような男かと思ったのじゃが……ふむ」
「イメージと違ったか?」
「ああ、ずいぶんと優しそうじゃからな。とはいえ、根っこには、どこから戦場のにおいもするがの」
「匂い……? なんかあるのか?」
「んー? ご主人は良い匂いしてると思うんだけど」
バーゼリアはすんすんと、こちらの体に鼻を近づけながら言ってくる。
「ああ、その辺りはカトレア特有の変な表現なので気にしないでください。まあ、魔力にも匂いのようなものを感じるのは否定はしませんが」
「そういえば、リズノワールはご主人に抱き着くたびにそんなことを言っていたよね。発祥はここだったのかな……」
「ははは、まあ、ほんの一時期とはいえ、そこの子を教えていたからの。移ったのかもしれんな。ともあれ、良い男じゃの。顔だけじゃなくて体も、雰囲気も、良きものを感じるでな」
「そうか? そんなに褒められると嬉しいよ」
「ふふ、事実じゃからな。うーん、この若々しい肉体にあふれる魔力といい、素晴らしいからのー」
そんなことを言いながら、カトレアはこちら手や顔に触れてくるのだが、
「っと、アクセルについて語り合うのは楽しいのですが、ここまででストップですね」
幾らか触れ合ったタイミングで、サキがカトレアの手を抑えた。
「私たちは、そんな話をしに来たのではありませんからね、ハンドレッド。アクセルの体を堪能したいのは、私も同じ気持ちではありますが」
「ああ、すまんのじゃサキ。ついな。神の判断について、研究のし甲斐がありそうで、食いついてしまったのじゃ。研究者としての気質がどうもなあ」
苦笑いと共に手と身を引いたカトレアは、改めて応接間の椅子にちょこんと座る。
「よし、それじゃあ話を戻そうかの。――して、どういう用で、お主らはこの研究所を訪れたのじゃ?」
「ああ、それはな――」
そのまま俺は、デイジーと共に、現状についてカトレアに説明した。
そして数分後――
「なるほど……のう。武装の修繕のために、精霊の泉に行きたい。そのための案内、もしくは行き方を教えてほしい、か」
粗方の説明を聞いたカトレアは、まずそう言った。
そのまま難しい顔をして俯いた。
……んー、何か良くない部分があったか?
反応を見るに、あまり宜しくなさそうな雰囲気ではあるが、
「駄目そうか?」
カトレアを見ながら聞くと、彼女はこちらの視線に気づいたようで、
「ああ、いや。ダメという事はないぞ。表情で勘違いさせてすまんな」
顔を上げて首を横に振った。
「ということは、協力をお願いできるのですか?」
「それは勿論じゃ。お主たちのお陰で、ワシらも平和に生きられるのじゃし。出来る限りの事はさせて貰いたい。貰いたいんじゃが……聞いた感じ、ちと難しいところがあるんじゃよね」
んー、とカトレアは悩むように声を上げた後、うむ、と一息吐いた。
「……そうじゃな。今、ここで話をするより、実際に精霊の泉への道を見て判断して貰った方が早そうじゃな」
「精霊の泉への道? そういうものがあるのか?」
初めて聞いた単語だ。
だから改めて聞くと、カトレアは頷きと共に答えを返してくる。
「うむ。あるのじゃ。ワシらはそれを『精霊道』と呼んでいる。で、今はソレを探している所ではあるのじゃ」
「精霊道を探しているって、ことは……見つけなきゃいけないものなんだな」
「おう。理解が早いのう。さすがは魔王大戦を潜り抜けた猛者じゃ」
満足そうに微笑んだ後、カトレアは説明を続けてくる。
「……ともあれ、精霊道というのはな、どこで発生するのか正確に決まってるわけではないのじゃ。『精霊都市の近辺にある、草原、丘陵地帯、森林地帯のどこかに発生する』とか、『一日数回は出現する』などの、細かな発生条件データは、結構あるんじゃが、それにしたって広範囲なのは変わらなくてな。じゃから、基本は人海戦術で、地道に観測して見つけるんじゃよ。……今日はまだ見つかっておらんがの」
「なるほど。結構大変な作業だな」
「うむ。じゃからまあ、地道で大変な作業はワシらに任せるといいのじゃ。見つかり次第、連絡するのでな」
「いいのか? そんな大変な作業を任せっきりにして。力が必要なら手伝うぞ?」
こちらの申し出に、いやいや、とカトレアは首を横に振った。
「もとより、調査や研究のために必要な観測なのじゃ。探すまではワシらで出来ることじゃし、まだその段階で手を借りるほど困ってもおらんのじゃ。じゃからまあ、お主らは見つかるまで、この街でゆったり待っていてくれると嬉しいのじゃよな」
「ふむ、そこまで言うなら、待たせてもらうが、本当にいいんだな?」
「うむ、気持ちだけで十二分にありがたいでな。それに一応、この街は保養地で、待つ分にはいい場所だとは思うし、それを味わってほしくもあるのでな。今日、来たばっかりなんじゃろ? この街の民としては、街を楽しんでほしい気持ちもあるのじゃよ」
カトレアの言葉に、なるほど、と俺は頷く。
……まあ、そうだな。折角の温泉地に来たんだしな。
急ぐ旅でもない。
だから観光なり温泉なりを楽しませて貰いながら待つのも良い気もする。
……この街に入った時、バーゼリアやサキ、デイジーとかも、温泉に入りたさそうな目をしていたしな。
無論、俺も入ってゆっくりしたくもあるし。
「うん。じゃあ、少し、まったりと温泉にでも浸かって待つことにするよ」
「おうおう、有り難いのじゃ。まあ、何日も待たせないとは思うし、上手くいけば今日明日には連絡できるとは思うが。存分にこの街をゆったり楽しんでいってくれると嬉しいのじゃ」
「ああ、こちらこそ有り難う。色々と協力してくれるみたいで、助かるよカトレアさん」
こうして、精霊都市に来ていきなりではあるが、魔術研究所の協力を取り付けられた上に、ゆったりと休む時間も得られたようだった。
いつも応援ありがとうございます!
面白いと思って頂けましたら、下のブクマ、評価など、よろしくお願いします!
また、2/19に、竜騎士運び屋のコミックス5巻が発売してます!
とても面白いので、ぜひ、お手に取って頂ければ嬉しいです。