2話 精霊の街
砂塵都市を出立した俺たちは、幾つかの宿場町を経由した後、目的地へとたどり着いていた。
そこは、草原と森、そして幾らかの花畑が目立つ緩やかな丘陵地帯に接する自然豊かな都市で、
「ん~と、この街が精霊都市ベルティナでいいんだよね、ご主人!」
街に入るなり、バーゼリアは目をキラキラさせながら俺に声を向けてくる。
「ああ、地図にはそう書いてあるし――なにより、街の入り口に看板も合ったしな。『暖かな精霊都市へようこそ!』って」
「暖か……って、そういえば、なんだか、あったかいね、ここ。日差しとかは穏やかなのに、空気がポカポカしてるっていうか」
俺の隣でテンション高めの声を上げながら、バーゼリアは首を傾げた。それに反応したのは、俺の肩に乗っているカーバンクル、デイジーで、
「そりゃそうだバーゼ。この街は温泉がウリだからな。またの名を、温泉の都とも呼ばれてるくらいだし。色々なところに、暖かな泉が出ているんだよ。ほら、向こうにちょっと湯けむりが見えるところもあるだろう?」
と、彼方をその前足で指し示しながらバーゼリアに言う。
「あ、ほんとだ。しかも、なんかそっちの方からお花の良い香りもするね」
「このあたりの温泉の特徴だな。周囲の自然の魔力が溶け込んでいて、そういう香りになるんだよ」
「なるほどー。でも、そんなに珍しい温泉があるのに、温泉都市って名前にはならなかったんだね」
「ああ、そりゃな。精霊系の人が多く住んでいるから、というのがそもそもの名付けの始まりだからな」
その言葉に、バーゼリアは周辺を軽く見まわした後、頷いた。
「確かに……コスモスの言う通り、精霊種の人たちが結構いるや。ね、ご主人。向こうにも歩いているし」
「ああ、確かに、あの子は精霊だな」
バーゼリアの視線の先には、半透明の小さな翼を側頭に付けている少女がいた。
精霊だ。だが、精霊は彼女だけではない。
「大通り見た感じ、半数くらいが精霊種みたいだな」
精霊都市との名の通り、往来を出歩いているヒトの中にチラホラ、精霊が混じっていた。
「街に入った時から、かなりの人数がいるのが見えていたけど、本当に普通にいるなあ」
「魔法大学では何人かいましたけれど、他の都市では中々見ませんし。ここまで多いのは驚きですね」
「オレの宝石と似たような感じで、魔力で出来ている頭の羽が結構目立つから、街中で精霊を見たら、大体一発で分かるもんな」
デイジーがそう言いながら、自らの胸の宝石をなでる。
「魔力の強さによって薄ら見えるのか、濃く見えるのかっていうのは、異なるけどよ。あの羽根があると、魔獣達から狙われやすくなるし、邪な気持ちを抱いた人間からも狙われる可能性があるから目立たせたくないって言ってフードを被る精霊も多いからな……」
「その辺り、カーバンクルと一緒なんだね。……でも、ここでは皆、普通してるってことは、安全ってことなのかな。数が多いからかもしれないけどさ」
「バーゼの言う通りだな。のびのびと生活できているんだとしたら、良い事だ。――それになにより、親友の槍を治せる場所もあるしな!」
デイジーの言葉に、俺は苦笑と共に頷いた。
「はは、まあ、お陰様でありがたい話だ。結構手間のかかる武器だけど、あとは『精霊の泉』の水で精練すれば直せるって段階まで来れたのはさ」
竜騎士時代は、ここまで大きく壊れた武器はなかなか直すことは出来なかったし。
……俺がメインで使っている槍と剣は、竜騎士王の兜と一緒に王家から受け取った古い物だからな……。
現在において主流になっている武器とは素材からして違うから、直す手間も掛かる。だから、こうして、直すまであと一歩のところまで来れたのは、幸いな事だ。
「デイジーには本当に感謝だな」
「いやあ、照れるぜ。でも、その感謝は直った時に言ってくれればいいぜ、親友」
「そうか? ならデイジーには、直ったらすることにして、今は……サキに感謝とお礼を言うことにするか」
そういって、俺は隣を歩くサキを見た。
すると、彼女はいきなり目を輝かせて俺の腕をぎゅっと掴む。
「ど、どうしたんですか、アクセル。いきなり感謝とお礼だなんて。遂に、夫婦になることが決定した感じですか?! いつも尽くしてくれて有り難う的な感謝とお礼なんですか!? お礼として幾らでも体のお付き合いをしようとか!? それでしたらいつでもウェルカムですが!!」
「あー、いつも通り色々と飛んでるから、序盤と後半はスルーするけども。力を貸してくれて有り難う的な意味であるのは間違いないな。今回、精霊の泉について詳しく知っているであろう人を紹介してくれるって、君から申し出てくれたんだし」
そう伝えると、サキはふっと落ち着きを取り戻したようで、
「ああ……何かと思ったらその話でしたか。別に、お礼を言われるようなことでもありませんよ」
「いやいや、俺もバーゼリアも、精霊都市に精霊の泉があるってことは分かっていても、実態は知らないんだからさ。詳しい人と喋れる機会を貰えるってだけでも有難い事なんだぞ?」
そうなのだ。
槍を直すためには最後は精霊の泉で精練すればいい。だが、肝心の『精霊の泉』と呼ばれる場所の事を、ほとんど知らなかった。
だからまず聞き込みから始めようかとしたのだが、
『あ、そこは大丈夫です。精霊都市の魔術研究所に私の、大学時代の知人がいますから、彼女から話を聞きますから。精霊関係については彼女は詳しいですから』
という申し出が、この街に来る途中、サキからあったのだ。さらに
『ああ。そうだなリズ。うってつけの人だから、話を通しておくのが良いと思うぜ、親友」
デイジーからそんな言葉を受け取ったという事もあり、願ったり叶ったりということで、彼女の申し出は即受け入れて。
今は精霊都市の中央部にあるという魔術研究所を目指し、大通りを歩いているという訳なのだが。
「目的地が分かっているっていうのは、楽だしな。その点は、本当にサキに助けられているよ」
「むう、私の力とはあまり関係ないところで感謝されていると、肉体的接触という見返りを求めづらいところがあるのですが――」
そういって、サキは俺の腕をぎゅっと握ったまま悩み始めた。
「ねえ、ご主人。ボク、リズノワールの価値観が分からないんだけど」
「そうか。大丈夫だ。俺もそこはよく分かっていない」
「昔から、リズは変わってないよなあ……」
などと、俺がバーゼリアやデイジーと喋っていると、
「まあ、でも、アクセルの感謝を受け取れて元気いっぱいになったのは事実ですからね。ええ、このまま元気よく行きましょう。もう、魔術研究所は目の前ですしね!」
という感じで、サキは俺と腕を組みながら、前方を指さした。
彼女の指し示す先には、一件の建造物があった。
石造りの、太い柱をいくつも並べた、宮殿のような建物だ。
その建物のすぐ近くには『魔術・精霊研究所』との文字が刻まれた看板が張り付けられていた。
「ここが研究所、か。……結構、でかいな」
建物だけでなく、入口のドアからして、見上げるほどの大きさだ。
かなりしっかりした施設なんだな、とつぶやいていると、横にいた先がこっくりと頷いた。
「研究所だけでなく、博物館や図書館のような役割も持っていますからね。ともあれ、行きましょう。受付で私が話を通せば、恐らく直ぐに会いに来るでしょうから」
「おお、そうなのか。じゃあ、よろしく頼む」
「ええ、頼まれましたとも」
そうして俺たちは、精霊都市につくなり、魔術研究所の中へと足を踏み入れるのだった。
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