第三章 第五話(1)『王都』
マクデブルクを発つ準備は、慌ただしく済まされた。
立て続けに起こった襲撃事件。それに関与の疑いがあるゴート帝国の動向。全てが急を要する事態である。すぐにでも出発し、王都へ報告するため、リッキーとマテューは戦闘の後、すぐに砦から出発する事になった。勿論、イーリオ達の随行も許されている。
出発の際、メルヒオールはリッキーに、自分が感じた違和感も報告してくれと頼んである。ゴート帝国の鎧獣騎士ではあったが、南方の訛りがあった事。目的があまりに曖昧すぎる事。襲撃がしたいのか、それとも、襲撃以外に目的があるのか――。
どちらにせよ、参号獣隊 の面々は、しばらくここを動けない。事態がややこしくなる前に、中央の判断を仰ぐ必要があった。
イーリオらは馬を借り、馬に乗れないシャルロッタのみ、レレケの後ろに。イーリオ、ドグ、レレケ、シャルロッタに、リッキーとマテューの六人連れは、一路、王都レーヴェンラントへ急いだ。
さすがにマクデブルクへ向かう時とは異なり、リッキーも余計な事は一切せず、ひたすら王都へと歩を進める。行き道、折を見つけては獣騎術の訓練をイーリオ達にしながらではあったが、三日目の午後には、王都へと到着する事が出来た。
王都レーヴェンラント。
ニフィルヘム大陸で最も栄えている大都市。
東西のあらゆる物資が集まり、商業も盛ん。大陸一と言われる巨大な定期市では、肌の色も髪の色も違う人々が行き交い、様々な言語が飛び交っていた。また、信教の自由を許されているため、多種多様な神々がその霊験をうたいあげ、寺院の数もかなりになる。
だが、最も目をひくのは、都市の六ヶ所に設置された、覇獣騎士団の詰所、騎士団堂である。騎士団専用の鎧獣厩舎も兼ねたそれは、公園並みの広さがあり、丁度、都市の六角形状の頂点の位置に聳え建っている。その中心地、騎士団堂が交差する場所に、レーヴェンラント宮殿、通称〝獅子王宮〟が荘厳な姿を見せていた。ちなみに覇獣騎士団が七隊あるのに、詰所の数が六つしかないのは、壱号獣隊が近衛騎士団を兼ね、王宮に常駐しているからである。
レーヴェンラントでは、基本、他の都市の例に漏れず、鎧獣を連れて歩く事は禁じられていたが、騎士団、または王国の許可を得た人間は、鎧獣を伴っての通行が許されていた。その際は、獣路と呼ばれる専用の道を通行する事で、都市の治安と景観を損なう事がないばかりか、同時に、騎士団の鎧獣が街を徘徊する様が、レーヴェンラントのある種の名物として有名であった。
その獣路を、初めて見る大都市の景観に目を奪われながら、ザイロウらを連れて歩くイーリオ達の姿があった。覇獣騎士団 次席官が一緒である。ある種の通行自由を許されたようなもので、彼らに対してとやかく言う者など誰一人なかった。
この数日の間だけでも、すっかり逞しさを増したイーリオは、どこか男らしい、精悍な顔つきになったように感じられる。そのイーリオや、ドグ、シャルロッタも、流石に大陸随一と言われる大都市を前にしては、ひたすら驚きの連続であった。ドグとシャルロッタに至っては、到着早々目にした屋台で買ったソーセージを頬ばりながら、人の多さと活気ある街に、視線を泳がせている。
イーリオにとっても、この規模の大都市に足を踏み入れるのは初めての経験である。見るもの聞くもの、どれも新鮮で刺激的。かまびすしい喧噪を耳に、人間とはこんなにも騒がしく居れるものかと感心するばかりである。
街行く人も、イーリオらを見咎めようという者はいない。リッキーの同行というのもあるが、様々な人間が集う街だ。白銀の大狼でも、それほど奇抜ではないのだろう。イーリオ自身、緑金の髪というのは非常に珍しい色で、行く先々で目立ってしまうのだが、この街ではそれも大した個性ではないらしい。その懐の深さが、彼にはどこか心地よかった。
やがて一行は、都市を東西に横断するケーニヒス川を前にする。
「オレ達ぁ、これから、川向こうにある隊の騎士団堂に戻る。イーリオ、オメー達も来るか?」
河川を目にしながら、リッキーが問いかけた。
ケーニヒス川は、遠く下流が海まで続く運河であり、王都における商工業の動脈とも呼べる河川であった。遥か建国の御世、初代国王であるキルデリクⅠ世がこの川を下って辿り着き、この地を王都に定めたという伝説が残っている。
「いいんですか? 僕らみたいな部外者が行って?」
イーリオが驚きの声をあげる。
「大丈夫だ。国家騎士団っつっても、覇獣騎士団は固っ苦しくねーのがイイとこだかんな。ついて来たって、問題ねーだろ」
「いや、本来問題あるんですけどね」
と、マテュー。
「うっせぇなぁ。細けぇ事ぁいいんだよ。で、どーする?」
リッキーの誘いに、イーリオは首肯するが、レレケは首を縦に振らなかった。
「折角の申し出ですけど、私は辞退します。久々のレーヴェンラントですので……。私は、知人の家でも尋ねてみようと思います」
「そっか。レレケはメルヴィグの出身だったもんね」
納得するイーリオ。だが、否やと言ったのは彼女だけではなく、ドグもそれに準じた。
「俺も……レレケと一緒させてもらうぜ」
「何で? ドグは来ないの?」
誰が行くかよ、と内心呟くドグ。そもそも、リッキーに教わる事を、納得したわけではない。勝負に負けたのをきっかけに、なし崩しでイーリオと共に教わっているに過ぎない。
――俺は、どこまでいっても所詮、はぐれ者。
イーリオみたいに敬虔な気持ちになる事なんて、出来るわけがない。旅に随行しているのも、シャルロッタが気になったからだ。明確な目的などあるわけがない。まぁ、そもそも、糧としていた山賊団を己の手で壊滅させてしまったのだ。行く当てなどあるわけもなし、勢い、ここまで旅を共にしてきたのだが、流石に騎士団なんてものにこれ以上関わり合いを持つのは、正直気が乗らなかった。
――行くんなら、一人で行ってくれっつうの。
「嬢ちゃんはどーするよ?」
ソーセージの紙包みを、名残惜しそうに見つめていたシャルロッタは、皆の話などまるで聞いていなかった。庇うようにレレケが答える。
「シャルロッタは、私と一緒に居ましょうか。その方がイーリオ君もいいでしょう?」
イーリオとシャルロッタの二人だけで騎士団堂に行っても、確かに所在なげではあったろう。
「知り合いって、何処へ行くの?」
「……昔、父の所に出入りしていた錬獣術師がいましてね。その人に会いに行こうかと思います。一応、場所もお伝えしておきますし、時間がくれば、私たちの方から騎士団堂に出向きますよ」
そういえば、レレケの身の上って何も知らないな――。と、イーリオは気付く。芝居がかった物腰に、獣使術なる奇怪な技。それでいて、顔も広ければ気も回る。なのに、どういう出自の人間か、まるでその事を気にしていなかった自分に、少し呆れ気味になった。シャルロッタは言わずもがな、ドグに対してもそうである。あの 氷の皇太子には簡単に騙されてしまうし、どうにも自分は、脇が甘いというか、人を信用しすぎるのかもしれない。
「うし。じゃあ、決まりだな。イーリオだけ、オレ達と来い。ただしドグ、カプルスは連れていけねーぞ。オレ達が預かる」
「は? 何でだよ?」
「ったりめーだ。ここは鎧獣連れるの禁止だぞ。ここで連れて歩けんのは、メルヴィグの騎兵か覇獣騎士団だけだ。今、オメーらが許されてんのは、オレ達といるからだ。オレ達と別れた後でも連れて歩いてみろ、たちまち捕まっちまうぞ」
渋い顔をして、ドグは嫌々ながらもカプルスを預ける事にした。
こうして、川を挟んで南北に別れた一行。
イーリオは、緊張で胸の鼓動を早くさせながら、大陸最強とも噂される騎士団の詰所へと向かって行った。




