第三章 第五話(2)『本音』
――何だって、こんな事になっちまったんだ。
自問自答するドグ。横にはレレケとシャルロッタ。周囲は、見た事のない華やかな建築物に、たくさんの人々。自分には不釣り合いな程の、大都会だ。
何故、あの時一緒に行動するって言ってしまったんだろう。
山賊〝山の牙〟との共闘の後、すぐに別れてしまえば良かったのに、ドグは彼らに無理矢理着いて行く事に決めた。その後はどうだ。街で山の牙の生き残りと戦ったのは、まぁ仕方ないにせよ、ゴート帝国騎士団との無謀な争いに挑み、挙げ句の果てにボロ布のようにされてしまった。その後も散々だ。メルヴィグ領内に入ったのも束の間、今度はこの国の国家騎士団の人間に、いいようにあしらわれ、弟子入り紛いの状態にさせられてしまう。つい数日前も、牛の鎧獣騎士と戦い、勝てないばかりか、あのリッキーって男に殴られる始末だ。
――そりゃ、俺が悪かったんだけどよ。
けれど、今の状況は、自分が望んだ事じゃない。イーリオやレレケ、何よりシャルロッタに着いて行けば、何か面白い事に巡り会って、自分の生き方も変わるんじゃないだろうかと期待した。だから行動を共にしてきたのに、正直、ちっとも面白くない。
シャルロッタは、相変わらずイーリオにしか懐いていないし、リッキーって赤毛頭は暑苦しいくらい鬱陶しいし、そもそもイーリオ自体が何故かあのリッキーに馴染んでしまっている。いや、馴染んでるというより、心酔してるというか、殆ど子分か弟分といった具合だ。そこに何故か自分までもが巻き込まれ、同じ扱いをされてしまう。それがたまらなく嫌だった。
自分は自分だ。今まで自由気ままにカプルスと生きてきたっていうのに、何でこうも束縛されなきゃいけない? 家族に対する思いさえ希薄な自分にとって、他人と過ごすというのが、これほど面倒なものだとは思いもしなかった。いや、他人と過ごすというより、誰かの仕切る元で生活するという方が適切だろう。
――いっその事、バックれちまうか……。
家族を捨て、家を飛び出した時のように。
そうだ。それがいい。自分は今の今まで自由に生きて来たんだ。こいつらを見捨てた所で、所詮は他人。別に深い繋がりがあるわけではない。恨まれようが憎まれようが、知った事ではない。シャルロッタの事は気にかかるが、それならいっその事、この子を攫って二人で過ごすってのもありかもしれないじゃないか。仮にそれが無理だとして、一人で抜け出した所で、それはそれで構わない。今までだってそうしてきたんだ。また、元の生活に戻るだけ。何の問題もない。
元々、クズみたいな家に生まれ、クソみたいな生活を送ってきた自分だ。親父は働きもせずに家で喚き散らし、お袋は、自分が小さい時にはもういなかった。どこぞの男と連れ立って、消えちまったって話だ。兄弟は何人かいた。何人か、と言うのは、気付いた時には一人、また一人と消えていったからだ。ある者は親父に売られ、ある者は身の危険を察知して逃げて行く。失敗して捕まった兄弟は、やはり売られてしまう。そんな最低の家を見限るのに、何の躊躇いもありはしなかった。
そうして今の自分がある。所詮、他人は他人。自分の事など関係ない。自分だって知った事じゃない。
そう思うと、にわかに気分が楽になった気がした。
問題は、いつ逃げ出すか――だが、今すぐにとはいかないだろう。カプルスはあいつらに連れて行かれた。今日はこのままレレケやシャルロッタと一緒に行動し、明日以降、隙を見てカプルスと共にこっそりと抜け出す。盗賊だった自分にとって、逃げ出す事ほど得意なものはない。
そんな事を悶々と考えていたら、レレケが表情の伺えない顔で、彼に尋ねてきた。
「どうしましたか、ドグ君? 何だか浮かない顔をしてますね」
見ると、シャルロッタもこちらを見ている。慌てて頭を振って、誤摩化すドグ。
「な、何でもねえよ。考え事してただけだ。そ、それよりよ、知り合いの家って、遠いのか?」
「もうちょっとかかりますかね。弐号獣隊 の騎士団堂に行くよりは少し遠くなりますが」
「そっか。けどよ、しっかしあれだよな。あんたって、本っ当、顔が広ぇっつうか、色々詳しいよな。そんだけ色んなとこに顔が効くっつう事は、さぞかしいいとこの出なんだろうな」
「そうですね……。否定はしませんよ。けど、今は貴方がたと同じ、浪々の一人身です。だからそんな、気構えないで下さいね」
へっ。同じなもんかよ。
今など関係ない。出自は出自だ。自分がどういう人間で、どんな事が出来るか。それは否定しても、一生ついて回ってくる。底辺にいた自分は、どこまで行ってもやはり底辺なのだ。こそぎ落とせないシミのように、自分という名の衣服には、己の過去がべったりと染み付いている。だから、己とこいつが同じだなんて、笑うしかない冗談だ。そう、タチの悪い冗談だ。
「それにね、今は旅する仲間です。貴方がどんな人間で、どんな風に生きて来たか、うっすらとしか分かりません。それはイーリオ君や、シャルロッタさんに対しても同じでしょう。けれど、今は行動を共にする者同士。お互い何かあれば、助け合い、共に協力して行きましょう。ね?」
若干大袈裟すぎるような、いつもの芝居がかった言い回しで、レレケは微笑みながら、そう語った。
――仲間、ねえ。
鼻で笑ってしまうような言葉だ。自分にとって、本当に信頼出来る仲間とは、カプルスだけ。今まで必死になってやってきたのは、やはり自分らしい行いではなかったという事だ。
笑顔で話すレレケの言葉を、彼女の語り口調以上に、薄っぺらい芝居の文句のように感じながら、ドグはこれからの身の処し方を、一人考えていたのだった。




