第三章 第四話(終)『唐檜林』
寒風が草原を駆け抜けていた。
トウヒの葉が、軋みをあげるような葉ずれの音をたて、冬の到来を告げる北風に抗わんとしていた。その樹々の下に、数人の影が立ち並んでいる。
びょうびょうと吹き荒ぶ乾いた風は、彼らの黒灰色のローブをめくれ上がらせんばかりの勢いであったが、彼ら〝七人〟は、それを気にする事なく、遠くに確認出来る、丘の上の城塞に目を向け続けていた。
その内の六人は、見覚えがある。先ほどマクデブルク砦を襲撃した、鎧獣騎士の一団だ。
「どうして俺を呼んだ? お前の子飼いの連中はどうしたんだ?」
六人の内の一人が、騎士ではない、七人目の人物に尋ねた。その声は、六人の騎士の内の隊長格。ジャコウウシの鎧獣騎士のものである。
「私の部下ではないよ。正しくは、デヴリム殿の配下だ」
答えた声にも聞き覚えがある。先だって廃寺院に居た男のものだ。
「どっちだっていい。あんな気味の悪い女どもなど」
「そう言わないで欲しいな。彼女らは優秀だよ。それに、彼女らには、先んじてレーヴェンラントに向かってもらってるのさ」
「王都に? では、仕掛けを始めるのか?」
「ああ。〝協力者〟の足取りも掴んだ。まとめて始末する」
「チマチマと面倒な……。第一、俺はそもそも、あの若造が気に食わん。何であんな奴が〝作戦〟の指揮を任されてるんだ?」
「落ち着け、ベネデット。それより貴方達を呼んだ理由だが――」
「おう、それよ」
「風向きが変わった。どうもゴートの国内で、何かあったらしい」
「何か?」
「詳しくは、デヴリム殿が直接出向いて確認しているとの事だが……、皇太子が急病で臥せったとか聞いている。つまり、そちらの線はあまりあてに出来んという事だな」
「カッ、だから言わんこっちゃない。あんな魔女とかいう女など、ハナっから怪しいと思っておった。大体、俺達がいると言うのに、何で他国の手を借りねばならん? あれだって、〝獲物〟の一つに過ぎんだろう」
「文句の多い人だ……。ともかく、北の守りについている連中を、ここに釘付けにしとかなければならない。それには私一人ではどうにも手に余る。適度に暴れてくれる人間が、要るという事だ」
「それで俺か」
「ああ。さっきの戦闘、さすがの手並みというところだな。こちらに死者はなし。捕縛された者もいない。あの覇獣騎士団相手に、こうも見事にやってのけるとは」
「当たり前だ。だが、アンタの〝術〟も相当だな」
「君らの鎧獣の授器を、ゴートのものに〝擬態〟させるなど、容易いよ。――しかし、これでこの北方の部隊は、ゴート帝国への警戒で、しばらくここを離れられんはずだ」
「他の〝使徒〟も同じか?」
「別の〝私〟が出向いている。まずまずの出来だそうだ。それより、貴方と戦った、あの見慣れぬ狼と大山猫の鎧獣騎士、あれは何だ?」
「知らん。子猫の騎士団も、人材不足で狼に手を出しはじめたか」
自分の台詞が気に入ったのか、ジャコウウシの騎士――ベネデットは呵々と笑った。
「下らん冗談だな。弐号獣隊 の巡検隊も来ていたようだが、おそらくあいつが、私の〝馬車〟を止めたんだろう。なかなかに出来る奴ではあったな」
「出来る奴かもしれんが、間の悪い奴だ。間の悪い奴は好かん」
「貴方に獣能を使わせるなんて、相当じゃないか」
「カッ! まさか次席官ごときに使わされるとはな」
「とはいえ、貴方もこれで戻れるさ」
「どうにもスッキリせん任務だな」
「まぁそう言うな。いずれ大きな火の手が上がる。そうなれば、貴方も存分に暴れられるだろう」
「そう願ってるぞ」
ベネデットと呼ばれた男は、先ほどから無言の五人に合図をすると、後ろに生い茂るトウヒの林に歩いて行った。林の中に、大きな影が見える。ヤク、そしてジャコウウシの鎧獣達だ。
だが、その身にまとっている防具は、先ほどのゴート帝国のものではない。男達のローブ同様、黒灰色をした、不気味な形状をしている。
通常、鎧獣の授器は、その鎧獣専用に作られており、例え大きさが合ったとしても、付け替えるなどという事は出来ないのだ。なので、国家騎士団の紋が入っていれば、脱退するなどの時、わざわざ制作者本人や錬獣術師の元へ出向き、模様や色合いを変えてもらわなければならない。だが、彼らの鎧獣は、何故か数刻の後に、その色や模様どころか、形状さえも著しく変化させていたのである。
やがて六体の鎧獣は、場違いな雄々しさをもって、並んだ六人と歩みを共に、林の奥へと姿を消していった。
一人その場に佇む黒灰色のローブは、ベネデット達を振り返りもせず、じっとマクデブルク城塞を見つめ続けていた。やがて彼の傍らに、音もたてずに、乳白色のキツネザルが姿を表した。まるで、何も無い空間に、浮かび上がってきたかのようだ。
男は驚きもせず、猿に視線を送る。
「どうしました? もう、連絡がついたんですか?」
乳白色の猿に問いかける。すると猿は、まるで人形のような意志のない動きで男を見上げ、口を開いた。発したのは、かすれた雑音混じりの声である。まるで猿の声帯を、無理矢理喋らせているかのような。
「ああ。それについて、急ぎ知らせたい事がある」
「何でしょう」
「皇太子は病ではない。鎧獣騎士で勝負をして、負けた。その怪我で臥せっているとの事だ。正確には、つい先ほど、帝都に帰還したばかりらしい」
無感情のはずの男が、思わず息を呑む。
「負けた? あの、〝ティンガル・ザ・コーネ〟が? どういう事です?」
「何でも、地下に眠っていた別の帝家鎧獣が目覚めて、帝国から逃げ出し、そいつを拾った子供が、騎士に認められたとかいう話だ。皇太子は、それを取り戻そうと直々に出向いて、反対に返り討ちにあったらしい」
信じられない話だった。しかも、不審な点が多すぎる。何やらゴート帝国でも、不穏な動きがあるという事か?
「しかも問題は更にもう二つ」
「何ですか?」
「その逃げ出した帝家鎧獣〝ウルフバード〟なる剣の授器を持っているとの事だ」
「本当ですか?! いや、〝本物〟なんですか?」
「本物かどうかは知らんが、ウルフバードと聞いたのは間違いない。向こうの〝魔女〟を信じるならな」
「帝家鎧獣であれば、あるいは……! で、もう一つというのは?」
「その鎧獣と騎士の子供だが、そいつがどうやら、さっきマクデブルクで戦っていた大狼の鎧獣騎士らしい」
「何と……!」
「知らせたいというのは以上だ。その鎧獣についても、何かわかったらまた連絡する」
猿はそう言うと、まるで舞台の緞帳が下りるように、頭の方からすうっと姿を消していった。もうどこにも見当たらない。
男はキツネザルの消えた場所から視線を移し、マクデブルクの方を凝視した。
誰に聞かれるともなく、彼は一人、呟く。
「好運なのか、不運なのか……。どちらにしても、濡れ手で粟とはこの事か。――まったく……面白くなってきたじゃないか」
男は口の端を曲げ、愉快そうに笑う。その声は寒風に掻き消され、辺りに溶け込んでいくかのようであった。
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