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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第三章『獣使師と獅子の王国』
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第三章 第四話(1)『武術指導』

 時刻は既に、夕闇が今日という日に別れを告げようかという頃合い。茜色の上から、夜の女神が忍び寄ってきている。

 秋から冬に移り変わった事で、日も短くなってきていた。これから本格的な冬が訪れるかと思うと、砦の騎士団員は少し憂鬱な気分になってくるが、中庭で声を張り上げる面々は、そんな事など毛程も意に介してないようであった。

 明かりの準備を当直の兵に指示した後、呆れたような顔で、メルヒオールは彼らを見つめていた。


 もう五日目だ。

 リッキーがイーリオとドグに稽古をつけ始めて。


 飽きもせずに、毎日毎日厳しい訓練を二人に課しているリッキーは、まさに〝教導部隊〟の鬼教官といったところ。あれだけ嫌がっていたにも関わらず、今はノリノリで指導している。それに従う二人も、なかなかのものだろう。覇獣騎士団ジークビースツの訓練は、他の騎士団と比べても苛烈な事で有名で、入団希望の多くは、入団出来ず兵卒扱いに落ちるか、除隊を申し出る事が殆どだった。それでも晴れて入団出来たとしても、そこからそれを維持し続けていくのには、並大抵の努力では済まない。それほどまでだからこそ、覇獣騎士団ジークビースツの騎士は、他の騎士達よりも強靭であると言えるのだが、その過酷な訓練を、少なくとも今の所、イーリオとドグは何とかこなしているようであった。


 手元も見え辛くなってきているというのに、リッキーの叱責は容赦なく飛ぶ。


「だーっら、違うってんだろ! こう、ダラン、じゃねーんだよ、ブワって感じで、フワってすんだよ! ちげーちげー! そーじゃねー! フワン! だよ!」


 言語というよりも、ただの擬音としか言えないリッキーの言葉に、ドグはかなり苛々しているようであった。実際、隊の教導の場でも、リッキーの表現を理解している者はほぼいない。しかも、熱が入れば入る程、興奮して、より一層、感覚的な言葉遣いが増えるので、教えられる方は、ひたすら困惑するしかなかった。そこで通常なら、傍らにマテューが従い、彼の言葉を翻訳する事になるのだが、今はその必要がなかった。


「芯は抜かないで、脱力――、つまりそういう事ですね!」

「おお、そーだそーだ! そーゆー事だよ!」


 イーリオが居たからである。

 いつもはお守り兼、翻訳係のマテューもただただ驚くばかりで、何故かイーリオは、リッキーの感覚的な言葉を的確に捉え、明文化出来るのだ。それも完璧なまでに。

 これにはマテュー同様、イェルクやメルヒオールも驚くしかなかった。どういう仕組みで、あのリッキーの言葉が分かるのかと問いつめると、イーリオは「何となく」としか答えられなかった。実際、「何となく分かって」しまうのだから、それ以上言い様がない。


 これは逸材だ、と、メルヒオールなどは珍獣でも見るかのような目でイーリオを見たのだが、レレケに言わせると、イーリオの持って生まれた性分なんだろうと推察された。



 さて、そんな素晴らしい翻訳家を弟子として、まだ稽古を続けているリッキー。

 いわく――、


 獣騎術シュヴィンゲンというのは、通常の武術と根本的に思想が異なる。

 武術とは、対人戦闘を想定して作られたものであり、人間を超えた存在である鎧獣騎士ガルーリッターにはこれが当て嵌まらない。だからと言って対獣とも違う。まさにそのまま、対獣人という極めて特殊な相手を想定した武術――それを武術というなら――になるのである。


 例えば、人間が獣と相対すると言えば、それは狩猟の事だ。狩猟は基本的に、こちらを可能な限り安全な状況にし、一撃で仕留める事を旨とする。弓矢や投げ槍などの遠距離武器を使い、場合によっては毒や仕掛けを用いるのはその最たる例だ。これは人間が、一対一で正面切って獣と戦っても勝てないという事を端的に物語っていると言えるだろう。


 つまり、狩りであれば基本は〝一撃必殺〟。


 一方、人間対人間というのは、それぞれの個体差はあっても、基本同じ生き物同士だから、生物的に〝絶対勝てないわけではない〟とも言えた。

 しかし、これが鎧獣騎士ガルーリッターとなれば話は違う。

 それは既に、種別が異なる生物同士の争いと言ってもよく、より強大な鎧獣ガルーを扱えれば優位に立てるだろうが、同時にそれは、鎧獣ガルーの獣としての強さをより引き出した方が、有利になるという意味でもあった。


 人間でありながら人間の常識を凌駕し、更に動物としての特性を活かせるモノになる事――。


 それこそが獣騎術シュヴィンゲンの根幹にある思想だ。


 それにはまず、生まれた時から染み付いている人間としての動きを忘れなければいけない。己が駆る〝生き物〟が、どのような動きをし、どのような反応を示し、尚且つそれを自分に置き換えた場合、どうすれば人間と獣のあわいに立てるのかを考え、実践出来るか。

 自分の〝特性〟を最大限活かし、相手を咬み殺し、突き刺し、踏み潰すかを実行する事。そういった獣の〝野生〟的な動きを体現出来なければ、鎧獣騎士ガルーリッターとは名ばかりの、〝ただ凄い鎧をまとった人間〟でしかない。


 その意味では、イーリオもドグも、〝ただ凄い鎧をまとった人間〟の域を脱していないと言えるだろう――



「でも、だからって、何で生身のあんたが、カプルスをまとった俺に勝てたんだ?」


 ドグの問いかけに頭を拳骨で返す。


「っ痛ぇなぁ!」

「あんた、じゃねぇ。センセイ、と呼べ」


 不服げなドグ。リッキーは続ける。


「あれは勝ったんじゃねぇ。勝ったように見せかけただけだ」

「はぁ?」

「オメーに一撃当てただろう? あれでオレが、さも勝ったように錯覚させたんだよ。フツーの戦闘なら、あのまま続けてりゃ、オレぁ間違いなく挽き肉にされてただろーな。実際、オメーには痛みとか怪我なんてなかったよーなモンだろ?」

「んなっ! ズリぃ!」

「ズルくねーっつーの。現実にオメーの攻撃を躱したのは事実なんだから」


 そうだ。それこそがあり得ない。イーリオがその事を問うと、リッキーは笑って答えた。


「だかんよぉ、ソレっつーのが、獣騎術シュヴィンゲンの基礎なんだよ。何度も言ってるよーに、獣になりきりながら、獣じゃない人にもなる。そーすりゃどーだ? 獣っつーのは、相手を伺う。よく見る。それこそ人間よりも優れた〝眼〟で見やがる。相手がどう動くか。相手はどんなヤローか。それを観察して、瞬時に判断する。一般にゃあ、そいつを〝獣の勘〟なんて言うが、野生の世界じゃあ、その判断を誤っちまえば、即、命取りになるからな。必死にもなるさ。その必死な能力を、駆り手の人間も身につけちまえば、相手の出方ぐらい、格下相手なら、手に取るよーにわかってくんだよ」


 格下、と言われてムスっとするドグ。だがそれも事実だ。現にドグは手玉に取られるように翻弄され、自分もあのティンガル・ザ・コーネに、いいようにあしらわれてしまった。


「ねぇ、そろそろやめにしませんかあ? 夕食、なくなってしまいますよー!」


 三人に向かってレレケが言うと、我に返ったように、その声に反応する。もうこんなに暗くなっている事にも気付いていなかった。


「よし、んじゃー続きはメシの後だ。食ったら、訓練場で続きだぞ」

「ハイっ!」

「……マジかよ」


 勢い良く答えるイーリオと、うんざりした顔のドグ。対照的な二人を従え、赤毛の男は城の食堂に向かった。




 食事中、メルヒオールは茶化すように話した。


「いやぁ、さすが〝教導部隊〟だねえ。教え方が堂に入ってるよ」


 その言い方に、リッキーが何か反論する前にマテューが答える。


「何のかんの言って、アツい人ですからねぇ。文句は多いですけど、はじめたら最後、超・熱血指導になってしまうんですよ」

「ああ、聞いた事ある。弐号獣隊ビースツツヴァイの二大熱血教官だろ? 熱すぎて、脱落者が続出したって言う」

「脱落者じゃねぇ。あんなヘボども、ハナっから兵卒にでもなってろっつーハナシだよ」


 やり取りを聞いていたドグは、そんな熱意ある凄い人間に教えてもらっている事に、内心――うんざりした。


 一方イーリオは今の話に質問をする。


「〝教導部隊〟って何ですか?」


 メルヒオールが、垂れ目気味の目を細めて、質問に答えた。


「教導部隊っていうのはですね、覇獣騎士団ジークビースツの中でも、武術指南や教練を主体に行う部隊の事です。入隊時の試験、その後の定期的な訓練などを行い、隊の力が下がらぬよう、またはより底上げ出来るように指導する部隊の事ですよ。弐号獣隊ビースツツヴァイは、伝統的に教導部隊でして、指導に当たる主席官エアスター次席官ツヴァイターは、その職ゆえに、自身も相当の実力者じゃないと勤まりません」


 その言葉に、感心するイーリオ。

 見た目は奇抜だが、リッキーが一目を置かれた存在であるのは間違いないようだ。一方ドグは、本当かよ、と内心疑問を感じていたが(疑問というよりも反感であろうが)、それではなく別の事を聞いた。   

「そのよぉ……じゃねえ、その、なんデスか……」


 片言の丁寧語に、微笑みながら「いつもの口調でいいですよ」と返すメルヒオール。


「その――、よく聞く、ビースツなんたら、っつうのは、何なんデスか?」

「ああ、弐号獣隊ビースツツヴァイの事だね。僕ら覇獣騎士団ジークビースツは、壱号アインから漆号ジーベンまで、計七つの部隊があるんだよ。リッキーは弐号ツヴァイ。僕は参号ドライ。それぞれ役割があって、弐号ツヴァイはさっき言った教導・調練と巡検。参号ドライは北方守備ってわけだ」

「んじゃぁ、メルヒオール……サンは、そこの二番目に偉い人って事なんスか?」

「偉くはないけど、立場上、まぁそうなるね。もっとも、僕はそう遠くない内に、部隊を抜けるけどね」

「えっ?」


 突然の告白に、驚くイーリオとドグ。何か聞いたらまずい事をさらりと聞かされたような気になり、他の人を見ると、周りは「やれやれ」と言った顔しかしていない。


「僕はね、本来こんな所にいる人間じゃないんだよ。……僕は姉様のような立派な錬獣術師アルゴールンになって、鎧獣ガルーの研究に没頭したいんだよ。いや、すべきなんだ。それを何で、まかり間違ってこんな所に……」


 一人ぶつぶつと悔しがるメルヒオールに、「放っとけ、いつもの事だ」と言って、食後を見計らって、立ち去るよう促すリッキー。


「いいんですか、放っといて」

「辞めるっつーのはアイツの口癖みてーなモンだ。いいから放っとけ」

「何か……、覇獣騎士団ジークビースツの人って、変わった方が多いですね……」


 イーリオの感想に、マテューが続いた。


「正解です、イーリオ君。ウチの次席官ツヴァイターなんて、まだ可愛い方ですよ。他の隊も変人ぞろいですからね。別名〝変人騎士団〟です」

「ウソ教えんじゃねーよ! ったく、オメーはくだんねー事言うな。オラ、ガキ共、さっさと行くぞ!」


 あながち嘘じゃないんでは……と思うイーリオとドグだったが、そんな事よりもまずは訓練と、意気揚々と歩を進めるリッキーの後を追って行く。


「元気ですねえ……」


 と、感心するマテューに、


「青春ですね」


 と答えるレレケ。

 シャルロッタは、会話の内容などまるで聞かず、一人黙々と三人前を平らげ終わり、四人前をおかわりしに行く所であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほどw 察しが良くて素直なイーリオだからこその相性かw 夕飯の各人マイペースな雰囲気、好きですw
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