第三章 第四話(2)『砦襲撃』
異変は翌日起こった。
いつものように中庭で訓練していたイーリオとドグに、リッキーはこの城から出て行く期日だと告げた。
「え? どういう事ですか?」
息を切らせて質問するイーリオに、顔をしかめてほくそ笑むドグ。
「どーもこーもねぇっつーの。オレぁ元々巡検で来たんだから、一つ所に長くいるべきじゃねーんだよ。この砦にこんだけ居るのも異例だかんな。さすがに今日には出ちまわねーと」
「じゃあ訓練は……?」
「まぁ、ここまでだな。後は自分でやってけ」
その言葉に、軽く衝撃を受けるイーリオ。折角ここまで教わって、もうお仕舞いだなんて――。
そんな会話の最中、見張り台に立つ歩哨が、いきなり砦中に響く音量で、声を張り上げた。
「砦正面! 鎧獣と騎士が来ます!」
途端に、砦内に緊張が走る。
ゆったり構えていた騎士団員達や兵達は、一斉に持ち場に着いた。哨戒任務の兵に、メルヒオールが声を張り上げる。
「どこの鎧獣か分かるか?」
しばらくの沈黙。
目を凝らしているのだろう。
「鎧獣は六体! 牛系だと思われます! あの紋は……おそらくゴート帝国です!」
兵の報告に、砦内はざわついた。イーリオ達も、訓練の手をすぐに止め、事の成り行きを見守っている。リッキーはメルヒオールと供に城壁を駆け上がり、こちらに向かっている鎧獣を確認しに行った。マテューも一緒である。
城壁の上に着いて前方に目をやると、成る程、確かにこちらに向かってくる影が六つ。
牛の体が光を反射しているのは、おそらく身に着けた防具の授器だろう。その背には、ローブを頭から被った人影が、乗馬のように跨がっている。
牛や馬など、人が乗騎できるサイズの鎧獣の場合、こうやって乗馬扱いにする騎士が多い。中には、ライオンや熊など、大型獣を乗馬代わりにする騎士もいるが、乗り心地の問題もあり、あまり浸透していない。
だが、眼下に迫りつつある牛の鎧獣は違った。馬ほどの速度はないものの、人を背に乗せて走る様は、なかなかに迫力がある。
「確かに、ゴート帝国の紋章だな。何の用でここに……?」
鋭い目で牛の鎧獣を睨むリッキー。彼がそう言うのだから間違いないだろうと、マテューは推察した。視力の良さは折り紙付きと言っていい。
すると、目前にまで迫った鎧獣が、いきなり速度をゆるめて立ち止まると、その背にある騎士達が、全員地に降り立ち、一歩前に進む。
「まさか……!」
思わずマテューが呟いた。その挙動。それは騎士なら、一目でわかる動き。
「白化!」
離れていても分かる声音で、彼らは叫んだ。巻き起こる白煙。白煙が晴れるより前に、煙の後方から、ローブが風に流されていく。おそらく鎧化の際に脱いだのだろう。やがて煙は立ち所に掻き消え、表れる、六体の人獣。
牛頭人身。
まるで、昔語りに聞く〝ミノタウロス〟のような姿。
牛の鎧獣騎士。
だが、ミノタウロスにしては、その体毛が大きく異なっている。
六体の内、五体は、黒い長毛に全身が覆われ、後ろ向きに反った雄々しい角をした、寒冷地に適した野生牛。ヤクの鎧獣騎士だ。
一体のみ姿が異なり、五体に比べ、体長はほんの少し大きいが、何より体毛の長さが、他の個体よりも、より深くて長い。まるでモップのようである。そして何より特徴的なのが、頭頂部をまるでヘルメットのように覆っている湾曲した角。多くは寒冷地に生息する野生牛。
ジャコウウシの鎧獣騎士。
おそらく、あのジャコウウシが隊長格なのだろう。各々両刃の直刀を提げているが、ジャコウウシだけ、武器授器が、大刀のように大きい。
「何かの知らせ……ってワケじゃねーよな」
「何言ってるんですか。どう見ても敵襲ですよ、あれは!」
マテューの言葉に、視線を交わし、互いに頷くリッキーとメルヒオール。
「オレが出る!」
リッキーは駆け出す。
「いいのか?」
後方から声をかけるメルヒオール。
「へッ! 持ち場なんてウゼぇ事言うんじゃねーぞ。久々の実戦だかんな。俺が〝食わして〟もらうぜ」
「けど、部隊も出すよ」
「二、三人でいいぜ。あのガキ共を連れてくからな!」
「イーリオ君達を?!」
「おうよ!」
そう言って、たちまち姿が見えなくなった。
中庭に走りながら、リッキーは二人に叫んだ。
「ガキ共、敵襲だ! オメーらも来い!」
突然のリッキーの言葉に、唖然となる二人。
「な……、何で俺達が、あんたらの戦いの手伝いをしなきゃなんねぇんだよ?」
ドグの当然の主張だが、リッキーには通じない。
「うっせ! つべこべ言うな! 実技ってヤツだよ。実戦の場こそ、一番の勉強の場っつーヤツだ! いいからすぐに、鎧獣を用意して鎧化しろ」
声を上げつつ駆け出すリッキー。そこへ、イーリオが待ったをかけた。
「待って下さい!」
「あん?」
「僕……多分、鎧化出来ないと思います……!」
「はァ?」
「信じられないと思いますが、僕のザイロウは、シャルロッタの許可がないと鎧化出来ない……、その……ちょっと変わった鎧獣なんです」
「あァ? 意味ワカんねー事言うな。何でもいいからてめーの鎧獣を連れて、行くぞ!」
「本当なんです! 彼女の身に危険が及んだ時しか、鎧化出来ない、そういう鎧獣なんです!」
必死な表情のイーリオに、どうやら嘘でも臆病でもないようだと、リッキーは気付いた。
そこへ、いつの間に来ていたのか、シャルロッタとレレケが、ザイロウを伴って近寄ってくる。
「イーリオ、ザイロウの力、使いたいの?」
無表情に、シャルロッタが問う。
彼女を連れたレレケが、困ったような顔で口添えをした。
「今ね、研究でザイロウを見せてもらってたんです。そしたらシャルロッタさんが、急に立ち上がって、イーリオの所に行くっていうもんですから……」
「イーリオ?」
再度、繰り返すシャルロッタ。質問に対する答えは明白だ。
「う、うん……。出来るなら、僕に力を使わせて欲しい……」
「わかった」
彼女はあっさりそう言うと、両手を胸の前で合わせ、祈るような姿勢をとる。
すると、いつものように、彼女の額から一筋の光が輝き、ザイロウの神之眼と繋がった。
イーリオらはさすがに見慣れたが、驚いたのは、リッキーや砦の騎士達だ。
こんな現象、初めて目にする。呆気にとられて声も出ない。
光はやがて収束し、シャルロッタは閉じていた目を開け、イーリオにこう言った。
「イーリオはこの間、〝鍵〟を一つ開いたの。だからもう、あたしがいなくても鎧化だけならできるよ」
「えっ……」
「でも、それはただの鎧化。ザイロウの力を使いたいなら、あたしに言って。そしたら、使えるようにする。でも、鎧化するだけなら、もう、あたしを守る時じゃなくても、使えるから」
驚くイーリオ達。
どういう意味だろう。この間? この間って、〝氷の皇太子〟ハーラルとの戦いのときか。あの時、巨大な狼になるっていう〝力〟を使ったのが、その〝鍵〟ってやつだろうか?
相変わらず、謎の多いザイロウではあるが、感慨に耽っている時ではない。呆然としているイーリオとドグに、思い出したようにリッキーは声を荒げる。
「……ンだかワケわかんねーが、とにかくオメーも鎧化出来んだな? それじゃあボヤっとするな! すぐに行くぞ!」
「はっ、はいっ!」
勢い込んで駆け出すイーリオに、渋い表情のドグ。リッキーは鎧獣厩舎に向かう。
イーリオは何故かドキドキしていた。
あの時から数日――。
わずかな時ではあるが、自分は変わったのだろうか?
それがもう試せる時がくるだなんて……。
だが、現実はそう甘いものではなかった。




