第三章 第四話(3)『長毛牛』
城門の前に立ち、横一列に並ぶイーリオ達六人。
彼らの背後には、己の鎧獣が臨戦態勢をとっている。
イーリオ、ドグ、リッキー以外に、覇獣騎士団 参号獣隊から三名。それぞれ、チーター二体とオセロットの鎧獣を連れている。
覇獣騎士団 の団員には、その鎧獣の多くが、ボブキャットやオセロットなどの山猫系の他、ピューマ、チーター、豹などの中型猫科猛獣が多く見られる。特に参号獣隊は、編成の八割をチーターの鎧獣で占めている事で有名である。
ちなみに、鎧獣にとって、暑さ寒さはあまり関係ない。人造され、ネクタルによって生命活動を維持している時点で、そういった部分は、通常の動物とは大きく異なっていた。無論、元々熱帯気候に適した動物や、寒冷地に生息する動物なら、同じような場の方がアドバンテージがあるのは確かだが、熱帯地域に棲む動物の鎧獣が、極寒の地で活動出来なくなるといった事はなく、その逆も然りである。
「オレが合図したら、飛び出せ。それまで動くな」
リッキーが低い声で告げる。
頷く一同。
「白化!」
全員が声を揃えて叫ぶ。六体同時に鎧化。
人獣の騎士が、白煙のベールを裂いてあらわれる。
鎧化と同時に、砦の城門が開いた。目の前に待ち構えている、ヤクとジャコウウシの鎧獣騎士。
〝ジャックロック〟をまとったリッキーが、数歩前に出て、人牛の騎士に問いかけた。
「アンタら、ゴート帝国の使いか? どーゆー用件で来たんだ?」
質問されるのが意外だとでも言うかのように、人牛達は、何故か少し戸惑っているようだ。
リーダー格らしいジャコウウシの騎士が、大剣を肩に担ぐ。その動作で、ガシャン! という金属音が辺りに響いた。
それが合図となった。
残り五体のヤク達が、一斉に剣を構える。と同時に、リッキーも背後の五人に叫んだ。
「来るぞ! 行け!」
猫科の猛獣に、大狼が一騎。混成部隊の猛獣騎士達が、持ち前のスピードを活かして、高速に疾駆する。
それぞれ大きく回り込み、各個に討つ構えだ。
リッキーのみ、その場で動かず、ジャックロックの腰に提げた剣を持ち、切っ先をジャコウウシに向けた。剣の柄頭からは鎖が伸び、その鎖は何重にも腕に巻き付いている。
「オメーがコイツらの親玉だな。オメーの相手はオレだぜ」
心なしか、ジャコウウシが笑ったように思えた。肩を揺すったからだろうか。何にせよ、その態度は傲岸だ。こちらがどういう騎士団で、どういう騎士か、わかってないかのようである。それとも、わかっていて尚この態度なのか。だとしたら、ただの身の程知らずの馬鹿か、よほどの実力者か――。
――そーゆーヤローは大歓迎だぜ。
舌なめずりする思いのリッキー。
半拍の間を置いて、人牛の部隊は八方に散った。各々、剣を振りかざす。
戦いの火蓋が切って落とされた。
イーリオは、リッキーの言葉を脳内で反芻している。
〝芯を残して脱力する――そして、獣と自分を一つに〟。
〝人間ではない。一度、獣になりきれ〟。
猛然と襲いかかるヤクの鎧獣騎士の姿に、ホルテの町で出会った警護騎士の事を思い出す。彼らもヤクの鎧獣を使っていたからだ。
だが、一瞬のためらいは命取りになる。人間対人間でもそうであるのに、鎧獣騎士同士なら、何をか言わんやである。ほんの数隙の間をついて、ヤクが眼前に肉迫してきた。
咄嗟にザイロウの足を動かすイーリオ。
わずかな油断が精神的均衡を奪い、思わず人間の〝駆け〟方になってしまう。
それでもザイロウの速度は通常の鎧獣騎士を遥かに凌ぐ。だが、本来なら優位に立てるはずの運動において、わずかに出遅れてしまった事は、勝機を大きく逸してしまった。
ヤクは剣を振るわず、頭部のツノを突き出して、何度も突進をかけてきた。
角突撃。
角を持った鎧獣騎士独特の、頭突きを模した攻撃方法。
その特徴は、異様に低い姿勢にある。太い首を利用して、相手を下から掬い上げるように、突進する。闇雲に猪突猛進するのではなく、相手の挙動を見計らい、効果的に突進を繰り出し、または突進そのものをフェイクにし、剣撃も混じえて攻撃する。
イーリオもその執拗な動きに、体勢を立て直せなかった。
――くそっ! こんな事で!
文字通り歯噛みするも、焦れば焦る程、己の挙動は乱れてくる。黒毛の体躯を俊敏に揺らしながら、ヤクはさながら黒い弾丸のようになって、ザイロウを捉えんとしていた。
その黒い姿に、ふと思い出す、因縁の黒き騎士――。
自分のペンダントを奪い去った黒衣の姿を。
彼はどうだった? その動きは?
目に追えないものではあったが、まるで計算されつくしたような機敏な速度をしていた。あまりに速すぎるがゆえに、流水のように滑らかでさえあった。
それ比べてこの黒い人牛はどうだ? 迫力はある。機敏でもあろう。だが、あの黒豹の騎士に比べれば、何という事はない。
そうだ、落ち着け。
己の足を、この銀狼の足を信じろ。
ザイロウは、帝国の帝家鎧獣なのだから。
気持ちを切り替え、己を包む銀狼の動きに、自身の肉体を同期させた。
ザイロウの両足の筋肉が怒張する。草原を駆け抜ける野生の狩猟者の筋力が、イーリオにも漲ってくるようだ。同時に、己の中に、無垢な凶暴さが牙を剥きはじめるのを感じる。だが、以前とは違う。最初の頃や、ティンガル・ザ・コーネの時と異なり、その獣性は、手綱を持つかのように、自身の意思で御せているかのようであった。感情の迸りのみに衝き動かされるのではない。己の肉体で沸き上がる獣性を制御するのだ。
これこそが、獣騎術。
姿勢を低く、躱すのはやめ、反撃に転じた。突進には突進で。向かってくるツノに、己の牙を剥き出す。野生の発動。いきなりの反撃に、ヤクの鎧獣騎士は思わず動きが鈍った。
その隙をついて、牙ではなく、ウルフバードを一閃。
回転しながら黒い塊が地面に突き刺さる。
ヤクの片ツノだ。
まさに、自在に制御された獣性の動き。ただ闇雲に、獣そのものの動きでもなく、人間という枠からはみだせない動きでもない。人と獣、どちらも伴った鎧獣騎士ならではの身のこなしであった。
はじめて足を止めるヤクの鎧獣騎士。最大の武器の一つを奪われた事の衝撃と、ツノを斬られた際の物理的な衝撃の双方で、たじろぎを見せる。イーリオはたたみかけた。
「イーリオ! 横だ!」
突然の警告に、頭よりも肉体、それもザイロウの本能が反応してくれた。
体を翻し、別の黒い突風が、己の毛先スレスレをかすめていく。
別のヤクが突進してきたのだ。警告したのは、大山猫の鎧獣騎士、カプルス。ドグである。ドグはイーリオの傍らに立ち、両篭手の鉤爪を構える。
「あ、ありがとう、ドグ」
今の今まで忘れていた。これは一対一の決闘などではない。集団戦なのだという事を。
「へっ、気にすんな。それよりこいつら、かなり動きが素早いぜ。騎士団の連中も、攻めあぐねてるみてぇだしな」
見ると、参号獣隊 の騎士達も、まだ決着をつけかねているようだった。
だが、それぞれに地力の差が出てきたのか。人牛の騎士達は、一つ所に追いやられていくように見える。
リッキーは剣を構えながら、驚いていた。
このジャコウウシの鎧獣騎士、かなり腕がたつ。それもまだ余力を残しているかのようで、何度も攻勢をかけたが、悉くがいなされてしまっていた。周りのヤクの騎士達も相当なようだが、頭一つどころではない。二つも三つも上だ。最初の嘲笑うかのような余裕も、成る程と頷けた。
だが、だからといってそれで終わるリッキーではない。むしろ、まだ余裕があるのは自分も同じだ、とリッキーは笑った。昂りからくる笑いだ。
見ると、手練れ揃いらしいヤクの騎士達も、一つ所によせられつつある。
――それなら、コレでどうだ?
己の剣を、利き手の右から左に持ち直し、右は柄頭から繋がっている鎖の途中をもつ。
リッキーの挙動を城壁の上から眺めていたマテューは、これに気付いて誰ともなしに呟いた。
「次席官、調子に乗って殺してしまわなきゃいいですけど」
横に立つメルヒオールも気付く。
「大丈夫だよ。そこは仮にも、一隊の次席官なんだから」
リッキーは、鎖を中心に、まるで投網でもするかのように、己の剣を振り回しはじめる。旋回が音をたて、まるで激しい竜巻のようだ。
ジャガーの騎士の挙動に、イーリオとドグも気付いた。参号獣隊 の面々も、リッキーの動きに合わせて、ヤクから距離を取る。
同時に、リッキー=ジャックロックが動いた。
走る。
走りながら、鎖付きの剣を振り回し、それを放つ。
剣は唸りをあげ、高速の放物線となって、尾をひく鎖が二体のヤクに巻き付いた。その速度は凄まじく、肉の焼ける焦げ臭い匂いを放ちながら、瞬時にヤクを捕捉し、二体はバランスを崩して重なるように地面に倒れた。
剣はそのまま、器用にも鎖に結び目を作り、リッキーの手元に戻ってくる。リッキーはそれを手にし、鎖の接合部を外して、分離させた。
必死で鎖を引き千切ろうとする二体のヤク。だが、膂力で知られる牛の鎧獣騎士にも関わらず、どう足掻いても、懸命にもがいても、鎖はほどけない。
「この〝リッケンバッカー〟の鎖は特別製だぜ。そう簡単にほどけるかっつーの」
別れた鎖の部分を、再び柄頭にくっつけけながら、リッキーはジャガーの顔でそう言った。
二体の敵を捕獲。
それは瞬く間の早技だった。
イーリオとドグは呆然となる。
これが覇獣騎士団の力。
これがリッキーとジャックロックの実力。
続いて、次の獲物を捕獲しようと、ジャガーの捕食者としての眼が、鋭く輝いた。
その時、今まで沈黙を続けていたジャコウウシの鎧獣騎士が、低い声で呟いた。
「潮時か……」
ほんの一言。短い呟きではあったが、リッキーは確かにそれを聞き逃さなかった。
大剣を地面に突き刺し、俯き気味に頭を垂れる。一瞬、まるで観念したかのようにとれる仕草だが、それは早計に過ぎた。ジャコウウシの両目が、不気味な輝きを反射する。
「魔王双角爆砕」
低い、唸るような声。
その声の終わりに、ジャコウウシの頭が持ち上がる。
突然、頭頂部を覆う湾曲した角が、細かな破片をまき散らしながら、みるみる巨大化していく。破片はおそらく、角質だろう。それは体半分ほどの巨大な形状に姿を変え、取り囲むリッキー達を圧倒した。
リッキーは咄嗟に剣の鎖をたぐり寄せ、ジャコウウシから距離をとる。
「オメーら! 離れろ!」
仲間に叫ぶ。歴戦の勘が告げる。これはやばい、と。
ジャコウウシは巨大なツノを振り回し、そのまま地面に叩き付けた。
吹き飛ぶ土砂。巻き起こる土煙。
地面そのものがめくれあがったかのような、震動を伴った衝撃波。
巻き込まれていたら、おそらく無事では済まなかったろう。幸い、リッキーはじめ、誰一人として怪我はなかったが、濛々とたち昇る土煙で、視界が全く遮られてしまっている。
これを見ていたドグは焦った。
誰が見ても分かり易い撹乱。これを機に敵は一気に攻勢をかけてくるか、はたまた逃げようとでも言うのか。そんな事はさせじと、イーリオに近寄って語りかける。
「イーリオ、行くぜ。奴らを逃がしちまわねえように」
イーリオは狼の顔で驚く。
「え? この土煙の中に飛び込むの? あのツノの一撃、見てなかったの?」
「大丈夫だ。俺には〝感覚鋭敏〟がある。目くらましぐらい何て事ねえよ」
言うや否や、ドグはカプルスの獣能を解放させつつ、煙の中に飛び込んでいった。イーリオも仕方なくこれに続く。
視界の端で、イーリオら二体の行動を捉えたリッキーは、目を剝いて叫んだ。
「ガキ共! ツッコむんじゃねえ!」
だが、その声は届かない。
「チッ!」
舌打ちをし、参号獣隊 の三体の内、チーターの一体に合図を送った。チーターはこれに頷き、残り二体にもリッキーの命令を伝える。それと同時に、リッキーも煙の中に飛び込んでいった。




