ギルド本部? 吹き飛びました
「何かと言われれば、天使よ。もっとも、堕天しているから堕天使と言った方が正しいのかしら」
「天界に戻る気なんてなくなっちまうくらい、この世界は面白いな」
この男が、神の使いだと?
この少女が、この男の仲間だと?
セシルの頭の中はぐるぐると混乱に陥っていた。
天使という存在が現れた驚き。少女がただのか弱い少女では無かったという衝撃。騙された、という怒り。仲間達を危険に晒してしまったという後悔。
「では、お前は悪魔だとでも?」
リュウが刀に手を添え、エリーザに問いかける。それはエリーザにとっては思ってもみなかった問いで、エリーザは目を瞬かせた。
そして、笑う。
「あっはははははははは! 私が! 悪魔ですって!」
「こんな可愛い悪魔がいるはずないだろ! ぎゃははははははは!」
ひとしきり二人は笑った後、エリーザは答えた。
「私は人間よ。人間は悪魔よりも悪巧みが上手なの。知らなかった?」
ヴィレジーはエリーザを抱えたまま、更に上空へと飛ぶ。純白の羽が舞う情景は、炎の中でも美しいとさえ言えた。
そうそう、とエリーザは続けた。
「さっき、『その必要はない』って言ったのを覚えているかしら。それはね、こういう意味よ!」
十分な高さに達したところで、エリーザは油スライムをありったけ召喚し、エイヴァラルにぶちまけた。
ギルド本部は、爆発四散した。
「エイヴァラル!」
ドリセアは、思わず叫んだ。身体に激烈な痛みが走ろうとも、身を起こさずにはいられなかった。
熱風が、ここまで届く。ギルド本部だけでなく、爆発はその周囲の建物を悉く薙ぎ払った。
「ギルド長! 落ち着いて下さい! 今は、身体を回復させることに専念しなければ!」
「ギルドが吹き飛んで、ギルド長もなにもあるか!」
「そんなこと……言ったら……駄目ですよ。これからの……復興の、旗印に……なる人が」
聞き慣れた声がした。喉が焼かれ、掠れてはいたが、それは確かに部下の声だった。
「グレン、生きていたか!」
「はい…どうにか。もう、書類仕事は……出来そうに、ありませんが、ね」
グレンの片腕は失われ、身体も醜く焼け爛れている。命があるだけで奇跡と言っていい。
ドリセアは、最後の最後でグレンに庇われた。グレンが炎から守ってくれたからこそ、ドリセアはまだこれだけの怪我ですんでいるのだ。
「すまなかった」
「何を……仰いますか。ギルド長を守れたという…これほど名誉なことが、ありますか」
ドリセアは、ここで初めて涙を流した。長年連れ添ってきた部下が、失われようとしている。
「どいてください! 急患ですっ」
運び込まれる、四つの担架。二人の男と、二人の女。
エイヴァラルだ。それぞれ酷い火傷を負い、死の淵を彷徨っている。
「私の処置は……もういい。エイヴァラルの治療に……向かって下さい」
グレンは、自分を治療していた治癒術師に声をかける。ドリセアも治癒術師も瞠目した。
「何を言う! お前の方だって、酷い怪我なんだぞ! 放っておけるわけがないだろう!」
「だからこそ、です。……私はもう、助からない」
治癒術師は、何も言えなかった。グレンの言う通りであったからだ。ここまで深手を負ってしまうと、ラストエリクサーでもない限り助からない。
「私が、ついている。お前は、エイヴァラルの治療に向かえ」
ドリセアとグレンに深く頭を下げた後、治癒術師はその場を立ち去った。
「ああ、事務官は……戦闘に出ないと…思ったのに。戦闘だけが、役立つものではないと…証明したかったのに」
「もうっいい! 喋るな」
まだ、独身なんですよ。恋愛沙汰に関わることなく生きてきたことが悔やまれます。せめて、誰かと一度くらいキスでもしてみたかった。僕が言うとおかしいようにも聞こえるでしょうけど、死ぬ間際です、これくらいぶっちゃけてもいいじゃないですか。
僕は、戦闘にはあまり向いていないタイプでした。それなのに、お前はギルドに入って役に立てるのか、なんてからかわれたりして、それがすごく悔しくて。僕だって、剣を振り回したり、魔術で敵をやっつけたりしたかったに決まっているじゃないですか。
それでも、ギルド長の補佐官なんて地位に今いるのは自分でも大した出世だと思っています。こういう裏方がいてこそ、表舞台の人達は輝くんですよ。そこら辺、もっと分かってもらいたいものですね。
あれ、全然喋れていませんね。ギルド長、泣かないでください。もっと貴女は毅然として―――――
「グレン……」
ドリセアはまだ温かい、けれど絶対にもう握り返してはくれない手の平を握りしめた。




