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蒸気街の謎解きカフェ ~真鍮の駒鳥亭へようこそ~  作者: 天野みんと


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第一章 時計塔から消えた青い星 その⑥花の下の秘密

 マーサが伝声管で夫を呼んでから、二十分ほど。第三太陽光集積所の前に、一台の蒸気馬車が止まった。扉が開き、大柄な男が降りてくる。

 濃紺の制服に長い外套。腰には警笛と警棒。背が高いうえに肩幅も広く、夜の街で出会ったらそれだけで少し緊張してしまいそうな人だった。


「マーサ」

「来てくれたのね」

「『旧王室離宮に行きたい』と夜十一時過ぎに呼び出されれば、来ないわけにはいかないだろう」

「説明したじゃない」

「説明されたから余計に来たんだ」

 男はそこで、リズたち三人を見る。

「それで?」

「この子たち」

「なるほど」

「まだ何も説明してないけど」

「君が夜中に古い建物へ行こうとしていて、そこに子供が三人いる。それだけで十分だ」

「子供じゃないよ!」

 ノアが即座に抗議した。

「十七歳です!」

「十分子供だ」

「リズは十八歳!」

「一人増えただけだな」

 ノアが不満そうな顔をする。

 リズは笑いを堪えながら頭を下げた。

「リズです。すみません、こんな時間に」

「トーマス・グレイ。グレイヴェル夜警隊の巡回隊長だ」


 マーサの夫――トーマスは、見た目ほど怖い人ではないらしい。声は低くて、落ち着いている。

 ネリーとノアも名乗る。

「事情は馬車で聞こう」

 トーマスが扉を開ける。

「それから先に言っておく」

 三人を見る。

「私の許可なく勝手に歩き回らない。床や壁に異常があれば近づかない。知らない人物がいたら、自分たちで追わない」

「はい」

 リズはすぐに答えた。

「ノア」

 ネリーが睨む。

「僕も分かってるよ!」

「さっき屋根の人追おうとしてたじゃない」

「それは昼!」

「夕方」

「どっちでもいい」

 トーマスが言った。

「追わない」

「はい」

 今度はノアも素直に頷いた。

 それを見て、リズは少し安心した。やっぱり大人がいると違う。


 旧王室離宮は、グレイヴェルの西の外れにあった。市街地を抜けるにつれ、街灯の数が減っていく。窓の外を流れていた煉瓦造りの建物が途切れ、代わりに暗い木々が増えていった。

 トーマスは馬車を走らせながら、リズたちから今日起きたことを聞いた。駅の機械鳥、青い星、VII、III、XI、灰色の青年。そして十一時に時計塔から西へ伸びた光。

「つまり」

 一通り聞いたトーマスが言う。

「君たちは今日この街に到着したリズが拾った機械鳥をきっかけに、百年前の装置を次々と起動させ、謎の青年につけ回され、最後に夜十一時過ぎの王室離宮へ向かっている」

「まとめるとすごいですね」

 リズは自分で言いながら思った。

 本当に私は今日、この街に仕事を探しに来たんだろうか。


 向かいではマーサが窓の外を見ている。

「でも本当にブルー・スター計画の設備が残ってたら――」

「マーサ」

「何?」

「楽しそうだな」

「仕事よ」

「そうか」

「市の歴史設備の確認」

「そうか」

「……ちょっとは楽しみだけど」

 トーマスは何も言わなかった。ただ、どうやら予想通りだったらしい顔をした。


 午後十一時四十四分。馬車が止まった。

「着いたぞ」

 外へ出たリズは、思わず息を呑んだ。月明かりの下に、巨大な屋敷が眠っている。かつては王族が滞在した場所なのだろう。正面には長い石段。窓の多くは板で塞がれ、蔦が壁を這っている。

 けれど完全な廃墟ではない。市の管理下にあるらしく、門も建物も最低限の手入れはされているようだった。

「温室は裏よ」

 マーサが言う。

「来たことあるんですか?」

「昼間ならね。三年前に外壁調査で」

「夜は?」

「初めて」

 なぜか嬉しそうだ。

 トーマスが鍵を取り出す。

「ここから先は全員一緒に」

 門が開く。きい、と鉄の音が夜に響いた。庭を抜けて屋敷の裏へ回る。


「……きれい」

 リズは足を止めた。大きなガラスの温室。半円形の屋根を細い鉄骨が支え、何百枚ものガラスが月の光を反射している。ところどころ割れてはいる。植物もほとんど枯れている。

 それでも、月明かりの中に浮かぶ姿は忘れられた宮殿のようだった。

「これが王室温室」

 マーサが囁く。

「昔は珍しい花が世界中から集められてたらしいわ」

「花の下に隠した……」

 リズは機械鳥から出てきた紙を思い出す。

 トーマスが温室の扉を調べる。

「鍵は壊されていない」

 市の管理鍵を差し込む。

 カチ。

「入るぞ」


 午後十一時五十一分。

 温室の中には、湿った土と古い鉄の匂いが残っていた。ガラス越しの月明かりが床へ落ちている。昔は花壇だった場所には、枯れた茎と雑草。壁沿いには空の植木鉢。中央には、大きな円形の花壇があった。

「まずはそこかな」

 ノアが言う。

「花の下、だもんね」

 三人が近づこうとした、そのとき。

「止まれ」

 トーマスの声が低くなった。

 全員の足が止まる。

「どうしたの?」

 マーサが尋ねる。

 トーマスは床を指した。

「足跡だ」

「……え?」

 リズも見る。薄く積もった土埃の上に靴の跡が続いている。

 一人分。温室の入口から中央の花壇へ。そして、その向こう側へ。

「新しい」

 トーマスがしゃがむ。

「少なくとも何週間も前のものじゃない」

 リズの背中が少し冷たくなる。

「灰色の人?」

 ノアが小声で言った。

「決めつけない」

 トーマスが答える。

「ここに入った人間が一人いる。それだけだ」

 リズは足跡を見つめた。駅、VII、III、博物館、集積所。あの青年がまた頭に浮かぶ。


「行くぞ」

 トーマスを先頭に、足跡を辿る。

 中央の円形花壇。そこには、一体の石像が立っていた。少年の像だった。片手に花を持ち、もう片方の手には小さな駒鳥。

「鳥」

 リズが近づく。

「真鍮の駒鳥亭みたい」

「石だけどね」

 ノアが言う。

 像の台座には、小さな王冠。その下に、

 G.R.

「また……」

 リズは石の駒鳥を見る。片方の目。そこに丸い穴が開いていた。VIIとIIIの時と同じ形。

「青い目を入れる?」

 ノアが言った。

「待て」

 トーマスが先に像を調べる。

 台座、花壇、石の鳥、周囲の床。

「仕掛けはありそうだが、見える範囲に危険なものはない」

「じゃあ」

 リズは銀色の機械鳥から青い目を外した。石の駒鳥へ差し込む。

 カチ。

 全員が身構える。


「……何も起きない」

 ノアが言った。

「光が必要?」

 ネリーが天井を見る。

 月明かりしかない。

「それとも、一つじゃ足りない?」

 リズはベルの日記を思い出す。三つの青。今持っている青は一つだけ。

「博物館のガラスが必要なのかな」

「今から博物館を開けてもらう?」

「それはさすがに」

 ネリーが言いかけた。


 カチ。

 どこかで音がした。リズの鳥ではない。

「……今の何?」

 全員が動きを止める。

 もう一度。

 カチ。

 温室の端から聞こえる。古いベンチの辺り。

「そこ」

 リズが指差す。

 トーマスが先に向かい、ランプを掲げた。

 ベンチの下には、枯れ葉が積もっている。その中で銀色のものが光った。

「まさか」

 ノアが身を乗り出す。

 トーマスが枯れ葉を払った。

 そこにあったのはもう一羽の機械鳥だった。

「二羽目……」


 リズが呟く。駅で拾ったものより、ほんの少し大きい。翼の形も違う。けれど胸には同じ王冠。

 G.R.1831

 そして、

「目がある」

 ネリーが言った。

 右目にだけ、深い青色のガラスが嵌まっている。左目は空。

「二つ目の青」

 ノアの声が弾む。

「三つの青のうち二つ?」

 リズは自分の鳥を見る。一つ。もう一羽に一つ。そして博物館に一つ。

「やっぱり三つのレンズ?」

「まだ分からない」

 ネリーは念を押す。


 リズは二羽目の機械鳥を手に取った。冷たい。でも、埃はほとんどついていない。

「これ、ずっとここにあったのかな」

「その割には綺麗ね」

 マーサも気づいた。

 トーマスが再び床を見る。

 二羽目の鳥があったベンチのそばにも、先ほどの足跡が残っている。

「誰かが最近置いた可能性が高い」

 まただ。誰かが、自分たちのために?それともここまで誘導するために?

「試してみる?」

 リズは二羽目の鳥から青い目を外した。石の駒鳥。そこにはすでに一つ目の青いレンズが入っている。けれど二つ目を入れる場所はない。

「どうするの?」

 ノアが聞く。


 そのとき二羽の機械鳥が同時に震えた。

 カチ。

 カチ。

 青い光がそれぞれの胸から伸びる。二本の光は中央花壇で交わり石の駒鳥へ当たった。

 ゴ……。

 低い音。今度こそ。

「動いた!」

 石の駒鳥の胸が、ゆっくり開いた。中に文字が刻まれている。リズが読む。

 NOT THREE LENSES.

 THREE BLUES.

「三つのレンズではない」

 ネリーが続ける。

「三つの青」

 三人は黙った。

「……じゃあ博物館のガラスじゃない?」

 ノアが言う。

「少なくとも『三つ全部がレンズ』ではないみたい」


 リズは温室を見回した。三つ目の青。ここにある?

 王は星を空には隠さなかった。

 花の下に隠した。

「花」

 リズは少年像を見る。少年が持っている石の花。その中心。

「……あれ、青くない?」

 月明かりのせいだと思っていた。けれど違う。花の中央に、小さな青。

 マーサがランプを近づける。

「本当だ」

 トーマスが先に確認した。

「外せそうだな」

 ゆっくり回す。小さなものが花から外れた。

 マーサの手のひらに落ちる。

「鳥?」

 青い陶器でできた、小さな駒鳥だった。

「レンズじゃない」

 ノアが言う。

「でも青い」

 リズは思わず笑った。

「本当に『三つの青』だ」

 二つの青いレンズ。一つの青い陶器の鳥。リズがそれらを中央へ近づける。

 

 一瞬、温室全体が静かになった。

 そして青い光が灯った。一つ。二つ。三つ。

 ゴゴゴゴ……。

「何!?」

 床が震える。

 トーマスがすぐに三人を後ろへ下がらせる。

「離れろ」


 温室の奥で、石壁の一部が動き始めた。何十年も閉ざされていた煉瓦が、重い音を立てて左右へ開いていく。その向こうに階段が現れた。

「地下……」

 ノアが囁いた。

 下へ続く石段。壁には小さなガス灯が並んでいる。誰も火をつけていない。それなのに、一つ、また一つと青白い火が灯っていく。地下へ。さらに地下へと道が続いている。

「王の忘れ物……」

 リズの胸が高鳴る。ここまで来た。駅で一羽の鳥を拾ってから、青い星を追い、光を繋ぎ、十一時を待った。それが遂に。


「行く?」

 ノアが言う。

「その前に」

 トーマスがランプを階段へ向けた。

「……これを見ろ」

 光が石段を照らす。

 リズも見る。そして、息を呑んだ。

 足跡。

 さっき温室で見つけたものと同じ。一人分の新しい靴跡が、すでに地下へ続いている。

「……誰か、先に入ってる?」


 でも、おかしい。この入口を開けるには二羽の機械鳥の青い目と、花に隠されていた青い駒鳥。三つの青が必要だった。

 そのうち一つは今までずっと、自分たちが持っていた。

 リズは手の中の青いレンズを見る。

 では、この足跡の主は?

 一体どうやって、先に地下へ入ったのだろう。


 ――さて、リズはどうする?

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