↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒸気街の謎解きカフェ ~真鍮の駒鳥亭へようこそ~  作者: 天野みんと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/7

第一章・完 時計塔から消えた青い星 その⑦王の忘れ物

「行きたい」

 リズは地下へ続く階段を見つめた。青白いガス灯が、一つ、また一つと奥へ続いている。

「誰かが先にいるなら、気をつけて行こう」

「それならいい」

 トーマスが答えた。

「私が先頭。マーサが最後。君たちは真ん中から離れないこと」

「はい」

「勝手に走らない」

「はい」

「怪しい人がいても追わない」

「……僕を見ながら言った?」

「言った」

 ノアが少しだけ不満そうな顔をする。

 ネリーはすでに慣れた様子で、その背中を階段へ向けた。

「行くわよ」


 五人は地下へ降り始めた。石段は想像以上に深かった。

 温室の下を抜け、さらにその先へ。

 壁には細い真鍮管が走っている。ガス灯の青白い火が揺れるたび、古い歯車や配線が影になって浮かび上がった。

「これ全部、王立機巧研究所の設備かしら……」

 後ろからマーサの声がする。

「マーサ」

「触ってないわよ」

「まだ何も言ってない」

「顔が見えなくても分かる」

 二十年の夫婦はすごい。リズはそんなことを考えながら、足元の靴跡を追う。一人分の足跡が確かに下へ続いている。


「……待って」

 途中でリズは立ち止まった。

「どうした?」

 トーマスが振り返る。

「足跡」

「消えた?」

「違う」

 ランプを低くする。

 温室から続いていたと思っていた靴跡。よく見ると、ここから先の跡は少し向きが違う。

「ここで合流してる」

「合流?」

 リズは右側の壁を指した。

「この人、上からずっとこの階段を下りてきたんじゃない」


 壁際の土埃の薄い場所から、靴跡が現れている。

 トーマスが壁を調べる。

 石を一つずつ叩く。そのうち、一ヶ所だけ。

 コン。

 音が違った。

「空洞だ」

 縁へ手を掛けると石壁の一部がわずかに動いた。

 奥には、人一人が通れるほどの細い階段。

「別の入口……」

 ネリーが呟く。

「たぶん離宮の本館側へ続いてる」

 マーサが覗き込む。

「王族か研究所の人が使う通路だったのかも」

「じゃあ」

 ノアが言う。

「三つの青がなくても入れた?」

「この道を知っていればね」

 リズは少しだけ肩の力を抜いた。謎は一つ解けた。あの足跡の主が灰色の青年だとすれば、彼は三つの青を使ったわけではない。最初から別の道を知っていた。


「でも、それなら」

 新しい疑問が現れる。

「なんで私たちには、あんな面倒な道を通らせたんだろう」

「本人に聞ければ早いんだけどね」

 ネリーが言う。

「いるかな」

 ノアの声が弾む。

「嬉しそうにしない」

「だっていよいよ正体が――」

「ノア」

 トーマスが呼ぶ。

「走りません」

「よろしい」


 さらに地下へ進む。やがて階段が終わった。その先にあったのは、巨大な空間だった。

「……すごい」

 リズは息を呑む。地下の観測室。天井は高く、丸いドーム状になっている。壁一面に星図、床には巨大な歯車。

 何本もの真鍮管が部屋を横切り、中央には天井まで届きそうな機械仕掛けの天球儀が立っていた。

 青いガラス。反射鏡。大小のレンズ。百年前の研究所が、そのまま眠っている。

「本物……」

 マーサが呟いた。

 今までで一番小さな声だった。

「本当に残ってた」

「マーサ、あとで好きなだけ見る時間は取る」

 トーマスが言う。

「今は人だ」

「分かってるわ」


 そして部屋の奥、閉ざされた真鍮の扉の前に一人の青年が立っていた。灰色の長いコート。

「……いた」

 リズの足が止まる。

 駅、VII、III、博物館。何度も視界の端に現れては消えた人物。

 青年がこちらを振り返る。今度は帽子を被っていなかった。

 栗色の髪、涼しげな目、整った鼻筋。

 夕暮れの屋根で一瞬見たときにも思ったけれど、改めて正面から見ると、かなり整った顔をしている。

 ――こんな顔で一日中人をつけ回すのはどうなんだろう。

 リズは一瞬そんなことを考えた。


「こんばんは」

 青年が言った。

「こんばんは、じゃない」

 思わず返す。

 マーサが吹き出しかけた。

「今日それ、私も言ったわ」

「え?」

「こっちの話」

 トーマスが一歩前へ出る。

「名前を」

 青年は素直に両手を見える位置へ出した。

「ジュリアン・クロウ。二十一歳。グレイヴェル市立博物館の研究助手です」

「博物館?」

 ネリーが言う。

「だから閉館後も入れたんだ」

「はい」

 ジュリアンは悪びれた様子もなく頷いた。

「では、旧王室離宮への侵入経路は?」

「本館の旧資料庫から続く研究者用通路を使いました。三年前に見つけました」

「許可は?」

「……それについては後ほどお話しします」

「後ほどじっくり聞こう」

 トーマスの声が低い。

 ジュリアンが少しだけ姿勢を正した。


 リズは彼を見つめた。

「駅にいたのも、あなた?」

「はい」

「VIIも?」

「はい」

「IIIの屋根も」

「はい」

「博物館も?」

「いました」

「太陽光集積所の紙は?」

 少し間があった。

「僕です」

「やっぱり!」

 ノアが言う。

 リズは眉を寄せた。

「じゃあ最初の機械鳥を駅に置いたのも?」

「それも僕です」

「……なんで?」

 ずっと聞きたかった。

 ジュリアンは真鍮の扉を振り返った。

「この扉を開けるためです」

「私たちに?」

「正確には、僕ではない誰かに」


 部屋の空気が変わる。

「僕は《ブルー・スター計画》について三年間調べています」

 ジュリアンは壁の星図を見る。

「博物館の資料。王立天文観測所の記録。旧王室離宮。アーサー・ベルの日記の写し。それらを辿って、ここまで来ました」

「ベルさんの日記まで?」

「研究資料として一部を見せてもらったことがあります。もちろん、ベルさんはこの場所までは知りません」

「じゃあ王の忘れ物が何かは?」

「知りません」

 ジュリアンは首を振った。

「そこまで辿り着けなかったから」

「ここに来られるのに?」

 リズが尋ねる。

「ここまでは」


 ジュリアンが扉の横へ寄る。

 その壁には英文が刻まれていた。

 THE LAST DOOR SHALL NOT OPEN

 FOR THE ONE WHO KNOWS THE WAY.

 LET ONE WHO HAS NEVER SEEN THE STAR

 FIND IT FOR THEMSELVES.

 ネリーがゆっくり読む。

「最後の扉は、道を知る者には開かれない」

 そして続ける。

「まだ星を見たことのない者に、自ら見つけさせよ」

「僕は道を知りすぎた」

 ジュリアンが言った。

「古地図も、装置の場所も、十一時の仕掛けも調べてしまった。だから何度試しても、この先には行けなかった」

「それで誰か別の人に謎を解かせようとした?」

「はい」

「誰でもよかったの?」

 リズが聞く。


 ジュリアンは少しだけ考える。

「そのはずでした」

「そのはず?」

「機械鳥を駅へ置けば、普通は駅員へ届けるでしょう。それでも拾って、中身を調べて、星に気づく人がいたら」

「私だった」

「はい」

 ジュリアンはリズを見る。

「午後二時十三分」

 リズの目が少し大きくなる。

「最初の青い星を出したのも?」

「僕です」

「やっぱり」

「あれは短い試験点灯でした。ほとんどの人は時計塔を見ても、時間まで覚えていない。そもそも星に気づかない人の方が多い」

 ジュリアンが少し笑う。

「でもあなたは、八つ尖りの星だったことも、二時十三分だったことも覚えていた」

「それを見てたの?」

「駅で」

「だから灰色のコートがいたんだ」

「はい」


 リズは腕を組んだ。ようやく全部つながった。でも、

「だったら普通に声をかけてくれればよくない?」

「それでは僕が道を教えたことになるので」

「だからずっと物陰から?」

「必要なときだけヒントを」

「それをつけ回してるって言うんじゃない?」

「……否定はできません」

 ジュリアンが少しだけ目を逸らした。

 ノアは笑っている。

 ネリーは完全に呆れている。

「三年間研究して、そこだけ人付き合いの方法分からなくなったの?」

「返す言葉がありません」


 リズはため息をついた。怖かった。でも正体が分かってしまえば、目の前にいるのは不審者というより、研究に夢中になりすぎて妙な方法を選んだ青年だった。

 それはそれで問題だけれど。

「それで」

 リズは真鍮の扉を見る。

「ここから先は?」

「僕にも分かりません」

 ジュリアンは答えた。

「あなたが解くしかない」


 扉の前には、小さな真鍮の台座がある。

 三つの窪み。

 一つ目には、細い円が刻まれている。

 二つ目には八つ尖りの星。

 三つ目には何の印もない。ただ、少し広く浅い。

「青いものを入れる?」

 ノアが言う。

 ジュリアンが左手を開いた。

 そこには、屋根の上で持っていた青いガラスがある。

「僕が持っていたものです」

「じゃあ青いレンズが三つ揃った」

 リズは自分の機械鳥の目。

 二羽目の鳥の目。

 そしてジュリアンの青いレンズを見る。


「試してみよう」

 一つ目、青いレンズを置く。

 カチ。

 台座が光る。壁へ文字が映った。

 VII ― III ― XI

「道」

 ネリーが言う。

 二つ目、別の青いレンズを置く。

 今度も受け入れられた。壁に八つ尖りの星。

 その下に、

 ✦ 11:00

「十一時の星」

 ノアが呟く。

「じゃあ最後も」

 リズは三つ目の青いレンズを手に取った。

 印のない窪みへ置く。一瞬、青く光る。けれど、

 カチン。

「え?」

 レンズが押し戻された。

 もう一度。同じ。

「違う?」

「三つの青じゃないの?」

 ノアが言う。

「ここでは別のものが必要なんじゃない?」

 ネリーが台座を見る。


 そのとき、二つのレンズから伸びた光が重なった。壁へ、新しい文章が浮かび上がる。

 YOU FOLLOWED THE PATH.

 YOU SAW THE STAR.

 WHAT DID YOU BRING?

「道を辿った」

 リズが読む。

「星を見た」

 最後。

「あなたは何を持ってきた?」

「持ってきたもの?」

 ノアが辺りを見る。

「機械鳥?」

 一羽を窪みへ近づける。反応なし。

「青い駒鳥?」

 温室で見つけた陶器の鳥。反応なし。

「地図?」

「持ってない」

「じゃあ何?」


 リズも考える。自分が持ってきたもの。荷物?お金?機械鳥?知識?

 カチ。

 壁の文字が変わった。

 NOT A THING.

 ――物ではない。

 さらに続く。

 THE KING HAD GOLD.

 THE KING HAD MACHINES.

 THE KING HAD KNOWLEDGE.

 NONE OF THEM OPENED THIS DOOR.

 王は黄金を持っていた。

 王は機械を持っていた。

 王は知識を持っていた。

 けれど、そのどれもこの扉を開かなかった。


「物じゃない……」

 リズは呟いた。何を持ってここまで来た?

 今日、グレイヴェルへ着いたとき自分は何も知らなかった。

 青い星が何かも、G.R.1831も、ブルー・スター計画も、王の忘れ物も知らなかった。

 それでも、星が消えたから気になった。機械鳥の中を見た。VIIへ行った。IIIへ行った。ベルへ聞きに戻った。博物館へ走った。夜に光を送る方法を考えた。花の下まで来た。

 知らないから知りたかった。

「あ」

 リズは台座を見る。三つ目の窪み。レンズを置くには、少し広すぎる。

 でも、手を置くならちょうどいい。


「……好奇心」

「え?」

 ノアが聞き返す。

「私が持ってきたもの」

 リズは笑った。

「好奇心じゃない?」

 そして、手のひらを何も刻まれていない窪みへ置いた。

 カチリ。

 温かい光が指先から広がった。

「!」

 青ではない淡い金色。台座の中を光が走り、壁に一つの単語が浮かぶ。

 CURIOSITY.

 ジュリアンが固まっている。

「……好奇心」

「合ってた!」

 ノアが声を上げた。


 ゴゴゴゴ……。

 巨大な真鍮の扉が動き始める。

「開いた」

 ネリーも目を見開いた。

 マーサは笑っている。

「ジュリアン君」

「はい」

「三年研究したのよね?」

「……はい」

「これ、思いつかなかったの?」

「三年研究したから思いつかなかったのかもしれません」

 ジュリアンはかなり悔しそうだ。

「研究者には難しい問題だったね」

「本当にそれで慰めてます?」

「半分くらいは」


 扉が完全に開いた。その先に小さな部屋があった。

 金貨はない。宝石もない。王冠もない。

 中央に置かれているのは、一台の機械。深い青色の球体。表面には無数の小さな光。まるで夜空を閉じ込めたようだった。

「これが……」

 リズが近づく。球体の下にはグレイヴェルの地図が組み込まれている。いくつもの場所が青く光っていた。

 時計塔、旧観測所、王室離宮、そしてそれ以外のまだ知らない場所がいくつも。

「王の忘れ物」

 ジュリアンが呟く。

 機械の横には、一通の手紙が置かれていた。古い紙。王冠の印。

 リズはトーマスを見る。

「読んでも?」

「ここまで来たんだ。読もう」

 紙を開くとそこに書かれていたのは、王から未来へ向けた言葉だった。


 黄金はいずれ使われる。

 機械はいずれ古くなる。

 知識はいずれ書き換えられる。

 だから私は、それらを残すことを目的とはしなかった。

 私は問いを残す。

 なぜ、あの星は光るのか。

 この道はどこへ続くのか。

 ここで何が起きたのか。

 問いがある限り、人は歩く。

 人に尋ねる。

 古いものを調べる。

 そして、ときに思いもしなかった場所へ辿り着く。


 王が未来へ残したかったもの。それは宝そのものではなかった。宝を探しに行かせる心。

 ――好奇心。

 リズは手紙を見つめた。

「……ずいぶん遠回りする王様だね」

 ノアが言った。

「あなたが言う?」

 ネリーがすぐ返す。

 リズは青い球体を見る。

「私、この人けっこう好きかも」

「リズまで?」

「だって、ちょっと分かる」

 気になる。もう一つだけ知りたい。確かめたい。その先にまた別の問いがあれば、そっちへ歩いていく。気づけば今日、自分はグレイヴェル中を歩き回っていた。

 王の手紙には、まだ続きがあった。


 この街の物語は、一つではない。

 青い光の場所には、我々が残した記録が眠っている。

 次の問いを見つけたなら。

 また歩けばいい。


「次……」

 ノアが球体へ近づく。

「ここも光ってる!」

「触らない」

 トーマスが即座に止める。

「でも次の謎だよ!」

「今日は終わりだ」

「まだ十二時過ぎだよ」

「もう十二時過ぎだ」

 トーマスが懐中時計を見る。

「零時二十二分」


「……私、明日仕事探さなきゃ」

 リズが言った。

 全員がこちらを見る。

「今それ?」

 ノアが言った。

「今だから思い出したの!」

 宿は三日分。所持金はそれほど多くない。王は好奇心を残してくれたけれど、宿代は払ってくれない。

「帰ろう」

 リズは決めた。

「続きは明日」

 ノアが青い球体を名残惜しそうに見る。

「じゃあ次どこ行く?」

「仕事が先」

「一個だけ!」

「仕事」

「朝一で?」

「仕事!」

 ネリーが笑った。

 マーサも笑う。

 ジュリアンまで少し笑っている。

 こうして、リズがグレイヴェルへ来た最初の一日は終わった。


 翌朝、《真鍮の駒鳥亭》の深緑の扉を開けると紅茶の香りがした。

 昨夜の地下室が夢だったような、静かな朝。

「おはようございます」

「おや」

 ベルがカウンターから顔を上げる。

「無事だったようだね」

「いろいろありました」

「その顔を見ると、ずいぶんあったらしい」

 ノアとネリーもすでに来ていた。

「ベル爺!」

 ノアが椅子から立ち上がる。

「王の忘れ物、本当にあったよ!」

「ノア」

 ネリーが呆れる。

「順番」

「長いから先に結論!」


 結局、三人で昨夜の出来事を最初から話した。

 十一時の星。旧王室離宮。三つの青。地下研究室。ジュリアン。最後の問い。そして、

「王の忘れ物は、宝じゃなかったんです」

 リズは言った。

「好奇心を残すための仕掛けでした」

 ベルはしばらく黙っていた。

 それから、静かに笑う。

「祖父らしい仕事だ」

「ベルさんのお祖父さんが?」

「未来への問い、と書いていただろう?」

「そうか」

 あの日記。三つの青が揃うとき、王の忘れ物は再び光を見る。全部、本当だった。

「それで」

 ベルが紅茶を注ぎながら尋ねる。

「今日はどうするんだい?」


「それなんですけど」

 リズは姿勢を正した。昨夜から何度か考えた。グレイヴェルへ来た理由。仕事。自分にできること。そして、この店が好きだと思ったこと。

「ベルさん」

「うん」

「ここって、人を雇う予定ありませんか?」

 ベルが瞬きをする。

 ノアがにやっと笑った。

 ネリーも何も言わないけれど、少し嬉しそうだ。

「読み書きと計算できます。お店の手伝いもしたことがあります。それから」

 リズは少し考える。

「見たものを覚えるのは、けっこう得意です」

「それは昨日よく分かったよ」

「機械は全然分かりません」

「それもよく分かった」

「でも、覚えます」

 ベルは腕を組んだ。

「一つ問題がある」

「なんですか?」

「うちには時々、妙な相談が持ち込まれる」

「聞きました」

「なくし物。古い手紙。誰も知らない機械。妙な噂」

「はい」

「昨日のようなことは、さすがに滅多にないがね」


 リズは一瞬だけ考える。そして、

「……ちょっと面白そうです」

 ベルが笑った。

「それなら、試しに手伝ってもらおうか」

「え」

「本当!?」

 なぜかノアが一番大きな声を出した。

「ノアが採用されたわけじゃないでしょ」

「でもこれでリズも毎日ここにいる!」

「毎日とはまだ言ってないよ」

 リズは思わず笑う。

「ありがとうございます」

「こちらこそ。ちょうど手が足りなくてね」


「じゃあ」

 ノアがすぐに青い球体のことを思い出した顔をする。

「仕事決まったし、次の青い光――」

「待って」

「えー!」

「今日から仕事なんだから、まず仕事を覚える」

 リズはカウンターを見る。

「紅茶の淹れ方とか」

「スコーンとか!」

「それは食べる方でしょ」

「あと、お給料もちゃんと聞かないと」

「そこ!?」

「大事だよ!」

 ベルが声を上げて笑った。


 朝の光が窓から差し込む。琥珀色の店内。古い本。真鍮の時計。銀色の機械鳥。昨日まで知らなかった街。昨日まで知らなかった人たち。

 そしてこれから、きっとまた現れる。

 知らないこと。分からないこと。放っておけない問い。

 リズは窓の向こうに見える時計塔を見上げた。青い星は、もうない。でも、きっとこの街にはまだたくさんの星が隠れている。


 そのとき、店の扉についたベルが鳴った。

 カラン。

「すみません」

 入ってきた客が、一通の古い封筒を握っている。

「少し、相談したいことがあるんですが」

 リズとノアの目が合った。

 ノアの顔が輝く。

 ネリーが小さくため息をつく。

 ベルはいつもの穏やかな表情で言った。

「どうぞ。こちらへ」


 そしてリズは、まだ慣れない店員として立ち上がる。

 グレイヴェルでの仕事探しは、どうやら思っていたのとは少し違う形で終わったらしい。

 でも、これはたぶん始まりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。