第9話 廃れた村
「さてこんなものかしら」
荷物でパンパンになったカバンを背負いながら彼女は言う。
ポーションに食料。
それに使えそうな雑品をいくつかと。
あまり長旅という訳でもないのでこんなものでいいだろう。
「じゃあ、さっそく行きましょう」
そうして二人は馬車に乗り込み、目的の村へと向かう。
道中の彼女は、まるで幼い子供のようだ。
御所台から顔を出し、外の景色に目を輝かせている。
あいにくの曇りで空模様は最悪だが、それでも新鮮な景色に変わりはないらしい。
さて、そろそろ気を引き締めなければ。
ここまで送り届けてくれたおじさんにいくばくかの金を払い、村へと足を踏み入れる。
洗濯物が揺れている。
ただ、それを着る人間はもういない。
崩れかけた井戸がある。
ただし中の水は真っ赤だ。
子供の靴が落ちている。
少女はその靴がふと気になり、拾い上げる。
「…っひ!!」
少女は驚き、靴を落とす。
地面に転がったそれから、小さな足先が覗いていた。
「これは…」
僕は唖然とした。
認識が甘かった。
簡単な依頼だと、そう思っていた。
ただ知らなかっただけだ。
怪物に襲われた村がどうなっているのかを。
「なによこの匂い?!」
臭い。
嫌なにおいだ。
人から発せられる悪臭を混ぜ合わせたような匂いが、鼻を突き抜ける。
人の気配はない。
だが、そこら中に飛び散った血が。
ここで起きた惨状を物語っている。
「おえぇぇぇ」
少女はその衝撃に耐えられず、その場に嘔吐した。
だが、今更引き返すことはできない。
やるべきことを、やるだけだ。
「だれか…だれかいませんか」
その問いに反応するものはいない。
それでも声をあげつづける。
何度も。
何度も。
何度も。
その間少女は、泣きそうな顔で自分の後ろについてくる。
「…なんであんたは平気なのよ」
「慣れ…とはまた違いますね」
「ただ、僕もされた側なんです」
あの日、自分の村の光景を見ていなければ、自分も少女と同じようになっていたかもしれない。
するとそのとき、
「た…たすけて…」
か細く、小さな声。
雨音に掻き消されそうなその声を、少年は聞き逃さない。
あの家だ。
かつては2階建てだったのだろう。
だが今は崩れ、そこにあるのはボロボロになった材木だけだ。
声の出所はここだ。
必死に廃材をを掻き分けると、そこには助けを求める女がいた。
「たすけて…魔物が…村を!」
泥と雨でグシャグシャになった顔で言う。
だが、今は話を聞いている場合ではない。
体の大部分が建物の下敷きになっている。
「私がこれを持ち上げるわ!その隙に!」
「分かった!」
ひ弱な僕より、彼女の方が筋力は上だ。
完全に持ち上げることはできないようだが、それでも女性を引き出すことができる隙間はできた。
「いきますよ!」
僕は女性の腕を引く。
腕を掴んだ瞬間、妙な違和感があった。
軽い?
だが、そんな考えも目の前の事象で消え失せる
「あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」
痛むのか、女性は悲鳴を上げる。
僕は必死に腕を引っ張る
すると、意外にもすんなりと女性の体は引き抜けた。
「大丈夫ですか?!」
少年の問いかけに、女性は答えない。
後ろで少女が泣いている。
だが今は構っている場合じゃない。
「僕の声が聞こえますか?!」
少年は再度問う。
しかし、女性は答えない。
少年が再び声を上げようとした瞬間、少女が肩を叩く。
少年は振り向き、少女を見つめる。
目に浮かべた涙。
全身が震えている。
それと同時に横に首を振る少女。
訳がわからない。
どうしてそんなに簡単に諦められる?
現に女性は生きて…
「うわああああ!!!!!」
違和感はあった。
いくらなんでも軽すぎた。
その違和感の正体は今目の前にある。
上半身しかない女性が示している。
「ゔぉえぇぇ…ゲホ"ッ、ゴホ"ッ」
少年の張り詰めていた緊張の糸が切れる。
もしもっと周りを観察すれば。
もしもっと慎重に慣れてたら。
もしもっと早くこの依頼を受けてたら。
女性は助かったかもしれない。
この女性のことはよく知らないが。
少なくともこんなにも痛みに満ちた表情でこの世を去るべきではないと思う。
きっと探せば家屋の下にもう半分があるのだろう。
だが、今の自分らにそんな気力はなかった。
そして比較的無事な教会で休息を取る。
窓は割れ、すきま風が吹き込むが、雨さえしのげればどこだって良い。
僕らは持ってきた食料を胃に詰め込む。
「…味がしない」
きっと彼女もそうだろう。
この村に漂う匂いの影響で既に嗅覚は機能しない。
天井からぶら下がるあのシャンデリアも、今は綺麗だとも思えない。
どのぐらい時間が経ったのだろう。
外の雨はやみ、微かに陽光が差し込んでいる。
「…行きましょう」
僕の言葉に少女は無言で首をたてに振る。
教会の扉を空け、外に出る。
なんだ…?
この刺のように残る違和感は?
この村には何かあるべきはずの物がない。
こうなった村にはあるべきはずの物が。
そうか…あれがない!!
「危ない!!」
突如後ろから強い衝撃が襲う。
予想だにしない力に、少年は前のめりに倒れる。
「ミヲテイシテ…ナカマヲマモルカ」
声のする方を見ると人がいた。
だが違う。
人間なら、あんな大きさのはずがない。
目測だが僕の3倍ほどの背丈がある。
赤い肌に血のようものがついた棍棒。
間違いない。
鬼人。
オーガだ。
「ガキノニクハナ、ヤワラカクテウマインダ」
この村の違和感。
それはーー
死体がひとつもない
トラップ2 鬼人と廃村と守護騎士と




