第七話 「戦いの決意」
アーサーは戦いを決意する
幹の世界。魔物が跳梁跋扈する世界のナイトクロウリーの街にて。
アーサーは人間に擬態した人型エイリアンがいないか、警戒しつつ、旦那との屋敷での会話を思い出していた。
「──ハットにスーツ、コートにステッキを持った老紳士。靴音がよく響く特徴がある。ベビーカーを押すひどく魅惑的な女。見た瞬間、情欲が滾るような美女で、必ず胸元や尻、曲線に目が惹きつけられるが顔尾は見えない。そして、いつでも影の中にいる男、コイツについては見た目は毎回違う、そこだけが一貫している、そしてコイツ自身には影がない、共通点は顔が見えないこと……か」
「そうだ、その特徴の人間を探している。当てはまってればいいわけではないが、当てはまっている奴がいたなら教えろ、そうしたらお前の革命もさらに手伝ってやってもいい」
「そりゃ、ありがたいが。──見かけたり、聞き取りしろっていうのか?その特徴を持つ人間を?それに顔を認識できない? 能力者なのか?」
「そう思って、かまわん」
「影の中にいる男ってのは?それにハットにスーツにステッキなんて、いくらでもいそうだ」
アーサーが続けて、質問したはずだったが。その後の会話は記憶からそっくり無くなっていた。今度また聞くべきか、悩み、そもそも考えないようにした。
重要なのは、旦那の探し人。そして自身の協力者となる男の情報。そして──
──わふわふ!(おい!早く歩けってー、もう!)
アーサーの斜め前を歩く、ダニエルから貸し出された彼の愛犬に従うこと。そして時に従わないことという謎の言いつけ。
旦那はこれで政府をひっくり返すことが出来ると言うのだが、アーサーはそれがどう革命につながるのか意味がわからなかった。
小さな犬に吠え立てられて苦い顔をして歩き出す。名はハービットというらしい。なんでもあまりにも頭が悪いので、そう名付けられたのだと言う。意味がわからない、と思ったが、その話を聞いている犬は誇らしそうだったので、なにも言えなかった。アーサーの家につき、入るなり犬はソファで寝てしまった。
「今更だが、怪物犬を護衛に預けて暮れたのは良いが、。ここで一緒に暮らすってのは……」
──どうにも神経が休まらんぞ。
そう呟きながら、この愛らしい犬が以前エイリアンを丸呑みにしたように、自分も丸呑にしてしまう想像をした。。
*
アーサー・ボイド・ベクスターが謎に満ちた男カーネギーマンとの会話を終え、帰宅したのは深夜3時頃で。つまり、アーサーが寝て、目を覚ました頃には時計は正午を指していた。
顔を洗ってリビングに出ていくと、犬がこちらを見ていた。
「確か名前は、ハービットだったか……」
そう言うと、肯定するように犬が、わふわふ!
と鳴いた。
着替えている最中に、床屋に行く予定だったことを思い出し、軽く身なりを整えてから出発した。道中、何人かの市民に声をかけられた。おはよう、アーサー!だの、今日は遅いわね、だの。近所の住民はだいたい彼のことは知っていて評判も良かった。
アーサーはこのナイトクロウリーの街では名が通ったガンマンである。この街の前にいた場所でも、彼は頼れる男として知られていた。
前の街では散々な目にあって、思い出したくない過去もある。思い出したくないが、忘れられない過去でもある。
市長が同じ月に連合政府の各都市で、3人殺された時。新たな市長たちによる政策が、市民たちの生存まで脅かし始めた時。政府内で何かがおきていると、10数人の戦闘経験豊富なものたちが、アーサーを中心にして集まった。
1年前の出来事である。
この市長達はなんなのか。役所では何が起きているのか、いやこの街の役人だけでなく20以上の街を束ねるクロウラー都市連合政府は何をしているのか、それをまずは把握していこう、そう決まった。
そして調査を進めていくうちに脅迫が始まった。間違いなくこの怪しげな市長達と関係していて、アーサーたちのグループはそれが役所が中心となってやっていることなのか、他の勢力がすでに政府を半ば乗っ取っているのか、それとも内部にできた派閥の仕業なのか、判断がつかなかった。
さらなる調査に踏み切ったところでアーサーとその仲間が襲撃された。
アーサーは天涯孤独の身で家族がいなかったことと、このような襲撃を潜りぬけてきた経験がものをいい、生き延びた。ただ数名の仲間が死亡した。
そして「二度と市長を嗅ぎ回るな」というメッセージを受け取った時に、そのままアーサーは調査団を解散した。これ以上犠牲を出したくなかったからだ。
最初は、昔の伝手を頼り、脅迫者を見つけ出して殺してやろうか、そうも思ったが……
結局なにもしなかった。それ以降は何事もなかったので、ただ口を黙んで、生きていくだけだった。
しかし暴政は悪化の一途を辿った。特にサンクロウリーの街を筆頭にアーサーに縁の深い街や、親戚のいる街なども、どこも市民が普通に生活するには苦しい場所となっていった。それなりに上手くやっていた家庭も、格差は広がり、貧困に喘ぐことになった。
アーサーは他のものたちと共に出ていった。中には説得を聞かずに残ったものもいるが、その後の噂はよろしくないものだった。
ナイトクロウリーの街はまだ大丈夫そうだった。怪しげな市長交代も無かった。
しかし、つい最近になって化け物が街を襲う情報が入った。
群れが拡大しているのにも関わらず政府が動かなくない。これが決め手となった。中央が機能しなくなってきている。
これ以上、街を移動するのも、捨てるのも、アーサーが説得しても出ていかない者たちを置いて、ただ自分だけがのうのうと、マシな場所に移動するのもうんざりしていた。
人型エイリアンの群れが近くに根城を形成しているのに動かないというのは──
──文明崩壊後の世界では、無政府状態に近い判断だった。そもそもが人間が力を合わせていかなければ化け物にとって食われるだけなのだ、その基本的な絶対の職務すら政府が放棄した。
このナイトクローリーの街まで……もはや3つの市や、新市長だけの話ではなくなっていた。この連合そのものが機能していないのだ。市民たちは気づいていないと言うよりも、そうでないことを願っている段階だろう。物価に賃金の上昇も追いついていない。皆痩せ我慢している。人を食い物にするものだけが、恨みを買いながら生きている。
アーサーの願いは復讐と革命だ。彼の仲間を殺したものに復讐すること、脅迫者もだ。こいつも許さない。脅迫された時、彼はこいつらを許さないとすでに決めていた。
そして、今度は彼が支配者となって都市連合を動かす、理由は単純で、彼ならまともな国家にできるからだ。
仲間を殺した奴らに税を払い、そして奴らに取り入って、市民を食い物にして生きる気はなかった。
能力者であるアーサーが彼らに取り入るということは、圧政者側にたち市民に向けてその暴力を発揮することを期待されるからだ。
アーサーに選択肢は2つしかなかった、政府に取って代わるか、それともまた去るか、である。そして後者は、過去にもう十分に選択した。そろそろ前者を選ぶ番だった。
仲間たちに連絡を取った。計画は話していない、また組むつもりがあるのか、その意思をそれとなく確かめたかった。心の中に炎が眠らせているものが数人いた。
そして次は最高に頼りになる新たな仲間も欲しかった。
だからアーサーは「旦那」に目をつけた。この男は何か違う、およそ不可能だと思われることをやってのけそうな空気があるのだ。そしてアーサーがやる事にはその様な人間の力が必要だった。
窓辺から雨を見る店主に近づき、観察した。その予感は確信に変わった。エイリアンの話をきっかけに近づきたいと思っていたのだ。結局は、その思惑は見透かされて、その上、協力してやると言われたのだから、良かったのだが。
床屋に着くと、ハサミを持った褐色肌の女がいた。昔みた世話になったエチオピア人のルーツをもつ女性に雰囲気が似ていた。
まだ二十代半ばだろう、挑戦的な勝ち気な目をしてアーサーを見て笑った。獅子の子供のような荒々しさと愛らしさを感じさせる娘だった。
「今日、ここに凄腕のガンマンが来るって夢を見たんだ、その通りになっちゃった」
女が、意味深な表情で言った。
「……髪を切りに来ただけだ」
警戒するべきか、迷いつつアーサーが言った。
「──へぇ、予約の名は?」
女が聞くと──
「ええと……」
──わふわふ!
ついてきていたハービットが元気よく鳴いた。
「あはは、わふわふっ様だね。大丈夫、予約は取れてる、こっちの部屋にきて」
奥の部屋に通されると椅子と鏡が一台だけある個室だった。
「アーサー・B・Bだよね?私はファニー・ステファニー。あんたの昔の仲間から計画は聞いてる、あたしもあんたの同志になる。よろしくね」
*
枝葉の世界。
地球協会貴族の大物は、システムに警告されるほど豪勢な屋敷を持つことがトレンドになり始めていたが、その中でもこの屋敷は白々しいほどに目立つものだった。
床も壁も天井も、窓から入ってくる光さえもが、白一色だった。そして、白一色のスーツを着た男がカツカツと靴の音を響かせて歩いていた。
眉毛は太く、濃い。これまた太く艶のある黒髪に、濃すぎるヒゲが作り出す青ひげ。歳の頃は40代後半だろう。通称ホワイトマン、彼が屋敷の主人であった。
白い空間の最も白く無い場所、庭園近くの目に緑が入りこんでくる場所で、手すりに寄りかかり自分を待っている男に近づいていった。
「お待たせして、申し訳ありません。ええと……」
白スーツの男が困ったような顔で言うと。
「ああ、気にしないでくれたまえ、まだ名乗って無いのだから、知らなくて当然だよ。そうだな、ダウ・ダウンズでいい。気軽にダウと呼んでくれ。ダニエルでもいいけど、まぁ、なんだっていい」
男はたて続けに、そう言った。
「ええ、ではそうさせてもらいます」
白い男がいって会話は始まった。
ホワイトマンはオールバックにした黒髪を時折気にするように触りながら、今日話す予定だった大事な客人と、白い空間で談笑しようとするも、客は白い部屋があまり好みではなかったらしく、庭園前に場所を移すことになった。
庭園は日差しが強く肌が焼かれるようだったので、白づく目の男。ホワイトマンは、脳内にあるチップから屋敷周辺に張っている簡易オゾン層をいじってUVを8から1にまで下げた。これで温かいが、肌には優しくなる。
「ええ、ですから。もう散々ですよ。木星軍は反抗的で、戦争は立ち上がりは地球がしてやられましたが、もうすぐ巻き返し始めて、そこからはすぐに勝負はつくでしょうね。何せ歴史が違いますし、地球軍が戦争で負けたことなど未だかつて無いですから」
「地球軍の創立自体、歴史が浅いと思うけどね。それに君ね、今までの国家気取りの銀河犯罪グループの成敗と、本格的な対等な兵器をもった軍隊との戦争は違うでしょ」
「といっても皆そう予想していますよ」
白スーツの男、ホワイトマンが困ったように返す。
「地球側が勝つって?」
「はい、間違いありません」
「あのね、だから。そう思っているから、戦争しているのはわかるけど」
途端にダウンズと名のった男がハンカチをとりだして、焦ったように汗をふきながら言い返す。汗は別に出ておらず、誰かのモノマネをしているようだった。
「──えーと、……心配なさらないでください。力を持っていると勘違いして勝てない戦争に挑むようなことはないでしょう、戦争が始まったということは、つまり勝てるから、ということです」
ダウンズにつられたように、真っ白なハンカチを取り出してホワイトマンが、汗を拭きながら言った。




