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第三話 「ダニエル・カーネギーマンの憂鬱」

 


 夜も更けて。


ナイトクローリーの街の、誰もいつから営業していたか知らない店、シークレット・サンズ前に人通りは少なかった。

 酒場から出てきた二人の男が、全く同じタイミングで外套の袖に腕を通し、歩き出した。ダニエル・カーネギーマンとアーサー・ボイド・べくスターである。

 二人の膝ほどの体高のハービットが小さな足をちょこちょこと動かしては、遅れまいとリズミカルに足を動かしながらついていく。首輪にリードはついていない。機械的なデザインのゴーグルも今は主人の手によってほっかむりのようになっていた。


 アーサー・ボイド・ベクスターが口を開いた。


「旦那、今回の群れは随分らしい……」


 歩きながらアーサーは街の外に救う脅威の話を切り出した。


「そうか、エイリアンの群れ……、全て人型か?」


 ダニエルの表情に変化は少なく、アーサーからみればこのミステリアスな男の内心を伺い知るのは難しかった。

 人型エイリアンというのは人類文明が崩壊した世界において突如として出現した凶暴な魔物の一種である。人型や犬型、鳥型など多種多様な形で存在する脅威だった。共通点は目鼻が無く、アルミ色の肌である事。特に人型は強力で知られる。エイリアンとは呼んでいるが誰が言い出したのかも、誰も知らない。

 地球外生命体なのかも定かではないが、あの日から突如出現した化け物でこの特徴を持つものは、そう呼ばれている。


「ああ、ほとんどそうで間違いない。今この街で戦力として数えられるのは武装自警団のみで、クローリー政府軍は間に合わない」


 アーサーが話を進める。


「化け物たちの場所は?」


「……ゲロ吹きのインペリオの伝説がある森近くに」


「……ゲロ吹きってなんだよ、やれやれ」


 意図的に嫌そうな顔を作ってダニエル・カーネギーマンは言葉を返す。


 勿論、ゲロ吹きのインペリオといえば、ここらでは知らぬものはいない伝説のキマイラ系人型エイリアンの怪物であるのだが、ダニエルは知らないフリをした、その方がセリフと感情にマッチしていると思ったからだ。


「旦那、インペリオっていうのは……」


「──アーサー。お前、俺の力を貸して欲しいようだな?俺の何を知っている?何を期待している?」


 実は知っている、というのも憚られるような気がしたダニエルは、アーサーがインペリオの説明をし始める前に話題を変え、アーサーを射抜くような瞳で質問した。


「ああ、俺と戦ってほしい。もしくは旦那ができることで協力してほしい。只者じゃないのは分かってるんだ。戦闘力など知らないが、能力者なのも間違いないだろ?」


 わふわふ!(ボスぅ!この男は革命を起こしたいんですよ!手伝ってやれば秒で億万長者ですよ!)


 ダニエル・カーネギーマンはハービットをちら、と横目で見て何やら考え込んでいたが、そのまま歩き出した。


「とりあえず、男前のアーサー? ついてこい……」


 歩き出す時にだけ、ダニエルがそう言った。


 *


 アーサー・ボイド・ベクスターがダニエルと歩いていると、深夜の街をゆく通行人たちが、二人を見ながら向かいからやってきた。こんな夜更けに、突然数人の市民が現れたことにアーサーは妙な居心地の悪さを覚えた。

 ダニエルの愛犬が小さく高い声でクゥンと鳴くと、ダニエルも通行人を見て──目にも止まらぬ速さで腰の拳銃を抜き、早撃ちで市民の頭を吹き飛ばした。


 身の毛もよだつような、アーサーですら戦慄せずにはいられないほどの早技だった。アーサは芯から背筋が凍るような感覚になったが、そんなことを思っている暇はなかった。

 通行人が三人飛びかかってきていたからだ。口が裂け、禍々しい不揃いな牙が見えた。裂けた皮膚の下にはアルミ色の肌があった。

 人型エイリアンが市民に擬態していた!


 エイリアンにそのような芸当ができることをアーサーは知らなかった。そんなものは見たこともなかったし、話の中でも聞いたことはなかった。

 人型エイリアンに人間に化けれる個体がいるだと! アーサーは、その事実に、これから先の対応の難易度がさらに高まったことを理解して顔を歪ませる。かかってきた人型エイリアンに3体に速射。三発の銃弾が音の上では一発に聞こえるほどの早撃ちだった。

 それは先ほどのダニエルの早撃ちほどではなくとも、見劣りしないほど見事なもので、一体は眉間に一発、残りはそれぞれの胸と口元に一発入った。一匹はそのまま沈み、崩れ落ち、もう2匹は銃弾を浴びても怯まなかった。


 戦闘自体はその後わずか1秒で終わった。たったそれだけの時間で、二人の男は4体の化け物を始末した。といってもアーサーが仕留めたのは一匹で、ダニエルが最初に早撃ちで仕留めたのも一匹。では残りは、というとハービットが頭を一瞬で肥大化させ、化け物機械犬になり、全て丸呑みにしてしまったのだった。


「ふむ、やるじゃないか。アーサー・ボイド?」


 ダニエル、いや旦那が、イギリス英語なまりになり、片眉をこれでもか、とつり上げてから言った。片側の唇も、不自然な程につり上がっている、さしものアーサーも癖の強い表情に動揺を覚えた。


「ま、慣れてるからな。こういうのは……」


 動揺を隠すように言葉を返す。しかし、その旦那の顔以上に驚愕したのは、旦那とその小さな愛犬がエイリアン以上の化け物だと眼の前で見せつけられたことだった。アーサーは悟られぬようにハットのつばをつまんで、深く被り直した。

 驚きはしたものの、旦那の力に期待していたアーサーにとっては、これだけの力を持った能力者だと判明しただけでも収穫だった。やはり俺の勘は冴えてる、俺の目に狂いは無い! 心の中で歓喜してもいた。


 そんなことを思いながら、アーサーが、旦那こと、ダニエル・カーネギーマンを見ると、今しがた撃ち殺した人型エイリアンに近づいて死体を調べるように屈んで触れているところだった。


「⋯⋯旦那、何か探しているのか?」


「調べているんだよ、アーサー」


 何を?


 アーサーがそう言うまでに十分な間があり、カーネギーマンはその前に答えた。


「──死が、どれほど酷いことになっているかを。だよ」


 アーサー・ボイド・ベクスターにはその言葉の意味がわからなかった。


 この謎だらけの男、只者ではないことだけは間違いない男、アーサーの勘によれば数百年生き、全てを知っているような空気を身にまとう男は、()という現象がまるで、悪化しているかのように言ったからだ。


「……旦那、仮にあんたが若返りの異能を持ってたり、実は世界がおかしくなる前から、長き時を生きてるヴァンパイアだとか、考えられないほどに博識だとか、そこまでは俺の理解の範疇だ。ギリギリだが。しかし、死が酷いっていうのはどうにも聞き慣れない表現だな」


「アーサー、お前はいい男だ。勘もいいし腕も立つ、それなりに冷酷非情だが頻繁にマシな選択をしようとして、実際に未来を良くしようとする。だからこそ、アドバイスをやろう。死が酷くなっているのは事実だ、そこまでは言える。そして、少なくともあと数年は死なないように生きろ」


 口の中で何か噛んでいるようにモゾモゾと唇を動かしながら、旦那はいった。


「あと数年でいいのか?ずっとじゃなくとも?」


 アーサーの方は率直に疑問を口にした。


「数年で状況が変わる可能性は、ほんの少しはあるのだよ。それに賭けておけ」


 これを聞いた時は、全く持って良くわからないことを言う男だ、とアーサーは思った。


「へぇ、俺は教養がないからか意味がわからん。ただ、旦那が言うなら肝に銘じておこう」


 そう肩をすくめながら言うしかなかった。エイリアンの死体を放置し、夜の街を歩いた。しばらく歩いて町外れの割と良いエリアまでくると、そこで旦那が足を止めた。

 雰囲気のある立派な屋敷の前だった。1000坪以上は優にあるだろう。旦那が大きな鉄門の手前に立ち、くるりとアーサーの方を向いた。


 すると、一人でに門が開いて、旦那が言った。


「さて、アーサー・ボイド・ベクスター。お前がクロウリー政府に反乱を起こしたいのは分かってる、手伝ってやろうじゃないか。ただし化け物退治はお前でやれ、そして革命に関しての話は私の屋敷で、だ」


 ──歓迎しよう、入りたまえ。


 *


 招き入れられ、屋敷の敷地に足を踏み入れていくアーサーを見てハービットが思念通話をダニエルと開始した。


(──ボス。この男は利用価値が高いと見積もります。なんたって、こいつの中に眠っている魂がオールドマンの生みの親なんですよね? 我々はオールドマンを探したいですし、良さそうですね! わふわふ!)


(オールドマンでも、トリッカリーでも、ベビーカーでも誰でもいいが。俺たちの希望や、探すほどに価値のあるものは希少だ。エリエンの星遺物や管理者クラスの存在の生き残りを探さねば、同胞は助け出すことは叶わないだろう。どんな方法を使ってでも、どうにかしなければいけない。アーサーの中のいる魂がだれかの検討はついた。こいつに干渉しにいく。僥倖といえばいいか、しかし死の状態、低次元生物の肉体を我らの檻とするような罠を、あの時奴らは仕掛けていったらしいからな)


(檻だったらぁ、人間を皆殺しちゃえば出せるんじゃないですか? わぁ、簡単でいいかも! あ、ちなみにどんな方法でもって、言ったのってそういうことですか? 当たってますぅ? 情報を求む、わふわふ!)


(全然違うっ! 死の状態がひどくなってるといったろうが!人間が死んだら中の魂、エリエンの同胞もやべーっていってんだよ! だからこんなに慎重にやっとるんだろうがっ、このすっとこどっこい!)


(え、ええー! じゃあ、やばいじゃないですか!)


 ハービットが事態が深刻なことに、ようやく気づいたように言った。


(──このおバカさんめ。いいか、まずは世界線を移動する。できる限り間接的に正規の世界線に干渉し、逆流させるように。でないと俺たちの同胞の思念体。エリエンの魂魄が、この人間たちに吸収されてしまうとか、純粋なエネルギーになって宇宙に霧散してしまう可能性が……)


(えー、そんなにめんどくさいことやるんだぁ⋯⋯。ちなみに魂が人間と混ざったら、どうなるんですか?)


 ハービットが首を傾げながら聞いた。


(そうだな……。俺もわからないが、宇宙が人間たちに味方するとかかな、そういうことが起きるやもしれん)


 ハービットが、(世界システムが人間をエリエン人だと認識して?)というと……。


「そういうことだよ、名探偵くん」


 と今度は声に出してダニエルが言った。

 横でアーサーがダニエルを見て、困ったように目を泳がせた。


(それだけは絶対に阻止しなくてはなりませんね、人間なんかに巨大な力を持たせたら世界を滅ぼすに決まってますよ! 私は人間製のゲームが好きなので、人間の本性を知っているのです! 我思うゆえにそうなりっ!わふわふ!)


 言いながら、ハービットがアーサーを睨みつけ、グルルル! と威嚇しだして、アーサーを困惑させた。


 ちなみにハービットは人間のゲームや物語が執拗なほどに世界が滅びそうになるか、滅んだ後のシナリオが採用されることでそれが人間の望むものだと勘違いしている。人間性のゲームで遊ぶ理由は知能レベルが丁度良いからである。ちなみに対象年令10歳ほどを好んで遊ぶ事が多い。

 それをさし引いてもダニエル・カーネギーマンから見て人間がエリエン人ほどの力を持ったなら、宇宙が最悪の結末を辿る未来以外なさそうに思えたので、ダニエルは憂鬱系感情パックの中から人間に対する不信感と未来への不安感を湧き立たせた。

 すると今回は、いかにも今の自分の置かれた状況とマッチしているようで、しっくりきてひどく落ち着いた気分になった。

 ちょうど屋敷の玄関前に二人と一匹がたった頃で、雨がポツポツと降り始めていて、ダニエルは、この雨降りの夜空とも気が合うように感じた。




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