24.
最終確認を終えた私達は、それぞれの役割を果たすために解散した。
アルノルド、セストは警護のため一足先に会場へ。
そして私達、開幕演出を担当するリベリオ殿下、エレナ、ランベルトは、時間になったら会場の扉前に集合することになっている。
集合時間までにまだ少し時間があった私は、風紀委員会の部屋に残り、窓を開けて中庭の様子をぼんやりと眺めていた。
中庭には、ドレスアップした生徒達が、友人やパートナーと共にそれぞれ思い思いに時を過ごしており、どの生徒も華やかな装いに似つかわしい表情を浮かべている。
楽しそうに笑みを浮かべるその表情は、私の目には眩しく映って……。
「……うらやましい」
つい漏らした本音は、誰の耳にも届くことなく風にさらわれていく……、はずだった。
「何が羨ましいの?」
「!?」
届かないはずの言葉を拾ったのは、他でもないリベリオ殿下で。
「ど、どうしてここに?」
「喉が渇いたから飲み物を取りに行ってきた。はい、これは君の分」
そう言って差し出されたのは、グラスに入った果実水だった。
「……これって会場でお出しする飲み物ではないの?」
「安心して。先生方から許可はいただいてあるから、後でグラスだけ返せば良いことになってる」
「そうなのね」
確かに喉が渇いていたわ、とお礼を言ってから受け取ると、リベリオ殿下がクスッと笑う。
「私何かおかしなことを言った?」
「いや、君なら真っ先に許可を取ったか気にするなと思っていたから、その通りだったなと思って」
「か、からかわないで」
「からかってないよ。君らしいなと思っただけ」
「……っ」
そう口にしたリベリオ殿下は、思わず息を呑んでしまうほど穏やかに笑っていて。それがどこか嬉しそうに見えるのは気のせいだと自分に言い聞かせ、誤魔化すように果実水を口にする。
「……! 美味しい……」
「だよね。実は僕も、会場で一口もらったら美味しくて二杯目をもらってきちゃった」
「その気持ち、分かるかも」
「うん。君も好きそうだなと思ったからこれにしたんだ」
「!」
驚く私をよそに、リベリオ殿下もまたグラスに口をつける。
その姿を見て、私は自身のグラスに視線を落として内心身悶える。
(な、なんなの……!? リベリオ殿下の表情といい、言葉といい、一つ一つがなぜだか甘くて、ありえない勘違いをしてしまいそうになる……)
気のせい、気のせいだわと自分に言い聞かせ、グラスに入った果実水を一気に呷る。
それを見たリベリオ殿下が笑って言った。
「そんなに喉が渇いてたんだね。良い飲みっぷりだ」
「……っ」
(こ、これはこれで恥ずかしい!!)
今度は別の意味で羞恥に駆られた私は、半ば早口で告げた。
「果実水、持ってきてくれてありがとう。美味しかったわ。グラスも返さなければいけないことだし、そろそろ会場に向かわないと」
「待って」
グラスを手に会場へ戻ろうとした私の腕を、リベリオ殿下に掴まれ引き止められる。
振り返った私と視線を合わせたリベリオ殿下は、ゆっくりと口を開いた。
「さっきの質問のことだけど。どうして、『羨ましい』って言ったの?」
「え……」
「君がそう呟いた時、僕の目には君が悲しそうに見えた。それは今だけの話じゃなく、最近の君の様子が以前とは違うと思ってる」
「!」
そう言ってリベリオ殿下は、何を思ったか私の頬に手を伸ばし……、目元をそっとなぞりながら言った。
「……今日も上手く化粧で隠しているけど、クマが出来ている。夜もろくに眠れていないほど、何か悩んでいることがあるの?」
「っ、あなたに関係ないわ!」
「!」
しまった、と思った時には遅かった。
グラスを持った手の方で彼の手を振り払ってしまった結果、私の手から滑り落ちたグラスが地面に落ち、派手な音を立てて割れてしまったのだ。
それを見た私は血の気が引き、慌てて謝る。
「ご、ごめんなさい! 怪我はない!?」
「大丈夫。君の方こそ、怪我をしていない?」
「わ、私は平気。だけどグラスが」
先ほどまで持っていたはずのグラスが、今では見る影もなく地面に破片や欠けた状態で散らばってしまっている。
慌てて片付けようと手を伸ばした私を、リベリオ殿下が制した。
「僕が片付けるよ。掃除用具もあることだし……、っ、ロザリア? 泣いているの?」
「……っ」
そう指摘され、涙がこぼれ落ちてしまう。
思い通りにならずに癇癪を起こし、結果迷惑ばかりかけてしまう不甲斐ない自分が情けなく思えて……。
「っ、ごめんなさい……」
「……涙を拭いて」
リベリオ殿下にハンカチを差し出され、その優しさを受け取れずにいると、彼自ら私の目元を拭ってくれる。
そうして、おどけたように笑って言った。
「そんなに泣いたら、せっかくの化粧が台無しになって風紀委員長としての威厳がなくなるよ」
「っ、それは、困る」
「だよね。それなら泣き止んで。直しに行かないと」
その声音から、顔を見なくても優しさが滲んでいることに気付き、止めようと思っても涙が止まる気配はなくて。
そんな私に、リベリオ殿下が柔らかく言葉を発した。
「僕の方こそ、ごめん。君を困らせた。
本当は、見守っていようと思った。だけど、それでは君を救えないと思った。
……君がそんな顔をする理由は、君にしか分からないことだから」
思いがけない言葉にゆっくりと顔をあげる。
再度視線を合わせたリベリオ殿下は……、微笑んでいるけれど、確かに寂しさのようなものを滲ませた表情を浮かべて言った。
「君の話を聞かせてほしい。
僕も、君に話したいことがあるから」
「……っ」
(駄目。やっぱり、勘違いしてしまいそうになる)
私に向けられている瞳が、声音が、表情が。
全て、優しすぎて。
(私には、許されないこと、なのに)
……信じて、身を委ねそうになってしまいそうになる―――
「……ごめん。やっぱり時間がないかも」
「え……」
リベリオ殿下は悪戯っぽく笑うと、私に手を差し伸べて言った。
「さあ、姫。お手をどうぞ。廊下を共に走りましょう」
「……! わ、私達は風紀委員よ!?」
「パーティーに盛大に遅刻するのとどちらがよろしいでしょう?」
それを言われてしまえばぐうの音も出ない。
でも廊下を走るのはやはり気が引けて。
戸惑う私の手を待てないとばかりに彼は取ると、扉を開け廊下に出たところで立ち止まり……。
「きゃっ!?」
突如訪れた浮遊感に瞬きをしている間に、リベリオ殿下の顔が至近距離で映り込む。
そんな私を見下ろし……、リベリオ殿下は、どこか楽しそうに笑って言葉を発した。
「しっかり掴まっててね。でないと落ちるよ」
「……!?」
そう言うや否や、私の背中と膝裏に回った腕に力が込められ……、次の瞬間、景色がものすごい速さで移り変わる。
(な、な……!)
こんなのは聞いていない! と口を開きかけたけれど、閉ざしてしまう。
だってこの行動もまた、廊下を走ることを躊躇した私への優しさだということに気が付いたから。
(……ドレスを着ているから余計に重いはずなのに)
それでも、下ろしてほしいと言えない自分は矛盾している、と思いながら、そっとリベリオ殿下の首に腕を回した。




