23.
準備期間は慌ただしく過ぎ、あっという間に夜会当日を迎えた。
「お姉様! いつも素敵ですが今日は一段と素敵ですっ!」
そう言って手を握りしめて目を輝かせるエレナの視線を受け、何とかお礼の言葉を紡ぐ。
「あ、ありがとう」
(まさか、こんなことになるなんて……、夢にも思わなかったわ)
いまだに信じられずにいる。
というのも、今着用している今宵の夜会のための衣装は、薄い翠を基調とした、肌触りの良い気品溢れるドレス。
その送り主は、ガレッティ家ではなくて……。
「さすがはリベリオ殿下! お姉様の好みを完全に把握していらっしゃるのに加え、さらには独占欲を感じさせるお色味で最高です!」
「……やはり貴女もそう思う?」
「はい!」
エレナが嬉々として頷いたのに反し、私は落ち着かない気持ちになる。
(そうよね、傍から見てもそう感じるわよね……)
私が今着用しているドレスや靴、装飾品も全てリベリオ殿下から三日前に突然贈られてきたもの。
実家であるガレッティ公爵家から持ってきたドレスを着用しようとしていた私は、大いに慌てた末、エレナに相談したのだ。
(それにしても……、エレナの言う通り、翠色というのはリベリオ殿下の瞳を想起させる色。そんな色のドレスをリベリオ殿下から贈られたということは……。い、いえ、勘違いしてはいけないわ。何もこのドレスがリベリオ殿下がお選びになっているとは限らないし、第一このような色だって知らないかもしれない……。ではその場合、リベリオ殿下にお見せした時に不快な気分にさせてしまうのでは)
「お姉様、大丈夫?」
「だ、大丈夫よ。それより、そろそろ時間よね、行きましょう」
「え、えぇ」
エレナは戸惑いつつも頷き、私と部屋を後にする。
私達が向かっている先は、会場ではなく風紀委員会が使っている教室で、まずは皆で役割の最終確認を行うために集まることにしたのだ。
「お姉様」
「何?」
集合場所に着き扉を開けようとした私を呼び止めたエレナは、柔らかく笑って言った。
「安心して。お姉様、本当にとっても素敵だから」
「!」
その言葉は、エレナなりに私の緊張を解そうとしてくれているのだと分かり、私も自然と笑みを溢し、言葉を返す。
「ありがとう。貴女もとっても素敵よ。今宵はお互いに良い時間を過ごしましょうね」
「はい!」
エレナの頼もしい返事を聞き、私も頷きを返すと、今度こそドアノブを回す。
そして、扉を開けた先にはすでに皆の姿があって……。
「!」
ガタンッという音と共に椅子から立ち上がり、私と真っ先に視線が合ったのは……。
「リベリオ殿下」
その名を呼べば、一気に鼓動が忙しなくなる。
(大丈夫、エレナに素敵だと言っていただけたのだから、自信を持って、胸を張らないと。それが淑女の嗜みだわ)
そう自分に言い聞かせながら部屋に入ると、リベリオ殿下の目の前に立ち、淑女の礼をしてから言葉を発した。
「お待たせいたしました、リベリオ殿下。とても素敵な贈り物をいただき、ありがとうございました。殿下もとても素敵な装いですわ。今宵のエスコート、よろしくお願いいたします」
パートナーへの挨拶は、この世界においてのマナーとされている。ゲーム内でも、私からリベリオ殿下に向けて挨拶していたけれど……。
(ゲームと違う点は、私が身につけているもの全てリベリオ殿下から贈られたものだということ。だから挨拶も言葉を変えたけれど……)
そんなことを考えてしまいながら、リベリオ殿下の返答を待っていると。
「……綺麗」
「え?」
呟かれた言葉に目を見開いた私に、彼もまたハッとしたように口元を押さえる。
それはまるで、思わず口にしてしまったというような表情で……。
固まってしまっている私をよそに、リベリオ殿下は自身の胸に手を当てると、お辞儀をしてから言葉を発した。
「お気に召していただけたようで何よりです、委員長……、いえ、ロザリア。凛と立つ貴女に相応しい装いを私自ら選び、それを身につけてくださる貴女をエスコートさせていただくことが出来るのは、至上の喜びであり光栄です。今宵のエスコート、精一杯努めさせていただきます」
「……!」
その言葉と共に私に向けられた彼の視線。
どれもが夢心地のように頭がふわふわして、理解が追いつかない。けれど、これだけは言える。
(……何もかも、ちがうわ。ゲームと……)
ゲームの世界と、今目の前にいるリベリオ殿下を比べるのは失礼だし、お門違いかもしれない。けれど……。
「はいはい、隙あらば二人きりの世界に入らないでくださーい」
「「!」」
そう言いながら私達の間に割って入ってきたのは、ランベルトだった。
ランベルトはヘラッとい笑いながら、私の格好を見て言った。
「ほー、これがリベリオが選んだ独占欲丸出しの装いですか。なるほど、確かにお似合いですし、センスも良いですねぇ」
「ジロジロと人の婚約者を見ないでくれます?」
「おお怖い怖い。相談相手になってあげたのはどこの誰でしたっけ?」
「相談相手……?」
ランベルトの言葉に首を傾げた私に、リベリオ殿下は彼の口を塞いでから、笑みを浮かべて言った。
「この男の戯言は聞かなくて結構です。それよりも委員長、時間もありませんし早く仕事に入りましょう」
「え、えぇ」
もっと二人の話を聞いていたいような、聞いてはいけないような。
そんな複雑な心境を振り払うように、委員長としてやるべきことを思い出し、頭を切り替えると、場の空気を引き締めるように最終確認を始めるのだった。




