第11話 Zero
その部屋は地下にあった。
古びた木造の椅子に、作業着のような服を着た男が腰を下ろしている。
壁の一角には、旧式の端末が埋め込まれていた。画面には、若い頃の男たちが映っている。
誰もがカメラに向かって笑っていた。今では、そこにいる者の半分も残っていない。
男は、その映像を眺めていた。
そばには、顔に入れ墨を入れた女が立っていた。手にはアルコールの入ったグラスを持っている。
「お酒は飲んだらだめだって。医療ロボットもサプリも使えないんだから」
女がたしなめた。
「分かってるよ。マリー」
「分かってるならやめな。酒はやめてたんだろ? アイツらに飲まされてたんだろ?」
「ああ。だが、飲ませてくる奴らももう減っちまったからな……しかもだ」
男はグラスを置いた。
「今回、あそこまで危険を冒して奪還したってのに。せっかく仲間たちで、人類統合機構からあのゼロイムを取り戻したんだ」
「リーダー。仕方ないよ。まだあの機体は奴らの手に渡ってないんだろ?」
「しかし、海の底に沈んでいった。あの少年も、恐らくあの場所で……」
男は画面から目を離さなかった。
そのとき、扉の向こうから声がした。
「失礼します!」
白い仮面をつけた男たちが部屋に入ってきた。
「どうした?」
後藤は酔いを振り払うように頭を振り、彼らに目を向けた。
「ボスが言っていた少年ですが、生存を確認できました。本日から学校にも出席しているようです」
「……そうか」
後藤の表情が緩んだ。
「そうか。報告、ご苦労様」
「しかし、もう一点あります」
「どうした」
部下の一人が言いよどんだ。
「少年は事件の翌日には自宅へ戻っていたとのことです。あの爆破現場から自力で生還したとは考えにくく……。別の可能性も調べる必要があるかと」
「もう一度、別の班で調べるか?」
もう一人の男が口を挟んだ。
「それを……本人だと、どうやって確認する?」
別の男が続けた。
部屋の空気がわずかに変わった。
二人の言葉が重なりかけたところで、後藤が口を開いた。
「それなら俺が確認してくる」
「しかし、危険では?」
「そうだよ。あたしが行こうか?」
マリーも口を挟んだ。
後藤は二人を制した。
「俺は一度、あの少年と直接会って話している。確認するなら俺が最適だ。それに、あいつもゼロイムも見ている。機体がどこへ行ったのか、何か知っているかもしれねぇ」
「ですが、もし人類統合機構の罠だったら……」
その言葉に、後藤は椅子を蹴り飛ばした。
大きな音が地下室に響いた。
「もしそうなら、余計に許せねぇ」
後藤は部下を睨んだ。
「俺が確かめる。それだけだ」
そして、吐き捨てるように言った。
「俺が人類統合機構をぶっ潰す」
****
夜。遥は自室で、神代さんから送られてきた情報を眺めていた。
そこには、短く「ゼロイム」とだけ表示されていた。
「これは一体、どういう意味なんだろう……」
自分の端末に意識を向け、検索を始める。
『ゼロイム』
検索結果は一件だけだった。
表示されたのは、似た語形を持つ言葉が、古い言語で「種子」を意味するという説明だった。
「種子……?」
何の暗号なのか、見当もつかない。
それでも、意識は画面の上で止まったままだった。
記憶の奥から、あの日の光景が浮かび上がる。
あの印。
確か、【・】や【//】のような形をしていた。
ほかにもいくつかの形があった気がする。機体のあちこちに刻まれ、赤く光っていた。
ただの装飾には見えなかった。
どう考えても、あの事件と無関係とは思えなかった。
遥は脳内チャットに切り替え、今度は検索する言葉を変えた。
「海辺。倉庫。事件」
『検索結果はありません』
何度試しても、何も出てこなかった。
あの日のことだけではない。あの場所について調べても、記録らしいものは何ひとつ見つからない。
リアルタイム画像を開いてみる。
そこには、事件が起きる前と変わらない景色が映っていた。
倉庫も、周囲の道路も、何事もなかったように整然としている。
爆発の痕跡どころか、立ち入りを制限した形跡さえない。
まるで、あの日だけを切り取って、最初からなかったことにしたみたいだった。
「もう一度、あのポンコツに会わないと、これ以上は分からないか」
遥は端末との接続を切り、ベッドに寝転んだ。
身体を受け止めたベッドが、体重に合わせて静かに沈み込む。
「後藤さんも、無事に逃げ切れたのかな」
あの人は、死にそうになりながらも小型戦闘機と戦っていた。
自分で決めろ。
行くにしても、逃げるにしてもな。自分で決めたなら、最後まで考えろ。ただし、他人のせいにするな。
なぜだろう。
一度しか会っていない。どんな人間なのかも、よく知らない。
それなのに、あの言葉だけが今も頭に残っていた。
「自分で決めろ……か」
遥は目を閉じた。
何も考えないようにした。
けれど、頭の中から何も消えてはくれなかった。
知らないことは、怖い。
そんな当たり前のことに、今さら気づいた。
これまで知らないことを、怖いと思ったことはなかった。
知らないままでいられたからだ。
けれど、一度知ってしまった。
この世界には、自分の知らない何かがある。
そして、それを知ろうとしても、何も見つけられない。
知らないことよりも、知らされないことのほうが怖いのかもしれない。
遥は目を閉じたまま、暗闇に浮かぶ「ゼロイム」の文字を思い出していた。




