第8話 女の尊厳は銀貨三枚
清髪粉、いよいよ販売開始です。
フェルは「高すぎませんか?」。
リョウは「売れる」。
果たして銀貨三枚の価値はあるのか。
値段は、銀貨三枚に決まった。
作業台に並んだ小瓶を見ながら、フェルは首を傾げていた。
「高すぎませんか? スライム・ステップは銅貨八枚ですよ」
「あれは毎日使うものだ。こっちは違う」
リョウは帳簿の余白に数字を並べた。小瓶ひとつの原価は銅貨四枚ほど。
「毎日使う安物じゃない。水が使えない時に、どうしても何とかしたいやつが買う商品だ。本当に困っているなら、銀貨三枚でも出す」
「……そんなにうまくいきますかね」
「試せば分かる」
商品名は揉めた末に『清髪粉』になった。リョウが出した『頭爽快丸』と『サラサラ一番』は、フェルによって即座に却下された。
売り出して二日目の朝、工房の扉が控えめに開いた。
入ってきたのは、泥のついた革鎧を着た若い女性冒険者だった。背中には大きな弓を背負っている。二週間ほどの討伐遠征から戻ったばかりらしく、顔には疲れが残り、伸びた茶色の髪は埃と汗で束になっていた。
「あの……騎士団のルイーナ様から聞いたんですけど」
店の中を落ち着かなそうに見回す。フェルが前に出た。
「いらっしゃいませ。清髪粉ですね」
「はい。水がなくても、髪のべたつきが取れるって……本当に効きますか?」
「頭皮に揉み込んで、櫛や布で払うだけです。試してみますか?」
フェルが小瓶を開け、粉を手のひらに取って見せた。女冒険者は少し迷ったあと、作業台の横にあった手鏡をのぞき込み、すぐに目をそらした。
「……共同浴場、混んでてお湯が足りないんです。男の人たちは平気で水浴びしてますけど、私たちはそうもいかないし。ここ数日、鏡を見るのも嫌で」
リョウは何も言わず、布と目の細かい木櫛を台の上へ置いた。
フェルが手本を見せるように、女冒険者の頭頂部へ粉を少量馴染ませ、指先で揉み込んでいく。少し置いてから清潔な布で叩き、木櫛を通した。
引っかかりなく、木櫛が毛先まで通った。埃と汗で固まっていた前髪がほどけ、爽やかな草の匂いがかすかに広がる。
「あ……」
女冒険者が恐る恐る自分の前髪に触れた。指先がすっと抜ける。彼女はもう一度手鏡を手に取り、じっと自分の顔を見た。
「すごい……べたつかない。頭が軽いです」
「銀貨三枚になります」
リョウが声をかけると、女冒険者は一瞬動きを止めた。
「三枚……」
手鏡をもう一度見てから、腰の革袋を開く。
「ください」
銀貨を三枚、机へ置いた。
「ありがとうございます! 仲間にも教えますね」
小瓶を革袋へしまい、女冒険者は店を出ていった。
昼過ぎには、女性冒険者や騎士団の隊員が続けてやってきた。兜の蒸れを理由にする者もいれば、「仲間に頼まれた」と二本買う者もいる。
夕方には、用意していた二十本がなくなった。
工房の引き戸を閉め、作業台の上を片付けながら、フェルが帳簿をのぞき込んできた。
「銀貨六十枚……本当に全部売れましたね」
「言っただろ。銀貨三枚は高くない」
「さっきの子、嬉しそうでしたね」
「銀貨三枚払ってくれたからな」
「そこですか?」
「商売だからな」
リョウは帳簿の端に『宣伝費』と書きかけ、少し考えてから横線で消した。代わりに『必要経費』とだけ書き直す。
フェルがそれを見て、小さく笑った。
「帳簿まで言い訳するんですね」
「正確につけてるだけだ」
リョウは空になった木箱を引き寄せ、明日用の白粘土を計量し始めた。
二十本、完売。
フェル「さっきの子、嬉しそうでしたね」
リョウ「銀貨三枚払ってくれたからな」
……帳簿にまで言い訳する男です。
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