第7話 女騎士は臭くない
お読みいただき、誠にありがとうございます!
今回の第7話は「女騎士は臭くない」。
真夏の炎天下、密閉された鉄兜と革鎧に身を包んで任務に励む女騎士・ルイーナ。
過酷な任務ゆえに生じる「頭皮のべたつきや臭い」という、女性として最も触れられたくないデリケートな悩み。
それを暴いて恥をかかせるのではなく、彼女の誇りを守ったまま救うために――元実業家・リョウの前世の知識とフェルの錬金術が再び動き出します!
どうぞお楽しみください!
作業台の上に、細かく挽かれた白い粉が山を作っていた。
指先でつまむと、小麦粉よりもきめが細かく、かすかに爽やかな草の匂いがした。
リョウは少量を手のひらに広げ、作業着の袖に染みた油へ擦り込んでみる。少し揉んでから布で叩き落とすと、油浮きが消えてさらりとした感触だけが残った。
「吸着力は悪くないな」
「白粘土の粉末を細かくして、油を吸うように火で煎ってあります。それに清涼草の乾燥粉を少し混ぜました」
乳鉢を洗っていたフェルが振り返る。
「でも、本当にこれを頭にかけるんですか? 髪が真っ白になりませんか」
「しっかり馴染ませてから櫛や布で払い落とせば、粉と一緒に皮脂と臭いが落ちる。水で洗い流せない時の代用品だ」
リョウは小瓶に粉を詰め、木栓を押し込んだ。
「問題は、どうやって試してもらうかだ」
「ギルドの前に並べますか? 『水なしで髪が洗える粉』って」
「絶対に売れない。『髪が臭う人向け』なんて売り方したら、必要なやつほど買わない」
フェルがぽかんとした。リョウは小瓶を二つ革袋へ入れ、立ち上がった。
午後、冒険者ギルドの依頼板の前は、討伐を終えて戻ってきた連中で混み合っていた。
掲示板の端に、銀色の胸当てを着けた女騎士が立っている。背中に長剣を背負い、姿勢はまっすぐ伸びていたが、外した鉄兜を小脇に抱えたまま、時折そっと息をついていた。
汗で額に張り付いた金色の前髪を、誰も見ていない隙に指先でそっと払う。近づいてきた仲間の戦士が大声で声をかけると、彼女は反射的に半歩距離を取った。
「お疲れ様です」
リョウは正面から近づき、営業用の声で短く頭を下げた。
女騎士の視線が鋭くこちらを射抜く。近くで見ると、思っていた以上に整った顔立ちをしていた。リョウは一瞬だけ息をのみ、すぐに小瓶へ視線を落とした。仕事だ。客だ。そこまでなら問題ない。
「何だ、貴様は。商人か?」
「はい。近所で錬金素材と日用品を扱っています。少しだけお時間をいただけますか」
女騎士は警戒を解かず、距離を保ったまま顎を引いた。
「買い物の用はない。装備の手入れなら自分でやる」
「手入れ具ではありません。水を使わずに頭皮を清潔に保てる粉末です。遠征中や野営続きで入浴できない時でも、兜の蒸れや前髪のべたつきを抑えられます」
リョウは革袋から木栓のついた小瓶を取り出し、手のひらに乗せて見せた。女騎士の視線が小瓶に止まる。
「……水を使わずに?」
「頭皮に揉み込んで、布か櫛で払い落とすだけです。皮脂を吸って、べたつきを抑えます」
女騎士はリョウの顔を見た。それから小瓶を見る。兜を持つ指の力が少し緩んだ。
「……髪の手入れなど、戦士として気にするものではない」
「気にするのではなく、不快なものを取り除くだけです。試供品ですので、代金はいただきません。もし意味がなければ捨ててください」
少しの沈黙の後、女騎士は手甲を外した素手で小瓶を受け取った。
「……借りを作ったままにする気はない。使ってみた結果は伝えに行く。店はどこだ」
「裏通りのフェル錬金工房です。お名前を伺っても?」
「ルイーナだ」
そう言って、彼女は小瓶を腰のポーチへしまうと、背筋を伸ばして受付へ歩いていった。
翌日の昼前、工房の扉が勢いよく開いた。
入ってきたルイーナは、昨日と同じ銀の胸当て姿だったが、兜を被っていなかった。昨日額に張り付いていた前髪は、今日は落ちてこなかった。
「リョウという商人、いるか」
「いらっしゃいませ」
リョウが立ち上がると、フェルも奥から顔を出した。ルイーナは作業台の前まで進み、腕を組んだ。
「報告に来た。昨日の粉だが、兜を脱いだ時の不快感が明らかに減っていた。前髪の張り付きもなく、途中で気が散ることがなかった」
「それは良かったです」
「つまり、戦闘効率が上がったということだ」
フェルが小さく息を吸った。リョウは頷いた。
「そうですね」
「断じて、髪がさらさらになったから気に入ったわけではない」
「そこは聞いてませんけど」
ルイーナが一瞬言葉に詰まる。リョウは表情を変えなかった。
「いくらだ」
「まだ値段を決めていません。試作段階なので」
「では決まった時に知らせろ。騎士団の連中にも使わせたい。長期遠征の前に揃えておく必要がある」
ルイーナは腰のポーチをぽんと叩き、背を向けて扉へ向かった。取っ手に手をかけたところで立ち止まり、振り返らずに小さくつぶやいた。
「……ありがとう」
扉が閉まり、軽やかな足音が通りへ消えていった。
しばらく扉を見てから、フェルが言った。
「気に入ってましたね」
「ああ。需要はありそうだ」
「……粉の話ですか?」
「他に何がある?」
フェルは何も言わなかった。リョウは帳簿を引き寄せ、試供品の材料費を書き込んだ後、空白の欄に「頭皮用の粉」とひとまず書いた。
リョウはその横に、原価の数字をもう一度書き直した。
第7話をお読みいただき、ありがとうございました!
水が貴重な遠征先でも髪を清潔に保つ新商品――「清髪粉」の構想が立ち上がりました。
しかし、ただ良いものを作るだけでは、誇り高い女騎士は受け取ってくれません。
彼女のプライドを傷つけず、どうやって対価を支払わせるのか?
次回【第8話】のタイトルは――「女の尊厳は銀貨三枚」。
元実業家の「相手の尊厳を守るマーケティング」の手腕を、ぜひお楽しみに!
「リョウの気遣いがスマート!」「ルイーナが可愛い!」と感じていただけましたら、
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