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第6話 臭いは市場である

お読みいただき、誠にありがとうございます!


今回から【第2章:口にできない困りごとを「見る」】を開幕いたします!


第6話は「臭いは市場である」。

男たちの汗と熱気が充満する騎士団の訓練場で、リョウが見つけ出した新たな「巨大な困りごと」とは――?

そして、二人目のヒロインとなる生真面目な近衛女騎士・ルイーナがついに登場します!

どうぞお楽しみください!

机の上に並べた銅貨を、指先で三枚ずつ弾いて山を作る。


一泊銅貨六枚。安宿の硬いベッドと隙間風の入る窓枠に払う金としては妥当でも、毎月の固定費として計算すると削る余地があった。


何より、宿からフェルの店まで歩く往復が惜しい。移動時間は利益を生まない。リョウは銅貨を革袋へ戻し、紐を引いた。


翌朝、店へ着くなり、作業台で薬草を仕分けていたフェルの前に帳簿を置いた。


「二階の空き部屋、貸してくれないか」


フェルの手が止まり、持っていた乾燥薬草が籠へ落ちた。


「……はい?」

「家賃は月銀貨十枚払う。宿より安く済むし、そっちにとっても毎月決まった現金収入になる。悪くない取引だと思うが」


フェルは薬草を見た。それから帳簿を見る。最後に、リョウの顔をじっと見た。


「リョウさん」

「何だ?」

「私を何だと思ってるんですか」

「共同経営者」

「違う意味に聞こえます」

「店まで徒歩ゼロ秒。朝の仕込みを前倒しできる。固定費の削減と移動時間の短縮だ。他に何の理由がある?」


真顔で数字の並んだ紙を指すと、フェルは深く息を吐いた。


「本当にそれだけなんですね」

「それ以外に何があるんだ」

「いえ。あまりにも商人すぎて呆れただけです」


フェルは引き出しから古い真鍮の鍵を一本出し、机へ置いた。


「元は父の書斎兼物置でした。掃除は自分でしてください。それと、階段を上がって右側が私の部屋です。絶対にノックなしで入らないでください」

「もちろん。仕事以外の用はない」


鍵を取り、指先で確かめた。


引っ越しは一瞬で終わった。荷物は替えのシャツ二枚と帳簿と筆記具だけで、手提げ袋一つに収まった。


だが、翌朝の階段でフェルと鉢合わせた瞬間、リョウの足は止まった。まだ髪を結んでおらず、いつもの仕事用の上着も羽織っていないフェルが、小さな桶を抱えて立ち止まっている。


目が合うと、フェルの耳がかすかに赤くなり、視線を横へそらした。


「あ……おはようございます」

「……おはよう、リョウさん」

「あの、洗面台、どうぞ。もう使いましたので」

「どうして急に丁寧語なんですか」

「いえ、別に」

「部屋を貸したの、少し後悔しそうです」

「契約は成立した」


リョウは視線を壁の木目に固定したまま階段を下りた。


午後になり、スライム・ステップの追加納品を兼ねて冒険者ギルドへ向かった。


樫の重い扉を開けると、汗と革と安酒の臭いが鼻についた。討伐帰りが多いらしく、泥と焚き火の煤まで混ざっている。受付で隣町への卸分の書類を済ませ、掲示板近くの酒場席で薄い麦茶を頼んで人の流れを眺める。


入口から、討伐を終えたらしいパーティーが入ってきた。全身泥だらけの男三人と、その後ろに続く若い女性剣士。男たちは大声で笑いながらテーブルへ荷物を放り出し、エールを注文している。


だが、女性剣士は席に着こうとしなかった。革鎧の胸当てを着けたまま、フードを目深に被り直している。仲間の一人が笑って肩を叩こうとすると、わずかに身を引いて避けた。


「私、先に報酬の確認してくる」


硬い声でそう言い、受付へ向かう途中、誰も見ていない隙にそっと手首で前髪を持ち上げた。指先を鼻へ近づけ、かすかに顔を歪める。それから、肩をすぼめるようにして足早に去っていった。


リョウは麦茶のカップを持ったまま、女剣士の後ろ姿を見送った。さっきから気にしているのは髪だった。泥だらけの男たちは平気で笑っているのに、彼女だけは前髪を触って、仲間から距離まで取った。


野営なら水は飲む方が先だろう。髪まで回らない。


「……あるな」


カップを机に置いた。


店へ戻ると、フェルが作業台で乳鉢を回していた。


「おかえりなさい。ギルドはどうでした?」

「フェル。水を使わずに髪を洗う方法ってあるか?」


乳棒を動かす手が止まった。フェルが不思議そうにこちらを見る。


「水を使わずに洗う? 矛盾してます。洗うというのは水で流すことです」

「水がなくても、脂と臭いだけ吸わせて後で払い落とせないか。粉なら油を吸うものがあるだろ。そこから先は分からないが」


フェルは乳棒を置き、少し考え込むように視線を天井へ向けた。


「……脂を吸わせるだけなら、吸着性の高い白粘土の粉末が使えます。それに消臭効果のある乾燥葉を細かく砕いて混ぜれば、臭いも抑えられるかもしれません」

「いけそうだな」

「作れますけど」


フェルがじっと見てきた。


「リョウさん、また変なもの作ろうとしてますね」

「変じゃない。市場がある」

「靴の次は頭ですか」

「困ってるなら場所は関係ないだろ」


フェルは小さく息を吐き、棚から乾燥葉の詰まった瓶を取り出した。リョウは作業台の端から計量用の匙を取る。


乳鉢の中に、白い粉が静かに落ちた。


第6話をお読みいただき、ありがとうございました。

厳しい訓練に励む女騎士・ルイーナと、彼女が抱える「誰にも言えない悩み」の発見でした。


次回【第7話】のタイトルは――「女騎士は臭くない」。

騎士としての誇りと、女性としての尊厳。

デリケートすぎるこの問題に、元実業家・リョウはどう向き合い、どんな商品を仕掛けるのか!?


次回更新は、明日【19:00】を予定しております!


「ルイーナとの掛け合いが楽しみ!」「目の付け所が面白い!」と思っていただけましたら、

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