第5話 男の器は測れない
お読みいただき、誠にありがとうございます!
今回の第5話は「男の器は測れない」。
いよいよ【第1章】のクライマックスとなります!
スライム・ステップの初回納品、そして最初の利益確定。
リョウの本来の目的である「研究資金」の第一歩と、男としての真の器(?)の行方をどうぞお楽しみください!
隣町での販売は、思ったよりうまくいった。
最初の十組は二日で売れた。次に二十組。その次は三十組。
傷の男たちは律儀に代金を運んできて、ついでに向こうでよく聞かれた靴の大きさや、売れやすい時間帯まで話すようになった。最初に店へ押しかけてきた時とは、ずいぶんな違いだった。
「次は四十欲しい」
「一気に増やしすぎじゃないですか?」
「向こうで待ってるやつがいるんだよ」
「売れ残りは?」
「ねえ」
「じゃあ四十。ただし前払いは半分」
「分かってるよ」
傷の男は銅貨の詰まった袋を机に置いた。
「あとよ」
「何です?」
「もう少しでかいの作れねえか?」
「え?」
「俺のだよ」
男が片足を上げた。確かに大きかった。
「最初に言ってください」
「入ったから使ってた」
「無理して?」
「ちょっとかかとが出てる」
「それ入ってないです」
フェルが横で吹き出すのをこらえていた。
男たちが帰ると、リョウは注文数を帳簿へ書き足した。四十。今の作り方なら二、三日で揃う。
机の引き出しを開けると、銅貨の袋がずっしりと重かった。宿代を払ったあとの残りを数える必要も、もうない。
「借金、いくら残ってる?」
向かいで材料を量っていたフェルの手が止まった。秤の上で、青い粉がわずかにこぼれる。
「急ですね」
「前から気になってた」
「最初から聞いてましたよね」
「教えてくれなかっただろ」
「聞き方が失礼だったので」
「今は?」
「少しだけましです」
フェルはしばらく迷ってから、店の奥へ行った。戻ってきた時には、何枚かの紙を抱えている。赤い印のついた借用書だった。
「これで全部です」
「……多いな」
「だから見せたくなかったんです」
リョウは一枚ずつ確認した。薬草の仕入れ。炉の修理代。税の不足分。錬金器具の買い替え。客がつかない間も店を開け続け、その穴を借金で埋めてきたらしい。
「一番古いのは?」
「これです」
フェルが一枚を抜いた。金額は銀貨三枚と銅貨数枚。大きくはない。他にもっと高いものがある。
「これから返す?」
「……はい」
返済先は、二つ先の通りにある薬草商だった。店を閉める前に二人で向かい、袋に入れた銀貨と銅貨を渡す。
乾燥した草と土の匂いが立ち込める薄暗い店内で、老人は硬貨を指先で何度も数え直し、自分の分厚い帳簿へ返済の印をつけた。それから、フェルの借用書にも同じ赤い印を押す。
「これで終わりだ」
「本当に?」
「ああ。次からは普通に仕入れに来い」
「……はい」
店へ戻る道中、フェルは借用書を両手で持ったまま歩いていた。折りもしない。ポケットにもしまわない。ただ、ときどき紙の端を見ている。
「そんなに嬉しい?」
「嬉しいですよ」
返事が早かった。
「これ、一番最初に借りたお金なんです」
「そうなのか」
「父が亡くなった後、店を続けるために」
リョウは少しだけ歩く速度を落とした。夕方の通りを荷車がきしんだ音を立てて通り過ぎていく。フェルは借用書を見たまま続けた。
「父も錬金術師でした。あの店も、元は父の店です」
「聞いてなかったな」
「言ってませんから」
それはそうだ。
「亡くなった後、私が継ぎました。錬金術ならできると思ってたんです。父にも、腕だけは褒められてたので」
フェルが自嘲するように息を漏らした。
「でも、全然駄目でした」
「商売が?」
「……そういうところですよ」
理不尽だと思ったが、口には出さなかった。
店へ戻ると、フェルは炉に火を入れた。薪が爆ぜ、赤黒い光が工房の壁を照らす。フェルは借用書を持ったまま、炉の前に立った。
「燃やすの?」
「取っておいた方がいいですか?」
「向こうの帳簿にも返済記録は残ってる。こっちにも書いておくから、好きにすれば」
「じゃあ」
紙の端を火へ近づける。すぐに端から黒く縮み、炎が広がって赤い印を歪ませていく。フェルは燃え尽きるまで動かなかった。
「ずっと、私には才能がないんだと思ってました」
灰が炉の底へ落ちる。
「店を継いでから、全然売れなくて。値段を下げたら材料が悪くなるし、材料を良くしたらもっと高くなるし。作れば作るほど苦しくなって」
「才能はあるだろ」
フェルがこちらを振り向いた。リョウは炉の灰を見たまま続けた。
「商才がないだけだ」
「ひどい」
「錬金術の腕は本物だ。俺には作れない」
「……でも、売れませんでした」
「それは別の能力だろ。俺にはスライムを腐らなくする薬も作れないし、固め方も分からない」
「それは、まあ」
「逆に、フェルは値段の付け方が下手だ」
「まだ言います?」
「事実だからな」
フェルがじっと見てくる。少しして、諦めたように息を吐いた。
「じゃあ、ちょうどいいんですかね」
「何が?」
「リョウさんは売るのが得意で、私は作るのが得意で」
「そうだな」
リョウは机の端に置かれた帳簿を引き寄せた。
「俺にできないことができるやつは、俺にとって価値がある」
フェルはしばらく黙っていた。炉の薪が小さく爆ぜる。
「……リョウさんって」
「ん?」
「思ってたより、大きい人なんですね」
肩が跳ねた。
「ど、どこを見て言ったんです?」
声まで少し上ずった。フェルが目を丸くする。
「器です」
「…………器か」
フェルの口元が震え始めた。
「今、何だと思ったんです?」
「何も」
「急に丁寧になりましたよね」
「なってない」
「なってました」
「気のせいだ」
フェルがとうとう吹き出した。リョウは帳簿の端を指で押さえながら、遅れて息を漏らした。
その日の夜、フェルは返済済みの借用書が一枚減った束を棚へ戻し、リョウは売上の一部を革の小袋へ分けた。研究資金。少しずつ重くなっている。袋を持ち上げ、手のひらで確かめた。
「順調だな」
「何がです?」
後ろから聞かれた。リョウは袋を素早く服の内側へ押し込んだ。
「設備投資」
「何の?」
「まだ秘密」
フェルが目を細めた。リョウは知らないふりをして帳簿を閉じた。
棚の借用書は、朝より一枚少なくなっていた。
第5話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
これにて【第1章:困っている人を「見つける」】が完結となります!
路地裏の落ちぶれ工房から始まった商売が、前世の知恵と観察眼で最初の実を結びました。
次回【第6話】からは、いよいよ【第2章】へと突入いたします!
次なる舞台でリョウが目をつけたのは――「騎士団の強烈な臭い」!?
そして、二人目のヒロインとなる生真面目な近衛女騎士・ルイーナが登場します!
次回更新は、明日【19:00】を予定しております!
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引き続き、リョウとフェルの商売繁盛記をよろしくお願いいたします。




