第4話 震える足と、ハッタリの流通契約
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今回の第4話は「震える足と、ハッタリの流通契約」。
どれほど優れた商品を作っても、届けるルートがなければ商売は成立しません。
元実業家・リョウが仕掛ける、前世の営業心理とハッタリを駆使した息詰まる商談バトルをどうぞお楽しみください。
スライム・ステップが売れ始めてから、店の朝は少し忙しくなった。
フェルは開店前から追加分を棚へ並べ、リョウは前日の売上と在庫を帳簿に書き込む。最初は十組作るだけでも時間がかかったが、配合と加工手順を整理したことで、今では一日に二十組ほど作れるようになっていた。
「昨日、十八組です」
「残りは?」
「七組。今日の分を足して二十七ですね」
「夕方まで持たないかもな」
「嬉しそうですね」
「売れて困る商人はいないだろ」
リョウは帳簿へ数字を書き足した。宿代を払ったあとにも金が残るようになった。研究費の袋も、少しずつ重くなっている。何の研究かは、フェルには絶対に言えない。
「そういえば、昨日また配達員の方が来ましたよ」
「何かあった?」
「職場で五人使い始めたそうです」
「いいな」
「あと、商品名はやっぱり不評だそうです」
「そこはどうでもいい」
フェルが何か言い返そうとしたところで、店の扉が開いた。
客ではなかった。三人。全員、冒険者らしい。革鎧の上からでも分かるくらい体が大きく、腰には剣。先頭の男は頬に古い傷があり、店へ入るなり商品棚をじろりと見た。フェルの手が止まった。
「いらっしゃいませ」
いつもの声より少し硬い。男は返事をせず、棚からスライム・ステップを一組取った。
「これ作ってんの、お前らか?」
「そうですけど」
フェルが答える。リョウは席を立った。嫌な種類の客だ。前世にも、怒鳴れば条件が通ると思っている相手はいた。ただし、そいつらは剣を持っていなかった。そこが大きい。
「何か問題がありましたか?」
声だけは普通に出た。傷の男がリョウを見る。
「最近、景気いいらしいな」
「おかげさまで」
「だったら話は早え」
商品を棚へ戻した。
「この辺で商売するなら、場所代がいる」
「場所代?」
「知らねえのか?」
「初耳ですね」
知っているわけがない。隣を見ると、フェルも眉をひそめていた。後ろの一人が笑った。
「新顔だから分かんねえんだよ。教えてやるって言ってんだ」
「なるほど。ちなみに、いくらです?」
「売上の三割」
高い。反射的にそう思ったあと、自分でも少し嫌になった。問題は率ではない。
「それと」
傷の男が続けた。
「そのスライムのやつ。作り方も置いてけ」
「……製法まで?」
「簡単なんだろ? スライムなんざそこらにいる」
フェルの顔色が変わった。
「それは駄目です」
即答だった。男がフェルを見る。
「誰が決めるって?」
「私が作ったものです」
「だったらお前から聞けばいいな」
一歩、近づいた。フェルがわずかに後ろへ下がる。
リョウの腹の奥が冷たくなった。剣は三本、こちらは武器なし。戦えば負ける。ものすごく分かりやすい計算だった。
「製法を置いて消えるか」
傷の男が笑う。
「それとも、ちょっと痛い目見るか?」
逃げたい。普通に逃げたい。前世なら警備か警察を呼べた。ここでは、今すぐ呼べる相手はいない。
リョウは机の陰で、自分の膝がわずかに震えているのに気づいた。男の後ろにある扉を見る。距離は五歩ほど。先に走っても追いつかれる。
その横に三人の足が見えた。汚れた革靴。先頭の男はかかとが潰れている。後ろの一人はつま先の革が裂け、もう一人は左右で歩き方が違う。三人とも、かなり使い込んでいた。
リョウの頭の中で、別の計算が始まった。
「……あんたたち」
傷の男の眉が動く。
「あ?」
「その靴で毎日歩くの、辛くないですか?」
沈黙した。フェルまで黙った。
「何の話だ?」
「足です。豆もできてるでしょう」
「……だから何だよ」
当たりだ。リョウは机の端を握ったまま続けた。
「製法を持っていくのは、あまり勧めません」
「喧嘩売ってんのか?」
「逆です。もっと儲かる話をしてます」
「製法を奪ったら、自分たちで作るんですよね」
「だったら?」
「錬金術、できます?」
男は答えなかった。
「防腐処理や、固着剤の配合も知らないでしょう」
「……作れる奴を雇えばいいだろ」
「その分、金がかかる。失敗もする。それでこの街で売れば、今度は俺たちと客の取り合いです」
傷の男が少しだけ目を細めた。
「でも、俺たちから仕入れて別の街で売るなら話は違う」
「別の街?」
「隣町には行きます?」
「そりゃ依頼で行くことはあるが」
後ろの男が口を挟んだ。
「兄貴、三日後に西の町へ行くだろ」
「黙ってろ」
傷の男が後ろをにらみつける。リョウはそこだけ拾った。
「なら、ちょうどいい。持っていって売ればいい」
「俺らに売り子やれってのか?」
「売り子じゃない。仕入れて、自分たちで売るんです。いくらで売るかもそっちで決めればいい」
フェルがリョウを見る。説明は後だ。
「こっちで作る。一組、卸値で渡す。あんたたちは隣町で売る。売値との差額はそっちの利益」
「……なんで俺たちにそんなことさせんだ」
リョウは棚の商品を一つ取った。
「俺たちは作るのに忙しい。隣町まで売りに行く人間がいない。でも、あんたたちは行く」
五枚で利益が出るか。そこだけ頭の端で計算した。隣町の話は、今思いついた。
「製法を奪えば、自分で作り続けないと金にならない。でも仕入れなら、売れる間は運ぶだけでいい」
傷の男が黙った。後ろの二人が顔を見合わせる。
「最初は十組でどうです?」
「十?」
「売れたら次は二十。売れなければやめればいい。あんたたちの損も小さい」
膝はまだ震えていた。傷の男は剣の柄から手を離し、今度は値段を聞いてきた。
「……いくらで寄越す」
来た。
「一組、銅貨五枚」
「店じゃ八枚だろ」
「三枚残る。十組なら三十枚。運ぶだけで」
「五枚は高え」
「じゃあ六枚で」
「上がってんじゃねえか!」
後ろの男が吹き出した。リョウも少し笑った。
「値切るなら下げようと思いましたけど、その言い方だと五枚で納得してたみたいなので」
「てめえ……」
傷の男が目を細める。一瞬だけまずかったかと思ったが、男は口元を歪めた。
「四枚」
「無理です」
「四枚半」
「銅貨を半分に割るんですか?」
「じゃあ四枚」
「戻ってるだろ」
また後ろで笑い声がした。
結局、一組五枚で十組。代金は半分前払いとなった。リョウは机の引き出しから紙を出した。傷の男が眉をひそめる。
「何だそれ」
「契約書です」
「字なんか書けねえぞ」
「じゃあ印でいいです」
「信用してねえのか?」
「今日初めて会った相手を信用する方がおかしいでしょう」
男は少し考えたあと、親指に墨をつけて紙へ押した。
「三日後に取りに来る」
「分かりました」
「売れたら二十だ」
「その時は前払いを増やします」
「ちゃっかりしてんな」
「商売なので」
三人が店を出ていった。
扉が閉まり、足音が遠ざかる。リョウはそのまま数秒立ってから、床に座り込んだ。
「……死ぬかと思った」
足がまだ震えている。フェルが目を丸くした。
「怖かったんですか?」
「当たり前だろ。剣持ってたぞ、あいつら」
「でも、普通に値段交渉してましたよね」
「口が勝手に動いただけだ」
「最後、値上げしようとしてましたけど」
「それは癖」
フェルはしばらくリョウを見ていた。
「逃げなかったんですね」
「逃げられる状況じゃなかっただろ」
「扉はありました」
「追いつかれる」
「裏口もあります」
「……先に言ってくれ」
本気で知らなかった。
「……私が一人だったら、どうしてました?」
「何が?」
「さっきの人たちです」
リョウは顔を上げた。フェルはさっきまで男たちが立っていた場所を見ている。少し考えてから、リョウは膝をさすった。
「……共同経営者を失ったら困る」
フェルがこちらを見る。
「共同経営者?」
「この商品では、そうだろ」
「そうですか」
「そうだよ」
それ以上は何も言わなかった。フェルの口元が少し緩んだ。
「それより」
リョウは床から立ち上がり、机の契約書を取った。
「十組、三日後だ」
「作れますよ」
「あと、隣町で本当に売れるか調べないとな」
「今からですか?」
「売れる前提で契約したからな」
「さっき全部ハッタリだったんですか?」
「全部じゃない。七割くらい」
「七割!?」
フェルの声が店中に響いた。
リョウは聞かなかったことにして、契約書を帳簿へ挟んだ。
第4話をお読みいただき、ありがとうございました!
計算されたハッタリと現場への観察眼で、無事に最初の流通網をこじ開けました。
次回【第5話】は、いよいよ第1章のクライマックス「男の器は測れない」となります。
研究費の回収、そしてリョウの男としての真の器(?)が試される展開です。
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