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第47話 腕は揃えなくていい

鍛冶通りの親方たちは、誰もが頑固で、そして誰もが警戒していた。


王都下町、黒い煙突が林立する鍛冶通り。

煤煙に燻された薄暗い工房の奥で、鉄を叩く手を止めた老親方が、太い腕を組んでリョウを睨みつけていた。


「カーナの規格で作れってか? そりゃあ、大通りに店を構えたフェル工房の下請けになれってことだろうが。俺らの仕事に口を出すんじゃねえ」


老親方の声には、露骨な敵意と警戒が混ざっていた。

彼らは理不尽な悪人ではない。ゴードン商会のような大資本に工房ごと買収されるのも御免だが、若い商人の言いなりになって、長年培ってきた自分たちの鍛冶技術を奪われるのも耐えられないのだ。


リョウは首を横に振った。


「下請けにする気はないよ。作り方は一切指定しない」

「あ?」

「炉の温度も、槌の叩き方も、材料の仕入れ先も好きにしていい。うちが決めるのは接続寸法だけだ。この基準型を通れば、最初に決めた工賃で全量買い取る」


リョウは真鍮の基準型を作業台へ置いた。老親方は不審そうに眉をひそめ、顎の髭をしごいた。


「……それでお前に何の得がある? どこぞの慈善商人じゃあるめえし、そんな美味い話があるかよ」

「供給先が一軒潰れても、俺が困らない」


リョウは淡々と言った。


「ゴードン商会が一軒買収しても、他で同じ寸法の部品が手に入るなら、うちの生産は止まらない。俺が欲しいのはあんたたちの腕の再現じゃない。ただの互換性だ」


老親方はしばらくリョウを値踏みするように見つめていたが、やがて短く鼻を鳴らした。


「口だけなら何とでも言える。他人の作った金具と本当に噛み合うのかよ」

「試してみればいい」


リョウは下町で参加に迷っていた工房の中から、三軒だけに声をかけた。

東通りの工房にはボルト、西通りの工房にはナット、南通りの工房には蝶番とラッチ金具。

互いに相手の顔も、どんな作り方をしているかも知らない。渡したのは、カーナが削り出した真鍮の基準型だけだった。


翌日の夕方、カーナの工房の作業台の上に、三軒から届いた出来立ての部品が集められた。

腕組みをした三人の親方が、固い表情で見守っている。


リョウは東通りの親方が作ったボルトを手に取り、西通りの親方が作ったナットへあてがった。

指先で軽く弾く。

からからと小気味よい音を立ててボルトが回転し、滑らかに奥まで吸い込まれていった。最後まで回りきると、ぴたりと隙間なく留まる。

さらに、南通りのラッチ金具の取り付け穴へボルトを通す。引っかかりもなくすんなりと通り、裏からナットがしっかり締まった。


作業台の周りに、静まり返った沈黙が落ちた。


「……入るな」

「入ったな」


二人の親方が呟いた。大げさな歓声も称賛もない。ただ事実として、互いの部品が完全に噛み合っていた。


「……気に食わねえな」


老親方がぽつりと吐き捨てた。

横で煙管をくわえていたカーナが、作業台に肘をついてニヤリと笑った。


「入るんだから諦めろ」


親方たちが渋々ながらも納得し、それぞれの工房へと帰っていくと、カーナは作業台の真鍮屑を乱暴に掃き集めた。


「……ったく、どいつもこいつも頑固で疑り深くてかなわねえよ。あたしが何日徹夜して型を削ったと思ってやがんだ」


苛立ちを隠そうともせず煙管の灰を落とすカーナの頭に、不意に大きな影が落ちた。

リョウの厚みのある掌が、無造作にてっぺんに置かれる。


「お前の腕は世界一だ。外で頭を下げて泥を被るのが商人の仕事だから、お前は最高の型を削り続けてくれればいい」


穏やかな、だが少しの疑いもない確信に満ちた声だった。

頭頂部に置かれた掌の重みと、じわりと沁み込むような温もりに、カーナの身体がぴたりと硬直した。

触れられたところから一気に熱が広がり、首筋から耳の先まで一瞬で真っ赤に染まる。


「……っ、な、何言ってんだバカ! 頭撫でるな、子供扱いすんじゃねえ!」


カーナは慌ててその手を払い除け、作業台の陰へ後ずさった。

リョウは特に気にした様子もなく、「次の工房へ行くぞ」と帳簿を抱えて背を向けた。

その頼もしい背中を見送りながら、カーナは払い除けたはずの頭のてっぺんを自分の手でそっと押さえた。いつまでも消えない掌の熱さに、胸の奥が早鐘のように激しく跳ねていた。


参加を決めた工房の中には、北通りの路地裏にある小さな鍛冶屋もあった。

病気がちの女房と古い借金を抱え、ゴードン商会の買収話を断り切れずにいた痩せた職人だ。

リョウはその工房の作業台へ基準型を置くとともに、革袋から銀貨を取り出して積んだ。初月分の注文代金の前払いだった。


「……あの、リョウさん。これは、助けてもらったと思っていいんでしょうか」


職人が震える指先で銀貨を見つめた。

リョウは注文書の控えに羽ペンで受領印を押し、顔も上げずに返した。


「違う。材料の手配が遅れて納期に間に合わないと、こっちが困るだけだ」


大通り本店へ戻ると、応接室の前が何やら物々しい空気に包まれていた。

騎士団との十台先行調達の話が早くも社交界に漏れたらしく、地方の伯爵家から使者が訪れていた。名門貴族の威光を傘に着た、リョウへの縁談の打診だった。


だが、立派な身なりの使者は応接室の椅子に座ることすらできていなかった。


玄関先には、銀の甲冑を纏ったルイーナが直立不動で仁王立ちしていた。


「王国騎士団の補給任務に関する機密保持規定に基づき、面会者の身元確認、および来訪目的の詳細な事前審査を要求する」


威厳に満ちた硬い武人言葉で、使者の時間を丁寧に奪い続けている。

その隙に、奥の調合室からフェルが盆を持って現れた。


「リョウさん。騎士団向けの保守仕様書、今日中に詰めるお約束ですよね? 少しでも遅れると次の便に間に合いませんよ」


さらに鍛冶場から戻ってきたカーナが、煤けた前掛けのままリョウの腕を掴んだ。


「おい、リョウ、基準型の試作サイズ、今すぐ確認しろ。あたしの火が落ちるだろ」


極めつけに、足元からセリアがリョウの上着の裾をくいくいと引っ張った。


「……リョウ、魔晶石の充填術式、今日やる約束。逃げたら寝る」


使者は居心地悪そうに額の汗を拭った。


「あ、いや……本日はご多忙のようですので、また日を改めますかな」


使者が逃げるように去っていくと、四人は何事もなかったかのようにすっと各自の持ち場へ散っていった。誰も目配せ一つせず、理由を説明しようともしない。


リョウだけがぽつんと事務所に残され、少しの間首を傾げていたが、やがて何も言わずに帳簿を開き直した。


その夜、大通り本店の明かりが落ちた後。

リョウは地下研究室にこもり、スライム細胞変異液を試していた。

サイズ回復の実験だった。


測定用の紐をあてがう。変わらない。

指先で確かめると、妙に弾力だけが増していた。押してもすぐ元に戻る。衝撃を逃がす性質がありそうだった。


「……相棒、柔らかくなってどうする」


数時間後には何事もなかったかのように元に戻った。リョウは台帳の端に、配合比率と「高粘弾性」の文字だけを小さく書き留めた。 


帳簿を閉じたリョウは、ランプの火を吹き消して地下室の重い扉を引いた。


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