第17話 俺には分からない
作業台の上には、濁り方の違うガラス瓶が三本並んでいた。
フェルが細いガラス管で琥珀色の液体を吸い上げ、一番左の瓶へ一滴落とした。井戸から汲んできた水だ。
液滴が広がると、わずかに白いもやが立ち、十数秒で底へ灰色の澱が沈んでいく。上澄みは澄んだ透明に戻っていた。
「井戸の水なら、これで十分沈みます」
「綺麗になるな」
リョウが瓶に顔を近づけると、フェルは瓶の首を持ち、手首を軽く回した。底に沈んでいた灰色の膜がふわりと舞い上がり、水全体がまた白く濁る。
「少し揺れただけで戻ります。それに、これは井戸水ですから」
フェルがガラス棒で真ん中の瓶を指した。近所の小川から汲んだ、少し泥の混ざった水だ。
同じように一滴落とすと、沈殿は起きるものの、全体に薄い濁りが残った。
「濁りが強いと、澱が底まで落ちきりません。一番右の、落ち葉が沈んだ水たまりの水だと、ほとんど反応しませんでした」
「量を増やせば沈むのか?」
「沈むかもしれません」
フェルは別の小瓶から試薬を一滴足した。真ん中の水が急激に濁りを沈め、透明度が増す。
だが、フェルはガラス棒で上澄みを少し小皿へ移し、鼻先へ寄せてから首を横に振った。
「試薬の濃度が上がれば、今度は薬そのものの苦味や刺激が出ます。それに、毒草や魔物の成分が混ざっていたら、この配合では何も防げません」
フェルはガラス管を木箱へ戻し、作業台の上を見つめた。
「どこまでなら商品として出しますか?」
「俺に聞くのか」
「売るかどうかを決めるのはリョウさんでしょう」
「……でも、安全かどうかは俺には分からない」
リョウは真ん中の濁った瓶へ指を伸ばしかけた。
「少し濁っていても、飲んでみて――」
「リョウさん」
フェルが遮った。
「これは足の痛みや髪のべたつきとは違います。間違えたら人が死にます」
リョウは指を止めた。作業台の上で、灰色の澱が静かに底へ沈んでいる。
少し間を置いて、リョウは息を吐いた。
「……そうだな」
帳簿を開きかけた手を引っ込め、顔を上げた。
「じゃあ、誰なら分かる?」
フェルはすぐには答えなかった。真ん中の瓶を持ち上げ、光に透かす。
「少なくとも、工房の中にはいませんね」




