第16話 飲めない水の値段
冒険者ギルドの掲示板の前には、人だかりができていた。
張り出された依頼書を見上げる冒険者たちの後ろで、リョウは壁際に立って帳簿の控えをめくっていた。納品に来たついでに様子を見ていたが、耳に入ってくるのは討伐の報酬額の話だけではない。
「川の水、そのまま飲んだら腹下してな。二日目から歩くのがやっとだった」
痩せた男が、腰の革帯を締め直しながら仲間へ愚痴をこぼしていた。
「だから言ったろ。水筒二本じゃ足りねえって」
「重くて走れなくなるだろ。剣と防具だけで精一杯なのに、水ばかり担げるかよ」
隣の掲示板の前でも、別の三人組が似たような話をしていた。依頼を途中で諦めて戻ってきたらしく、受付の木枠に手を突いたまま肩を落としている。
リョウは帳簿の控えから顔を上げた。目の前に川があれば、飲んでしまう者も出る。
工房へ戻ると、作業台の奥でフェルがガラス棒を動かしていた。乳鉢には白粘土の粉末が薄く残り、棚には防錆ペーストの素焼き壺が綺麗に並んでいる。
「フェル、水を綺麗にする薬って作れる?」
リョウが上着を脱ぎながら尋ねると、フェルはガラス棒の手を止め、不思議そうにこちらを振り向いた。
「作れますよ。泥や濁りを取って、飲める水にする錬金薬ならあります」
「いくらくらいする?」
「広い水質に対応できるものなら、一瓶で銀貨十枚くらいですね」
「高いな」
「高いですよ。王都の貴族や、大きな隊を率いる騎士団が買うものですから」
フェルは布でガラス棒を拭きながら言った。
「安く作るのは無理です。どんな水でも飲めるようにしようとすれば、それだけ貴重な試薬が必要になりますから」
「どんな水でも飲める薬じゃなくていい。使える水を限定すればいい」
リョウが帳簿を開き、余白に数字を書き始めた。
「井戸とか、見た目は普通の川とか。その辺だけでいい。遠征のたびに買える値段まで落とせない?」
フェルは少し考えてから、棚の試薬瓶を二本抜いた。
「それなら……安くはできるかもしれません。でも、どの水まで使えるかは分かりませんよ」
「配合のことは任せる。原価を抑えられるかだけ見てくれ」
リョウは今日納品した清髪粉と防錆ペーストの売上を帳簿へ書き込んだ。小銭入れから銀貨を二枚取り出し、棚の奥にある小さな革袋へ入れる。
表には『研究費』とだけ墨で書いてあった。
リョウは袋の紐を固く結び、棚の奥へ戻した。




