第14話 傷は残していい
「直す」と「消す」は、たぶん同じではありません。
今回は、防錆ペーストでは扱わない一本の剣です。
カウンターの上に置かれた革布から、一本の重い直剣が引き抜かれた。
入ってきたのは、年季の入った鎖帷子を着た初老の冒険者だった。
差し出された剣は刃全体がくすみ、刃先にいくつもの欠けが並んでいる。さらに腹の中央には、何かの獣の爪で深くえぐられたような古い傷が黒錆を噛んで刻まれていた。
「この薬で、この錆も落ちるか?」
リョウは剣の平へ視線を落とした。表面の赤錆とは違い、傷の奥は黒く食い込んでいた。リョウには、それ以上触っていい状態なのか分からなかった。
「うちの薬じゃ無理です。触らない方がいい」
「そうか」
男が諦めたように剣を革布へ戻そうとした。
「腕のいい鍛冶屋がすぐ近くにあります。案内しますよ」
鍛冶通りの工房に入ると、カーナは炉の前で大槌の手入れをしていた。
「また来たのか」
「客だ。うちの薬じゃ扱えない剣を持ってきた」
リョウが言うと、カーナは男から革布ごと剣を受け取った。布をめくり、光にかざす。カーナの視線が刃先で止まった。
「……傷の溝まで黒錆が入り込んでやがる。欠けも深いな」
「直るか?」
男が尋ねると、カーナは指の腹で刃先をなぞった。
「叩き直して、研ぎ直せば使えるようにはなる。ただ、新品みたいにはならんぞ」
「新品にしなくていい。傷を残してくれ」
男が静かに言った。カーナが手を止め、男の顔を見上げる。男は剣の腹にある傷跡へ視線を落とした。
「昔、仲間と大きな魔物を仕留めた時についた傷だ。あいつは死んじまったが、これだけは残してえ。使えるようにはしてほしいが、消さないでくれ」
カーナはもう一度剣を持ち上げ、光へ向けてわずかに傾けた。
「……ここなら残せる。刃先か根元まで食ってたら削るしかなかった。残せるところまでは残してやる」
「頼む」
「明日、取りに来い」
翌日の夕暮れ前、リョウが工房をのぞくと、ちょうど男が仕上がった剣を受け取るところだった。
手渡された剣は、黒く汚れていた傷の溝がきれいになり、刃先も整っていた。それでも腹の中央の爪痕だけは、昨日と同じ形で残っている。
男が指の腹で傷をそっと撫でた。
「残ってるな」
「消せって言われてねえからな」
カーナが無愛想に返すと、男は懐から銀貨を出し、机へ置いた。
深く一度だけ頭を下げ、男は剣を腰へ下げて出ていった。
リョウの商品でできること。
カーナにしかできないこと。
そして、直しても消さなくていいもの。
たぶん今回は、それで十分です
次回、第3章の締めへ。




