第12話 錆が落ちても、剣は直らない
新商品は好調。
そしてその噂は、
もちろん鍛冶通りにも届きます。
カーナさん、たぶん喜びません。
翌朝、工房の引き戸が乱暴な音を立てて開け放たれた。
入ってきたのは、革の前掛けを締めた小柄なドワーフの女だった。赤毛の短い髪を後ろで無造作に束ね、腕まくりされた太い前腕には火の粉で焼けた跡が散っている。
鍛冶通りで怒鳴り声を上げていた鍛冶師――カーナだった。作業台へ大股で歩み寄ると、素焼きの小壺を木天板の上へ叩きつけるように置いた。
「おい! このふざけた薬売ったの、お前らか!」
「いらっしゃいませ。防錆ペーストのことですか」
リョウが立ち上がると、カーナは目を細めた。
「丁寧な声出してんじゃねえ! 今朝、昨日二日待ちだって帰したガキが店の前通ってな。『もう直った』って嬉しそうにこの壺見せてきやがったんだよ!」
「落とせるのは表面の錆だけで、刃の状態は鍛冶屋に見てもらえって説明しましたよ」
「そのガキが聞くと思ってんのか! 錆が落ちたから何だ。こいつで歪みが分かるのか。ヒビは? 刃の根元まで見たのか」
「それは――」
「見てねえだろ! 欠けも歪みも分からんやつに『手入れできた』と思わせる方が危ねえんだよ。今まで研ぎに持ってきてたやつが、これ一本で済んだ気になったらどうする」
「でも、軽い錆を落とすためだけに二日預けられない客は実際にいる」
リョウが言い返すと、カーナは鼻を鳴らした。
「だからって、どこまでが軽い錆か客に分かんのか?」
奥で調合台に向かっていたフェルが、ガラス棒の手を止めてこちらを振り向いた。
「……カーナさんの言う通りです。このペーストでできるのは表面の錆を落として油膜を張るだけですから、金属の中に入った傷や歪みまでは分かりません」
「フェル、味方じゃないの?」
「私は安全性の話をしています」
フェルがきっぱりと返すと、カーナはリョウを上から下まで冷たい目で品定めした。
「錬金術師の方がよっぽど分かってんじゃねえか。だいたいお前、刃物触ったことあんのか」
「包丁なら」
「帰れ」
「職場ここなんだけど」
「お前が見てんのは、売るところまでだ。売った後の剣、一度でも見たのか」
リョウは答えられなかった。売れた数なら分かる。討伐から戻った後の剣は、一本も見ていない。
カーナが小壺を乱暴に掴み直し、背を向けようとした。
「見せてくれ」
「何をだ」
「あんたの仕事」
リョウ「便利なら売れる」
カーナ「危ねえもん売るな」
商人と鍛冶師。
見ているものが違います。
なお、今回は仲良くなる回ではありません!
次回、リョウはカーナの仕事をちゃんと見ることになります。




