第11話 錆は待ってくれない
鍛冶通りで見つけた次の需要。
今回は「武器を直す」のではなく、
「鍛冶屋へ持っていくまで何とかする」商品です。
リョウ、新商品の試験販売開始。
平皿の上で、淡い緑色の軟膏がねっとりと練り合わされていた。
スライム粘液から抽出した油分へ、細かく挽いた研磨鉱物の粉を混ぜてある。
フェルがガラス棒でゆっくりとかき混ぜると、淡い緑色の表面に滑らかな艶が出てくる。リョウは布の端に少量をすくい取り、買ってきた錆びた鉄板の端を擦った。
十秒ほど擦って拭き取ると、赤錆が布へ移り、下から鈍い鉄の肌が見えた。
「布だけでいいのか。一回の手入れに一分もかからないな」
「今の粒度なら、試した鉄片には目立つ傷は出ていません。油分が薄い膜になるので、数日は新しい錆を防げます」
フェルがガラス棒を拭きながら、皿の中身を見つめた。
「でも、これだけですよ。表面の赤錆を落として油膜を張るだけです。刃こぼれや奥まで入った錆は削れません」
「十分だ。全部直せたら銅貨で売る商品じゃなくなる」
リョウは店頭の木枠へ、『軽い赤錆落とし、試せます』と墨で書いた小さな板を掛けた。
通りへ顔を出して半刻もしないうちに、革鎧を着た若い男が足を止めた。腰には使い古した直剣を下げている。鞘の金具と鍔の根元に、赤茶色のざらつきが浮いていた。
「あの、看板見たんですけど」
「いらっしゃい。試すだけなら無料ですよ」
リョウが声をかけると、若い冒険者は腰の剣に触れながら言った。
「本当に落ちます? 昨日雨の中で使って、朝見たら浮いてて」
「鍛冶通りには行きました?」
「行った。二日だって」
「二日」
男は腰の剣へ目を落とし、それから革袋の紐を指先でいじった。
「明日の朝、討伐の依頼があるんだ」
「刃を見せてもらえますか」
リョウは布にペーストを小指の先ほど取り、作業台の上に置かれた剣の平を擦った。円を描くように十数秒磨き、乾いた布で強く拭き取る。
赤茶色の粉が布へ移り、目立っていた赤錆はほとんど落ちていた。刃先にある細かい欠けや、昔ついた深い傷はそのまま残っている。
だが、表面を覆っていたざらつきは消え、薄い油の膜が光を鈍く反射していた。
「あ……」
男が剣を持ち上げ、光にかざした。指の腹で刃の平をそっと撫でる。
「すごい。引っかからない。これなら明日持っていける」
「使えるかどうかは俺には分かりませんよ」
「え?」
「落とせるのは表面の錆だけです。刃の状態は鍛冶屋に見てもらってください」
「ああ、うん。分かってる。でも明日だけ持てばいいんだ」
男は小壺を指さした。
「これ、いくら?」
「銅貨五枚です」
「何回くらい使えそう?」
「その剣なら十回以上は」
「じゃあ買う」
男は革袋から銅貨を五枚出し、小壺を受け取ると足早に出ていった。
「売れるな」
リョウが木箱へ硬貨を入れると、奥で薬草を仕分けていたフェルが顔を上げた。
「まだ一人ですよ」
「一人売れた」
「同じ意味ではありません」
フェルは乳鉢へ手を伸ばしたが、それから半刻もしないうちに、「さっき買ってったやつに聞いたんだけど」と若い冒険者が二人続けて入ってきた。
二人がそれぞれ小壺を買っていき、その後も「軽い錆なら落ちるらしい」と聞いた冒険者が三人、順番に顔を出した。
夕方前には遠征へ出る男が予備用にと二つまとめて買っていき、十個あった小壺は日の落ちる前には残り二個になっていた。
「フェル、追加で作れる?」
棚の残数を見たリョウが声をかけると、フェルは新しい平皿と鉱物粉を並べながら小さく息を吐いた。
「……作れますけど、私はもう少し粒度と配合を調整したいんです」
「売れてるぞ」
「だから困ってるんです」
フェルは唇を少し尖らせながら、それでも手際よくガラス棒を動かし始めた。
棚の端に残った二個の小壺も、夜になる前にはなくなっていた。
試作品、銅貨五枚。
最初のお客さんは無事に明日の討伐へ行けそうです。
そしてリョウの帳簿には、新しく『防錆ペースト』の一行が増えました。
次回、そんなに素直に売らせてもらえるのか




