第10話 職人の街と、火花を散らす小柄な鍛冶師
第3章、鍛冶通り編です。
大柄なドワーフたちに囲まれたリョウ。
何となく視線を逸らしていますが、もちろん張り合ってはいません。
たぶん。
鍛冶通りは、朝から金属を叩く音で満ちていた。
煙突から立ち上る黒煙と、石炭と熱せられた鉄の匂い。石畳の両脇には鍛冶工房や研ぎ屋が並び、大柄なドワーフたちが袖のない革着のまま大槌を振っている。腕も肩も太い。何というか、全体的に立派だった。
リョウは何となく視線をそらし、店先の看板や立て札に書かれた数字へ意識を向けた。別に張り合うところではない。
スライム・ステップと清髪粉の売上が安定し、工房の借金返済と研究資金の積み立ては順調に進んでいた。だが、次の商材を探すための市場調査は欠かせない。最近ギルドで冒険者たちの装備を観察していて気になっていたのが、刃物の手入れにかかる費用と時間だった。
少し先にある大きな鍛冶屋の前で、若い男が店主と揉めているのが見えた。
「研ぎ直しで三日?」
「今詰まってるんだよ。嫌なら他へ行け」
「明後日には護衛依頼があるんだよ……なんとかならないか?」
「無理なもんは無理だ」
男は肩を落とし、腰の剣を握り直して立ち去っていった。
その横では、別の冒険者が立て札の値段を見てそのまま引き返し、路地裏の壁際では、粗末な短剣の赤錆を布で懸命に擦ってごまかしている男もいる。
剣の研ぎ直しで銀貨一枚から二枚。刃こぼれの打ち直しになれば銀貨三枚以上。一回の討伐で稼ぐ額の半分近くが消える上に、数日預けなければならない。
当然、金も時間もない下級冒険者は手入れを後回しにし、赤錆が浮いたままの剣や、刃先が丸くなったなまくらを腰に下げて歩くことになる。
金属が擦れ合う甲高い音に混じって、通りの端から鋭い怒声が響いた。
「こんななまくらで魔物を斬る気か! 死にたいなら首でも吊ってろ!」
声の主は、小さな工房の前に立っていた。
背丈はリョウの胸ほどしかない。小柄な体格に、煤で汚れた分厚い革前掛け。赤毛の短い髪を後ろで束ねた若い女ドワーフだった。
彼女の足元には、刃先がギザギザに欠け、わずかに反った粗悪な鉄剣が転がっている。向かいに立つ長身の若い冒険者が、縮こまりながら頭を下げていた。
「す、すみません……でも、金がなくて研ぎに出せなかったんです」
「金がないなら腕を磨け! 刃筋がぶれてるから余計な負荷がかかって欠けるんだよ!」
女ドワーフは足元の剣を乱暴につま先で蹴り上げると、宙で柄を掴み取った。じろりと刃の歪みを確かめ、盛大に舌打ちをする。
「……銅貨五枚置いてけ」
「えっ?」
冒険者が顔を上げた。この通りの相場なら、どう見ても銀貨一枚は下らない欠け方だった。
「今日だけだ。次は錆びる前に持ってこい。夕方までに直しておく」
「あ、ありがとうございます!」
「礼なんざいい! こんななまくら持たせて死なれたら寝覚めが悪いだけだ! とっとと失せろ!」
女ドワーフは工房へ背を向け、扉を足で半分開けたまま中へ入っていった。冒険者は慌てて入口の木箱へ銅貨を放り込み、逃げるように走り去っていく。
リョウは開いた扉の横へ歩み寄り、軒先から工房の中をそっとのぞいた。
女ドワーフは剣を炉の火へ突っ込み、炎の揺らめきを数秒見つめただけで引き抜いた。金床へ乗せ、大槌を振り上げる。
小柄な体には不釣り合いなほど重い一撃だったが、よく見ると腕の力で叩いているのではない。腕より先に腰と足が動き、体重を乗せて振り下ろされていた。
甲高い音が三度響く。それだけで、さっきまでわずかに曲がっていた鉄剣の背が、まっすぐに戻っていた。
リョウが目を細めた瞬間、女ドワーフが顔を上げ、こちらを睨みつけた。
「何見てんだ」
「仕事です」
「見りゃ分かる。何の仕事だ」
「商売です」
「一番信用ならん答えだな」
女ドワーフは剣を水桶へ突っ込み、激しい水蒸気を上げさせた。
「研ぎ直しって、いつもこんなに待つんですか?」
「繁忙期はな。どこも手が足りねえんだよ」
「金がない客は?」
「知らん」
大槌を無造作に作業台へ置き、女ドワーフは短く息を吐いた。
「……死なれそうなら安くする」
リョウは軒先に掲げられた煤けた看板を見上げた。『カーナ鍛冶工房』と刻まれている。
「店の名前、カーナ鍛冶工房なんですね」
「文句あるか」
「いや。覚えやすいなと」
「買わんなら帰れ」
カーナはそう言い捨てて、奥の研ぎ台へ向かって歩き出した。
入口の木箱には、さっきの冒険者が入れた銅貨五枚。その横の壁には、修理待ちと思われる剣が六本立てかけてあった。リョウは帳簿を開き、余白に『武器の手入れ』とだけ書き留めた。
火花を散らす工房の奥から、乾いた槌音がいつまでも響いていた。
小柄。
口が悪い。
槌はでかい。
仕事は速い。
そして銅貨五枚で銀貨一枚分の修理をするカーナ。(推しです。)
リョウはしっかり見ていました。
主に商売の方を!!
次回、「武器の手入れ」が新しい商品になります。




