忘れ去られた博物館 6
「で~、なんでわたしが落とし穴掘ってるんですかー!」
鳥の囀り、木々の葉が擦れる音が穏やかに流れる森の中、少女の気の抜けた叫びが鳥たちを飛び発たせた。
「黙って働け。最低限な」
「う~……‼」
そう唸りながらも、せっせと落とし穴を掘る少女である。
その様子を腕を組んで魔女は見ている。時折退屈そうに欠伸をしながら。
やがて、とても退屈だったからか、その辺に生えている草の観察をしていた。別に草の観察は魔女の趣味ではない。
「ちょっとー! なにやってるんですか!」
「ほう、だいぶ掘ったな。お前を埋めるにはピッタリだ」
魔女は頭だけ見えている少女に声をかける。
「なんでわたしが埋められるんですか‼」
地面から少女の叫び声が聞ける。
ため息をついた魔女は穴に近づき手を差し伸べる。
「だったら早く上がれ。そのままだと崩れて本当に埋まるぞ」
「それ途中で手を離すやつですよね?」
「なんだ一人で上がれるのか」
一歩下がる魔女である。
少女は一人で穴から這い上がろうと奮闘するが結局上がれず。土で汚れた状態で情けない声を上げた。
「出られませーん」
「全く」
魔女は少女を助け出し、杖を振って少女を綺麗にしてあげた。
「館長の優しさが沁みます……」
「ほらサボるな。あとは見えないように枝を置いて葉と土で隠すんだ」
「枝の用意とかは……?」
「ある訳ないだろ」
「ぅう~! なんて酷い!」
ガックリと膝をつく少女を涼しい顔をして眺める魔女。申し訳ないなど毛ほども思っていない様子だった。なんなら早く探せと目が言っている。口に出さないのは魔女の良心だろうか。
おやつなど気の利いた物は出せない。頑張れば出せるのだろうが、少なくとも魔女は出せない。あの食事を出す機械の機能を全て使いこなせていないからだ。
別にそれを少女に言ったところで手間が増えるだけだろうから、魔女はあまり遠くに行きすぎるなと言って飲み物を取りに館内へ戻ろうとする。
「…………なるほど、入り口に落とし穴を掘ればこうなるのか」
とっくに傾いている太陽の光を浴びながら遠くを眺める魔女である。魔女一人だけなら戻れないこともない。しかし、少女はこの穴を越えられるだろうか?
とりあえず落とし穴をふわりと飛んで越えた魔女は、少女に問いかけた。
「お前、どうやってこっちに来るつもりだ」
魔女にそう言われ、少女は自らの置かれた状況を理解したらしい。フッと儚げに笑い、遠くを見つめる。
「……どうすればいいんでしょうか」
「一つ、手はある」
「あっ、じゃあそれで」
「お前を投げる」
「それ以外でお願いします。というか裏口とか無いんですか?」
「無い」
ガックリと肩を落とす少女であった。
「まあ、後で考えればいい。とりあえず飲み物を持って来てやる。絶対に遠くへ行くなよ。絶対にな」
「はーい」
魔女は博物館へ戻り、残された少女はとりあえず落とし穴に使えそうな枝を探す。
しかし、落とし穴に使えそうな枝は無い。落とし穴が大きすぎてすぐに拾える枝では短すぎるのだ。
少女は腕を組んで考え込む。落とし穴は、掘った穴の上に枝や葉っぱ、土を被せて穴を隠す。被せる枝などは、人が乗れば折れる物でないといけない。
穴が大きすぎるとそれを隠す枝も長い物でないといけない。そして長ければ長い程、枝は太く丈夫になっている。それでは上に乗っても折れることはない。
「折れない……。あっ‼」
そこでなにかに気づいた少女は、近くに落ちてあったそこそこ長めの、折れることがなさそうな太くて長い枝を引きずってくる。
「ふにゅぃっ……」
それをどうにかこうにか動かし、落とし穴の上にかける。落とし穴を隠すのには使えないが、落とし穴を越えるのには使えるはず。
ずりずりと、慎重に枝の上を渡り始める少女。バランスを崩さないよう慎重に、慎重に進む。もう一本探して渡ればよかった。そう後悔しながら、あとに戻れない距離まで進んだ。
魔女はまだ戻ってこない、今落ちたらしばらくは穴の底だろう。そう思った矢先に、枝が回転した。
「うわぁ!」
落ちないようしがみついたため、少女は枝にぶら下がっている状態だ。
「ん、どこへ行った?」
そして折よく魔女が戻って来た。魔女は少女の姿が見えないことを不審に思っているだろう声を出す。
「全く……。遠くへ行くなと言ったのに行くのか」
しかしすぐに呆れ返った声を出したが、穴の上に置いてある大きくて太い枝に気がついた。
「お前、なにを遊んでいるんだ?」
魔女はトレイにホールケーキと湯気立つカップを乗せていた。
飲み物を持って来ると言ったはずだが、なぜケーキと湯気立つカップなのか。しかし少女にとっては助けてもらうのが先決だ。
「助けてくださぁい」
「なんだ、遊んでいるんじゃないのか」
魔女はよっこらせと言いそうな程の緩慢な動きでトレイを置いて、大きくて太い枝を引きずり始めた。
「え⁉ ちょっとなにして——ふぎゃっ」
慌てる少女を無視して枝を引きずると、やがて枝の端が穴に落ちて縦の状態になる。少女は頑張って枝にしがみついたおかげで落ちずに済んだ。
「なにするんですか!」
「ほら」
魔女に手を差し伸ばされ、文句を言おうとしたが口を閉ざした少女は、素直に手を取り引き上げられた。
「ありがとうございます……」
「ああ」
それだけ言って、魔女はできた穴とその周囲を見渡す。
「もういっそこのままでいいか」
自然物でこの大きさの落とし穴を隠せる物を思いつかない。布でも持って来ようかとも考えたが、わざわざ汚してまで隠したくない。
「え~、わたし頑張って掘ったんですけど」
「それは褒めてやる。ケーキだ」
「なんですか? それ」
「お前、ケーキを知らないのか? 甘くて柔らかい食べ物だ」
「へー、美味しそうですね」
少女は魔女が置いたケーキに顔を近づける。
少女の顔以上の大きさがある、真っ白の生クリームが塗られたケーキ。その上にはイチゴが円を描くように六つ置かれていた。オーソドックスなケーキだった。
「食べていいぞ」
「えっ、どうやって?」
「……………………よし、今日はもう戻るか」




