忘れ去られた博物館 5
食事や着替えを済ませたら、日課に入る。魔女は少女を連れながら展示品の清掃、点検をするために館内を移動する。
「今日は人来ますかね」
「来ない。と言いたいが——」
魔女は少女を一瞥して答える。
「来させない」
誰も来ないはずなのに、忘れ去られた博物館のはずなのに、この少女はやって来た。
無いと思っていたことが実際に起きてしまったのだ。ということは、その可能性を潰さなくてはならない。
「入り口の周りに落とし穴でも掘るんですか?」
「ならお前の仕事はそれだ。スコップならある、持ってきてやる」
「いやいやいや‼ やりませんよ⁉」
本気でスコップを取りに行こうとする魔女のローブを掴んで止める少女である。
数メートル少女を引きずって、止まった魔女は表情を変えずに言う。
「冗談だ」
「冗談って顔してませんよ」
「なんだ、やりたいのか?」
「やりません!」
はあ、と息を吐いた魔女は、まるで何事も無かったのように展示品の清掃と点検に戻る。
清掃といっても、展示品の前で杖を振るだけ。点検といっても、展示品を眺めるだけ。緩慢な、気の抜けた時間だけが過ぎる。少女も別に展示品に興味が無いし、魔女も会話しようとしない。二人の足音が響くだけ。
そんな時、とある展示品に少女が反応した。
「あっ、星って書いてる! これなんですか?」
「ん? これか? これはそうだな、星座表だ」
少女が反応したのは、特殊な金属でできた星座表。大きさは少女の身長の半分程度。木製の譜面台のようなものに固定されている。
「星座表……?」
「そうだ。星好きなら知っていると思ったんだがな。簡単に言えば、星の並びを図にして表したものだ。例えばこの星の並びはミル座と呼ばれている。コーヒーミルに見えるだろ?」
「コーヒーミルってなんですか?」
「…………アレだ」
魔女は他の展示台に置いてあるコーヒーミルを指さす。
「あー……なるほど」
「このように、星座というのは物や人、動物なんかの名前が付いている。並びから連想して付けている」
「へー!」
少女が目を輝かせて星座表を背伸びして眺める。少しして、唇を尖らせた。
「見にくい……」
ただでさえ、少女の半分程度の大きさの星座表が、台の上に乗っているのだ。少女では下半分を見るのがやっとだ。
魔女は放っておいて他の展示品の点検、清掃をしようとしたが、この流れは少女が勝手に星座表を取ろうとして落とすだろうと予測した。
「絶対に触るな。勝手に持とうとするな」
「うっ……」
伸ばしかけていた腕をひっこめる少女である。
魔女は残念そうにする少女を見てため息をついた。
「少し待ってろ」
そう言って、お風呂がある方の通路の一室に入る。そこから台を持って戻って来た。
「これに乗れば少しは見やすいだろ」
「ありがとうございます!」
にへらと笑った少女は早速台に乗って星座表を眺める。そして目を細めたり、大きく開いたり。台を後ろに移動させて離れて見たり。
「なんか見覚えがあるような……」
「なに?」
「なんか見たことあるような気が……だってよく見ていた形が……」
魔女はそう唸る少女を見て思案する。
「まさかとは思うが……お前あの地図、人から貰ったか?」
「えっ? 次出したら燃やされるあの地図ですか?」
少女は自分の身を抱きながら半身になる。着替えの際にこのワンピ―スのポケットにちゃんと入れている。
「そうだ。その地図は貰いものだな?」
魔女の細めた目が、少女を射抜き動きを止める。魔女のなにか妙な気迫というか、強い感情のせいか、頭を動かすまで随分と時間がかかる少女が、やがてゆっくりと首を縦に振る。
「あんまり、おぼえてないですけど……」
それを聞いて、魔女の眉間の皴が濃くなる。
「……生きているのか」
「あの、館長……?」
魔女の零した言葉にどう反応すればいいのか。とりあえず声をかけてみるが、それ以上踏み込めない。それからしばらくして、魔女は大きく息を吐く。やりようの無い気持ちを空気に溶かすため。
「すまない、取り乱した」
「いや、大丈夫なんですけど……でもわたし、ホントに地図くれた人のことあんまり覚えてませんよ」
「ああ。覚えなくてもいい」
天井を仰ぎ見る魔女を見て、少女は台から降りる。なんとなく、これ以上星座表を見る気分にならなかった。今だけだが。
「まずはやることを終わらせてから、入り口周りに落とし穴を掘るか……」




