忘れ去られた博物館 4
一息ついて——というか魔女が食事を終えてから、魔女は少女をこの場所に来る途中の通路にあった扉の一つの前に連れてきた。
通路の長さは入り口からガラスドームまでの長さと同じ。ただ、向こうは途中に魔女の眠っていた地下室に通じる階段が一つしかないのに対し、こちらの通路には木の扉で閉ざされた場所が片方に二つ、反対側に三つあり全部で五つの扉がある。
「こっちの通路にはまあ、人が住むのに必要な場所がある」
「必要な場所……?」
それがなんなのか、考えてもいまいち分からない少女は首を傾ける。
「なるほど……」
なにか納得した様子の魔女は早速目の前の扉を開く。
「ここは風呂だ! ちなみにトイレはあっちだ」
魔女がもう片方の扉を指差す。
「えっ、綺麗ですか……?」
「綺麗だ」
少女は速足でトイレの扉まで向かい、中に入った。
その様子を見届けた魔女は、改めてお風呂の部屋を覗く。脱衣所にその先がお風呂になっている。博物館には似合わない、生活感のある光景。少々というか、かなり異様に映るが仕方がない。何十年何百年と住めるぐらいに改装したらしいのだから。
魔女がここに来るよりも昔はこうでなかったと聞いているが、あまりにも昔の話すぎてどうも信憑性に欠ける。魔女が来た頃には、もうここは忘れ去られた博物館だったのだから。
「綺麗でしたー!」
「それは良かった」
勢い良く帰って来た少女に淡々と返し、魔女は少女に風呂に入るよう伝える。
「まさかお前、風呂の入り方を知らないなんてことはないだろうな?」
「館長わたしのことなんだと思ってます?」
「なんだと思われたいんだ?」
「質問で返すのは良くないと思いますよ」
「なら早く入れ」
「なんなんですか」
そう言いながらも、少女は魔女の言葉に素直に従う。
簡単な説明をして、最後に溺れないよう注意をしてから、魔女は適当な服を用意する。そして少女が出てくるまで、再び先程のスペースで休憩することにした。
毎朝この時間は展示品の点検を行っているのだが、今はあの少女がいる。出てきた少女が、姿を見せない自分を探して館内を好き勝手に動かれたらでもして、展示品をまた壊されるのはごめんだ。
魔女は一人座り心地の良いとはお世辞にも言えない金属製のガーデンチェアに腰掛ける。
このスペースの壁だけ全面型ガラスになっている。外と面している場所だから、なにか外から飛んで来たら割れると言ったのだが、そこは大丈夫とのこと。本当か疑ったが、何十年も割れていないのだからもう心配は無いだろう。
そういえば、このガラスに文句を言ったら、ガラスドームの方が割れそうじゃない? と言われたことを思い出した。
「……普段しないことをすると、余計なことを思い出してしまうな。いつか帰ってきたら吹き飛ばしてやろう」
そんな明日が来るのかは知らないが、備えておくのもいいのかもしれない。
結局ガラスドームもこのガラスの壁も魔女が来てから割れていない。見た目の割には頑丈な建物だ。
魔女は指先でガーデンテーブルを叩く。このガーデンチェアとテーブルも、魔女は座り心地の良い物に、それかせめて木製の物にしてくれといった記憶がある。金属はずっと座っていたら痛いのだ。
いなくなってから、毎日食事を摂っているこのガーデンチェアとテーブルを変えようかと思ったが、結局変えられていない。それももう何十年も。一向に慣れない座り心地だが、変えられない。帰ってこないと分かっているが、もしかするといつか帰って来るかもしれないからそのままにしているのか、それか面倒なだけか。それとも、いなくなっても、どこかで繋がりを持っていたいと、忘れたくないと無意識に魔女が思っているからなのか。
「館長!」
魔女が昔を思い出していると、少女が出てきた。
サイズが分からないから適当な紺の色ワンピースを渡したが、少し大きいが十分だろう。
「この服って誰のですか? 館長の——にしてはちっさいですよね?」
「タンスに眠っていたやつだ。私のじゃない」
「いや、誰のかって聞いてるんですけど」
「知り合いのだ」
「館長に知り合いっているんですね」
「もう何十年も一人だがな」
少女は肩を竦めると、ペタペタと歩いてきた。靴下と靴も置いていたはずだが、なぜ履いていないのか。
「靴はどうした? 靴下も用意したはずだぞ」
「いやあ、靴下というものに慣れてなくって。わたし靴下とか履いたことありませんし」
「……そうか、なら靴下が無くても履ける靴を出してやる。そういえばお前、風呂で傷は沁みなかったか?」
「はい! それはもちろん、館長が治してくれたおかげですね」
「そうか、よくあの脚でぐっすり眠れたな。お前の図太さには感心したよ」
「そんなに褒められても~」
なぜか照れる少女に呆れた目を向ける魔女である。




