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星降る博物館  作者: 坂持


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3/29

忘れ去られた博物館 3

 再び地下の部屋に戻って来た魔女は、今度は椅子に腰を落ち着かせた。


 光の蝶が天井に吊るされているランタンの中に留まり、部屋の中を温かに照らす。太陽とも星の光とも違う、暖色の柔らかい光。


 固い背もたれだが、魔女は遠慮なくもたれかかり深く、深く息を吐く。そして物で溢れかえっている机の上で手を伸ばして、壁に掛けているペンダントを手に取る。


 紐は革でできていて、ペンダントトップは半月型に加工した石鉄隕石。お世辞にも綺麗な出来とは言えないが、作り手の願いというものか、心が温かくなる気がする。


 まだこんな感情を持っているのかと、魔女は自身の心に驚きながら、ローブのポケットにペンダントを忍ばせる。


「忘れていたつもりなんだが、何十年経っても忘れられないらしい」


 誰に聞かせるでもなく、ただ呟いた魔女は枕だけとなったベッドに横になり、ローブを毛布代わりにして目を閉じた。


 音も無く部屋を照らす灯りが消えて、完全な闇の世界。それでも、魔女にはあの時見た宙が見えていた。それは夢か現実か。別に現実でもいいし、夢でも構わない。


                     ◎


 翌日、魔女は暗闇の中目を覚ました。


 外が明るくても、地下の部屋には太陽の光は届かない。それでも魔女は決まった時間に起きることができる。時計は無くても、何十年も繰り返していることだ。


 起き上がった魔女は、布団代わりにしていたローブを羽織りながら、暗い階段を上る。徐々に階段が照らされて、階段を上りきった魔女は目を細める。


 いつも通りに、通路を歩いてガラスドームの下へ。そこにあるいつもとは違う光景。せっかくの毛布を蹴飛ばして、唸りながら眠っている少女。


 敷布団代わりになるであろう長さの月白の髪。前髪も伸びっぱなしで顔が隠れている。


 そして小汚い。


「おい、起きろ」


 魔女は少女を見下ろし声をかける。しかし、少女は深い眠りの中にいるらしく反応は無い。


 どうしたものか、魔女は二度瞬きをした末、しゃがみ込んで少女を揺することにした。


「起きろ、朝だぞ」


 それでも反応は無く、とりあえず冷たい目線を向けた魔女は、先に食事だけでも摂ろうと展示室内を移動する。


 大きな展示物はこのガラスドームの展示室にあるが、他にも小さいながらも展示室はある。外から見れば単純な建物だが、その中は複雑だったりする。


 入り口——魔女のやって来た方から見て、正面と左右にも通路が伸びている。その右側の通路を魔女は歩いて奥まで向かう。


 ガラスドームから天井に変わる。左右が壁に、広い通路の端にも展示物が置いてあり、岩石やら小さな機械のような物が展示台の上に置かれている。それらを目視で確認しながら歩く。


 ところどころ扉は無いが木製のアーチの付いた小展示室の入り口になっている。その内の一つに魔女は足を踏み入れた。


 中央にはなにやら長方形型の大きな機械がある。エンジンと呼ばれている形の機械には、噛み合った剥き出しの歯車がついている。


 その前後——一番面積の狭い部分は開くことができ、中を覗くと向こう側が見えるようになっている。魔女はその片方に片手で持てる大きさの石を入れて蓋を閉じた。


 そして杖を取り出して一振り。光の蝶が飛び立ち、機械に当たって消えた。するとガションと、機械が動き始めた。ガタガタと歯車が回りだし、少しずつだが熱を発し始める。


 しばらく待つと、徐々に機械の動きは鈍くなり、歯車が止まると同時に、蓋が開いていた方からお盆に乗った食事が現れた。


 米に肉、野菜にスープ。その全てから湯気が立っている。


「肉か……」


 ちなみに魔女は魚の方が好きだった。


 お盆を取り出し、またさっきと同じ様に石を置いて蓋を閉じて杖を振る。


 続いて出てきたのはパンに肉、野菜にスープだった。


「…………」


 米とパンしか変わっていないじゃないか、と心の中でツッコんだが、心の中ではそのツッコミに『豚肉と牛肉だからお肉も違います~』という反論を受けた。


「思い出すべきでは無かったか……」


 重く息を吐いた魔女は、両手にお盆を乗せながらガラスドームまで戻る。未だだらしなく眠っている少女を足で軽く突っついて言う。


「起きろ、ご飯だ」

「ごはん⁉」


 さっきまでの起きなさはなんだったのか、寝ている最中のよだれか、ご飯と聞いて出たよだれかを手で拭いながら起き上がる。


「ごはん? ごはんって言いました? どれ? どれ? これ? これ⁉ これぇ⁉」

「落ち着け」


 そう言って、少女に背を向ける魔女。次に向かった先は、博物館の出入り口の反対。いくつか扉があったが通り過ぎ、進んだ先に出入り口は無いのだが、そこは人が二人で食事を摂るのにおあつらえ向きのスぺースになっていた。


 魔女はそこにある長方形のテーブルの上にお盆を置く。自分の方に米のお盆、少女の方にパンのお盆を。そしてスプーンとフォークも用意する。


「朝はなにを飲む? 水か? 茶か? コーヒーか?」


 近くに備え付けてある棚から取ったカップをテーブルに置いて少女に問いかける。しかし少女はご飯に目を奪われているらしく答えない。とりあえず魔女は水を二人分カップに入れて椅子に座る。


「座れ、そして食べろ」

「えっ、いいんですか⁉」

「駄目だと言えば?」

「いただきます!」


 少女は早速フォークを握って肉にかぶりついていた。


 声こそ出せていないが、表情と動きが、この食事が口に合ったことを伝えてくれる。魔女はなにも言わず。黙々と食事を摂る時間が始まる。


 やがて——。


「どうした、急に泣き出して」


 少女の鼻をすする音が聞こえて、魔女は食べる手を止める。魔女はまだ半分以上残っているが、少女は食事もう全て食べていた。


「もしかして、足りなかったのか?」


 それなら、この少女のことだから自分のご飯を奪おうとしてくるだろうから、なにか違う理由があるのだろう。そう思っていた魔女の声はいくらか優しい声だった。


「いや……こんなに……こんなに食べられて…………お腹いっぱいに……なれて……」


 絞り出すように、つまりながらもなんとか伝えようとする。が、涙と鼻水で顔を汚した少女の表情が辛そうだった。


 自然と魔女の手は、少女の頭に乗せられた。


「そうか。無理はするな、話しにくいことは、無理に話さなくてもいい」


 こくりと頷いた少女は、水を一口飲んで呟いた。


「オレンジジュースが良かった……」

「元気になってなによりだ。少し休んだら身体を洗う場所に連れてってやる」


 力無く、だけど嬉しそうに、安心した表情で頷く少女である。

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