忘れ去られた博物館 3
再び地下の部屋に戻って来た魔女は、今度は椅子に腰を落ち着かせた。
光の蝶が天井に吊るされているランタンの中に留まり、部屋の中を温かに照らす。太陽とも星の光とも違う、暖色の柔らかい光。
固い背もたれだが、魔女は遠慮なくもたれかかり深く、深く息を吐く。そして物で溢れかえっている机の上で手を伸ばして、壁に掛けているペンダントを手に取る。
紐は革でできていて、ペンダントトップは半月型に加工した石鉄隕石。お世辞にも綺麗な出来とは言えないが、作り手の願いというものか、心が温かくなる気がする。
まだこんな感情を持っているのかと、魔女は自身の心に驚きながら、ローブのポケットにペンダントを忍ばせる。
「忘れていたつもりなんだが、何十年経っても忘れられないらしい」
誰に聞かせるでもなく、ただ呟いた魔女は枕だけとなったベッドに横になり、ローブを毛布代わりにして目を閉じた。
音も無く部屋を照らす灯りが消えて、完全な闇の世界。それでも、魔女にはあの時見た宙が見えていた。それは夢か現実か。別に現実でもいいし、夢でも構わない。
◎
翌日、魔女は暗闇の中目を覚ました。
外が明るくても、地下の部屋には太陽の光は届かない。それでも魔女は決まった時間に起きることができる。時計は無くても、何十年も繰り返していることだ。
起き上がった魔女は、布団代わりにしていたローブを羽織りながら、暗い階段を上る。徐々に階段が照らされて、階段を上りきった魔女は目を細める。
いつも通りに、通路を歩いてガラスドームの下へ。そこにあるいつもとは違う光景。せっかくの毛布を蹴飛ばして、唸りながら眠っている少女。
敷布団代わりになるであろう長さの月白の髪。前髪も伸びっぱなしで顔が隠れている。
そして小汚い。
「おい、起きろ」
魔女は少女を見下ろし声をかける。しかし、少女は深い眠りの中にいるらしく反応は無い。
どうしたものか、魔女は二度瞬きをした末、しゃがみ込んで少女を揺することにした。
「起きろ、朝だぞ」
それでも反応は無く、とりあえず冷たい目線を向けた魔女は、先に食事だけでも摂ろうと展示室内を移動する。
大きな展示物はこのガラスドームの展示室にあるが、他にも小さいながらも展示室はある。外から見れば単純な建物だが、その中は複雑だったりする。
入り口——魔女のやって来た方から見て、正面と左右にも通路が伸びている。その右側の通路を魔女は歩いて奥まで向かう。
ガラスドームから天井に変わる。左右が壁に、広い通路の端にも展示物が置いてあり、岩石やら小さな機械のような物が展示台の上に置かれている。それらを目視で確認しながら歩く。
ところどころ扉は無いが木製のアーチの付いた小展示室の入り口になっている。その内の一つに魔女は足を踏み入れた。
中央にはなにやら長方形型の大きな機械がある。エンジンと呼ばれている形の機械には、噛み合った剥き出しの歯車がついている。
その前後——一番面積の狭い部分は開くことができ、中を覗くと向こう側が見えるようになっている。魔女はその片方に片手で持てる大きさの石を入れて蓋を閉じた。
そして杖を取り出して一振り。光の蝶が飛び立ち、機械に当たって消えた。するとガションと、機械が動き始めた。ガタガタと歯車が回りだし、少しずつだが熱を発し始める。
しばらく待つと、徐々に機械の動きは鈍くなり、歯車が止まると同時に、蓋が開いていた方からお盆に乗った食事が現れた。
米に肉、野菜にスープ。その全てから湯気が立っている。
「肉か……」
ちなみに魔女は魚の方が好きだった。
お盆を取り出し、またさっきと同じ様に石を置いて蓋を閉じて杖を振る。
続いて出てきたのはパンに肉、野菜にスープだった。
「…………」
米とパンしか変わっていないじゃないか、と心の中でツッコんだが、心の中ではそのツッコミに『豚肉と牛肉だからお肉も違います~』という反論を受けた。
「思い出すべきでは無かったか……」
重く息を吐いた魔女は、両手にお盆を乗せながらガラスドームまで戻る。未だだらしなく眠っている少女を足で軽く突っついて言う。
「起きろ、ご飯だ」
「ごはん⁉」
さっきまでの起きなさはなんだったのか、寝ている最中のよだれか、ご飯と聞いて出たよだれかを手で拭いながら起き上がる。
「ごはん? ごはんって言いました? どれ? どれ? これ? これ⁉ これぇ⁉」
「落ち着け」
そう言って、少女に背を向ける魔女。次に向かった先は、博物館の出入り口の反対。いくつか扉があったが通り過ぎ、進んだ先に出入り口は無いのだが、そこは人が二人で食事を摂るのにおあつらえ向きのスぺースになっていた。
魔女はそこにある長方形のテーブルの上にお盆を置く。自分の方に米のお盆、少女の方にパンのお盆を。そしてスプーンとフォークも用意する。
「朝はなにを飲む? 水か? 茶か? コーヒーか?」
近くに備え付けてある棚から取ったカップをテーブルに置いて少女に問いかける。しかし少女はご飯に目を奪われているらしく答えない。とりあえず魔女は水を二人分カップに入れて椅子に座る。
「座れ、そして食べろ」
「えっ、いいんですか⁉」
「駄目だと言えば?」
「いただきます!」
少女は早速フォークを握って肉にかぶりついていた。
声こそ出せていないが、表情と動きが、この食事が口に合ったことを伝えてくれる。魔女はなにも言わず。黙々と食事を摂る時間が始まる。
やがて——。
「どうした、急に泣き出して」
少女の鼻をすする音が聞こえて、魔女は食べる手を止める。魔女はまだ半分以上残っているが、少女は食事もう全て食べていた。
「もしかして、足りなかったのか?」
それなら、この少女のことだから自分のご飯を奪おうとしてくるだろうから、なにか違う理由があるのだろう。そう思っていた魔女の声はいくらか優しい声だった。
「いや……こんなに……こんなに食べられて…………お腹いっぱいに……なれて……」
絞り出すように、つまりながらもなんとか伝えようとする。が、涙と鼻水で顔を汚した少女の表情が辛そうだった。
自然と魔女の手は、少女の頭に乗せられた。
「そうか。無理はするな、話しにくいことは、無理に話さなくてもいい」
こくりと頷いた少女は、水を一口飲んで呟いた。
「オレンジジュースが良かった……」
「元気になってなによりだ。少し休んだら身体を洗う場所に連れてってやる」
力無く、だけど嬉しそうに、安心した表情で頷く少女である。




