星空の街 2
木々が生い茂る森の中、葉を照らし降り注ぐ太陽の光。真昼の森に、心地の良い風が吹き抜ける。
「なんか……いいですね……来る時とはまた違った感じです」
「そうでしょ? ルーナはどう? 外に出るの百年以上ぶりじゃない?」
「知らん」
——こんなに楽しそうに歩くのか。
半歩後ろ歩きながら、ルーナは思わず口を衝いて出そうになった言葉を飲み込む。この言葉で蓋をしなければ、とめどなく言葉が溢れ出てしまう。
深呼吸をしたルーナは一度後ろを振り向いた。
「……見えなくなったな」
「ん? ああ、そうだね。でも大丈夫、あの場所は無くならないよ」
歩く速度を遅くし、ルーナに並ぶヒマワリ。ヒマワリと手を繋いでいるエミももちろん同じだ。
「もう少ししたら、景色が変わってくるかな」
それから歩くと、ヒマワリが言った通り辺りの様子が少しずつ変わってきた。木々の並びが、どこか規則的になってきたのだ。まっすぐ歩くことができない森の中から、真っすぐにしか歩けない森になってきた。
「外にもこんなことがあるのか」
「ううん、まだこれは博物館の中みたいなものだよ」
木が並び、重なり合いトンネルを作る。地面は落ち葉が埋め尽くし、歩く度にしゃりしゃりと楽し気な音が鳴る。太陽の光が照らし、行く先を光のカーテンが覆う。
「あの先が、外の世界だよ‼」
「この景色覚えてますよ!」
はしゃぐヒマワリとエミに置いていかれそうになるルーナ。その手を、ヒマワリは優しく、されど力強く握る。そして駆け出し、広い世界へ飛び出した——。
光をくぐると、目の前に広がるのは緑の草原。目を凝らせばベージュの石で作られた家が点在しているのが分かる。
空はどこまでも広がる青い空。博物館にいては絶対に見られない景色。
「夜はこの空を星が埋め尽くすんだよ!」
その言葉を聞いたルーナの、ヒマワリの手を握る力が強くなる。
「それを見る時間になる前に終わらせるぞ」
「ルーナにも見てほしいんだけどなぁ」
「そうですよ」
ルーナはヒマワリを引っ張りながら剥き出しの土でできた道を歩く。どこに行けばいいのか分からないが、この会話はしたくない。
「まずは駅に行こうか。多分だけど、エミちゃんはこの場所知らないよね?」
ヒマワリに話を振られ、エミは周囲を確認した後答える。
「無いですね。あれ? あの木のトンネルは通ったんですけど……」
あの道は通ったのだが、そこに行くまでの道のりで、こんな長閑で綺麗な草原は通っていない。
それはどういうことなのだろうか? その疑問の答えは無い。
「でしょ? 僕もいまいち分からない!」
「えぇ……」
「来るのは多分、地図を見ればなんとでもなるけど、出る時はランダムっぽいんだよね。……でもあの博物館に人が来ている時は来た場所に戻れてたはずだし……えっ、分かんない」
「わたし達戻れますよね……?」
ヒマワリが不安になることを言ったせいで、エミも不安になってしまう。
「それは大丈夫」
帰れなくなることは無い。そこは自信を持って言うことができる。
「百年以上住んでいても分からないことってあるんだなぁ……」
「なにを一人喋っている。駅ということは、汽車でも走っているのか?」
「あ、うん。ここら辺はまだ汽車だから。発展している国なら、電気で走る電車っていう乗り物もあるよ」
「電気? 雷でも使えるようになったのか?」
「それは無理なんだって。雷が強すぎるみたい」
「そうか」
「また二人で難しい話してる……。わたしにも分かる話してくださいよ」
また会話に置いていかれそうになったエミは、三人でいるのなら、三人で話をしようと唇を尖らせた。
「そうは言っても、もう駅が近いしなぁ」
そうこうしているうちに、草原の中に灰色の道が現れた。それは整備された街道ではなく、よく見ればその上に二本の鉄製の棒が伸びており、等間隔に木が枕のように敷かれていた。
「これが線路だ。汽車が通る。蒸気で動く。汽車に乗れば歩かなくても移動できる」
「おー、流石館長。分かりやすい」
その線路の近くには木でできた小さな建物が建っていた。線路を左右から挟むようにだ。
「これが駅舎。汽車はここに止まって、その間に乗り降りをするんだよ。次が来るまでまだ時間かかりそうだね。取りえず座ろっか」
駅舎はなだらかなスロープになっており、その上を歩くと木の軋む音がした。三人で手を繋ぎながら駅舎の入り、人のいない駅のベンチで座る。
「なにも無いな」
まっすぐ前を見つめながら、暇そうにルーナが呟く。
「まあ、そういう場所を選んだからね」
「ランダムじゃなかったのか?」
「ランダムだよ! でも、人の少ない、長閑な場所の方が良いなーって願いながら歩いていたから」
「別に私は街の近くでも良かったんだぞ」
「でも、エミちゃんは疲れちゃうかもだったし」
「わたしはこういう場所の方がいいでーす」
「ほらね☆」
誇らしげなヒマワリである。
◎
それからエミの疑問に答えたり、中身の無い話をして時間を潰していると、腹の底に響く音と嗅ぎ慣れない臭いがした。
「おっ、来たね」
立ち上がったヒマワリの視線を追うと、線路の上を巨大で黒い鉄の塊が黒煙を吐きながらやって来た。その迫力にルーナも感心し、エミは声を上げていた。
黒い先頭車両が三人の前を通過して、その後ろには動く家とでも言える、客席の車両が二両連なっていた。駅にはその客席が止まる。汽車が大きな息を吐き、扉がスライドして開いた。一番後ろの車両から二人、人が降りて、それと入れ替わるように三人はヒマワリを先頭にして、一番前の車両から乗り込んだ。
中は向かい合わせのボックス席。満席にはなっておらず、座る場所を選ぶことができる。
扉は車両の左右にあり、乗り込んだ三人の向かいにも同じ扉がある。ヒマワリはその向かいの扉の上を見る。丁度扉と天井の間のスペースだ。そこにはこの汽車が止まる場所が書かれている。
「少し、汽車を楽しむ時間になりそうだね」
一番近くの席に座る。四人が座れるその席に、ヒマワリとエミが並び、向かいにルーナが座る。
扉が閉まり、ゆっくりと汽車が動く。
「動きましたよ」
窓に顔を近づいているエミである。
程なくして、制服と帽子を着た人物が歩いてきた。
「切符です」
「ありがとう」
小さなエミでも片手で隠せそうな、小さな長方形の紙を三枚、ヒマワリが受け取る。
「なんですか? それ」
「切符だな」
「そう。この駅から乗りましたっていう証明証みたいなもの。これを降りる駅が近づいたらさっきの車掌さんに渡して、その分のお金を払うって感じ」
「おー……なんかいいですね」
「無くすなよ」
受け取った切符をまじまじと見るエミにルーナが言う。
「無くしたらどうなります?」
「お金がかなりかかる」
「えっ、じゃあ預かってください……」
大人しく切符をヒマワリに返す。この路線ならそ無くしてもそれは無いだろうが、無くされたらそれはそれで車掌に申し訳ないため、預かることにする。
「このシステムは変わっていないのか?」
「いや、こういうかなり田舎の路線だけ。国の中心とかにいけばもっと便利だよ。改札っていう、自動で色々やってくれる機械がある」
「そうか。便利な世の中だな」
「そうだね。でも、また同じ結末に行きつくのかもしれない」
少し空気を重たくしてしまったと思い、慌ててヒマワリは違う話題を振る。
「どう? 早いでしょ、エミちゃん」
「はい! なんかもう歩くのが嫌になりますね。これで移動したいです」
「そんな広さは無い」
「そこはなんとかしましょうよ」
「煤で汚れるしうるさいだろ」
「館長の意地悪~」
空気を重たくしてしまったと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。
それに少し安心して、ヒマワリも汽車の旅を楽しむことにした。




