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Proto:分断から繋がるこの世界での生  作者: 惰子兎/惰怯晴真
第一章 『恐怖に満ちた初日』

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第一章2 『行方不明の子供を探す旅』

 ――男は視線を落とし、明らかに心配の色を滲ませた瞳で日向を見つめていた。その視線を受けた日向でさえ、胸の奥に小さな罪悪感を覚えるほどだった。しかも、その男は隣にいる女性――おそらく妻なのだろう――の手を、ぎゅっと握りしめている。その姿を見て、日向の罪悪感はいっそう強くなった。

 日向は、他人の感情を扱うのがとにかく苦手だった。むしろ、相手の気持ちなんて知らないふりをしてしまったほうが楽だと思っている。誰かの感情を受け止めてしまえば、その人を少しでも前向きな気持ちにさせるために、何か励ましの言葉をかけなければならなくなるからだ。そんなこと、日向にはあまりにも難しかった。


 それでも日向は、地面をしっかりと踏みしめ、不快な冷や汗を振り払うように小さく息を吐いた。


 そんな彼女の「話を聞く」という意思を感じ取ったのか、筋骨隆々とした男は口を開いた。


「――こんな頼みを、それも子供のあにゃたにするのは申し訳にゃい。ですが……どうやら、あにゃたには責任感があるようですにゃ。俺はバリグナ・クレンドキン。そして、こっちは俺の妻、バリグナ・ローフです。実は、娘がどこかへ行ってしまってにゃ……もう一時間ほど、ずっと探しているんですにゃ。あにゃた、読み書きができにゃいんでしょう? もし俺たちを手伝ってくれるにゃら、あにゃたが勉強に使いたいと思っているもののために、必要な分の金くらいは喜んで貸しますにゃ」


「……警察に相談したほうが、賢明なんじゃない?」


 日向は眉をひそめ、訝しげに片眉を上げた。


「――警察? 騎士団のことを言ってるんにゃら、あにゃたの言う通りかもしれにゃい。だが、騎士団に知らせれば、大事ににゃる可能性がある。だから、騎士団を頼る前に、まだ時間があるうちに俺たち自身でできることをやっておきたいんだにゃ」

 途方に暮れた様子の夫婦を前に、日向は少し呆れたように息を吐いた。


 十五歳の少女に、まるで探偵のように行方不明の娘を探せというのだ。どう考えても無責任だし、馬鹿げている。それでも、自分の能力に対する自信と、先ほど男から「責任感がある」と言われたことが、日向の中でせめぎ合い、彼女を承諾へと傾けていった。


 そもそも、一番責任のある行動は、お金を稼ぐことだ。日本円なんて、ここじゃ使えないだろう。

 お金がなければ飢える。飢えれば死ぬ。どこぞの腐ったホームレスみたいに、飢え死になんてしたら、それこそ無責任極まりない。あの男は私を「責任感がある」と言ったんだから、私は責任感のある人間でいなきゃいけない。


 ――まあ、私はどうせ責任感のある人間なんだから、あいつが私をどう思ってるかなんて関係ないけど。


「分かった。私の善意で、あんたたちの娘を探してあげる! 私にできることは、全部やる!」


 緊張で顔を赤くし、止まらない汗を流しながら、日向は唇をきゅっと結んだ。そして、覚悟を決めたような表情で二人を指差した。


 目の前の夫婦は顔を見合わせる。それから男――クレンドキンは腕を組み、険しい表情のまま、力強く頷いた。


「――分かったにゃ。だが、もし日が暮れても戻ってこにゃかったら、その時は騎士団へ相談するつもりだにゃ。娘の名前はチューリップ。見ての通り、この母親によく似た子にゃ。あにゃたなら、きっと見つけられると思うにゃ」


 ――どこへ行っても、大人はみんな私を気に入るんだよね。そりゃそうだよ、当然じゃん。それにしても、こんなことを私に任せるなんて、この大人、ちょっと馬鹿なんじゃない? まあ、文句を言うつもりはないけど。

「分かった! すぐ戻ってくるから!」


 そう言い残すと、日向は夫婦をその場に残し、賑やかな街へと足を踏み出した。


「――元の世界じゃ、私はいつだって街の注目の的だったんだから。こっちでも同じくらい有名になるなんて、難しくないでしょ。きっと『聖女・日向』とか、カッコいい二つ名まで付けてもらえるんだ。アイドルくらい有名になれるかも。まあ、アイドルになりたいって思ってたなら、本当になれたと思うけど。だって私、めちゃくちゃ可愛いし」



                △▼△▼△▼△



 まず第一に、日向は自分が今どこにいるのか、まったく分かっていなかった。


 クレンドキンから「迷子の子供を探す」という依頼を引き受けてから、およそ三十分。簡潔に言えば、その三十分間、日向はただひたすら同じ場所をぐるぐる回っていた。


「――こんなの、完全に馬鹿じゃん! 方向音痴丸出しで走り回ってたら、どう見てもただの間抜けにしか見えないじゃん……。私、責任感のある人間のはずなのに」


 その場の雰囲気にすっかり飲み込まれ、日向は一瞬、自分が見知らぬ場所にいるという事実さえ忘れていた。

 もしここが巨大なゲームの世界だったら――実際、かなりゲームっぽくもある――自分で攻略するなんて絶対にせず、攻略動画を見て済ませていただろう。今どき、そんな人はいくらでもいるし、攻略動画がネットで何百万回も再生されるのも当然だ。

 残念ながら、今の日向にはインターネットへ繋ぐ手段などなかった。接続を試すたびに表示されるのは、「申し訳ありません」とでも言いたげなエラーメッセージと、自分と同じくらい悲しそうな顔をした猫の画像だけだった。


「最悪……。もう、さっさと家に帰してよ」


 そもそも、日向が最初からやる気になった理由だって、この依頼でお金が手に入る可能性があったことと、見知らぬ街で人気者のように扱われる機会が得られるかもしれないと思ったからだ。

 もしそんな利益や可能性に気づいていなかったなら、日向はあの未熟で自分勝手な大人たちを正面から叱りつけ、そのまま背を向けていたに違いない。


「普通なら、地図とか渡されるもんじゃないの? それで、真っ赤な目印でも付けてあるとかさ。どうやら、私が思ってたのとは全然違うみたい……。なんで私って、いつもこういう都合のいい想像ばっかりするんだろ。私って本当に、どうしようもない人間だな」


 日向は自分自身を責めながら、自分の無力さを痛いほど思い知らされていた。


 何をすればいいのかすら分からないまま、何かをやってみたのだ。ならば、こんな結果になったのも当然だった。これは自分自身の責任であり、文句を言える余地など、ほんの少しもないはずだった。


 ――私のせいじゃない。そもそも、私が突然現れたって、あいつら自身が言ってたじゃん。だったら、いきなり全部を私に押しつけるんじゃなくて、少しくらい助言してくれてもよかったでしょ。私だって困ってるかもしれないって、少しは考えてくれてもよかったじゃん。あんなに何も考えなくて、自分勝手な人たち、本当にムカつく。


 それでも日向は文句を並べ、当然のように周囲の人間へ責任を押しつけていた。


 ――あの女を連れてくればよかった。そうすれば、何か成果を出せたかもしれない。でも、あいつまで連れてきたら、私に報酬を払う意味がなくなるよね? ただの補助役みたいに扱われて、私が期待してた金額より絶対に少なくなる。


「くそ……。しかも最悪なことに、文字も読めないじゃん」


 周囲を見回しながら、日向はあちこちにある看板や札へ目を細めた。この世界の言語は、幾何学の図形か、あるいはエジプトの文字を思わせるような、どこか象形文字めいたものに見えた。

 日向はエジプトの文字なんて読めないし、幾何学なら得意だったが、そこに描かれている幾何学的な要素が何を意味しているのかまでは分からない。結局、それらの文字は日向にとって何の意味も持たなかった。


「この世界の文字、最悪なんだけど……。外国人への配慮とかないわけ? せめて下に翻訳くらい付けてよ! そもそも、これ何語なの!? 英語みたいに私が普通に話せる言葉だったら、もっと楽だったのに!」


 日向は呻きながら唇を思いきり尖らせ、苛立ちと呆れが入り混じった表情を浮かべていた。


 異世界に放り込まれた挙げ句、腹を刺され、その直後に慰めてもらうどころか、いきなり依頼まで押しつけられる。今の日向にとって、これ以上ないくらい最悪な状況だった。


「なんなの、この最悪な状況! せめて何か魔法くらい使わせてよ! 千里眼とかさ。……いや、千里眼があったとしても、ちゃんと使えるのかな? ……ううん、絶対使える。私は頭のいい女の子だし、この世界に選ばれて来たんだから。初めてでも使えないわけないじゃん」


 日向は目を閉じ、意識を集中させようとした。

 能力なんて使ったことはない。けれど、そういうものは意識を集中させ、心を落ち着ければ使えるものだと聞いたことがある。だから、とりあえずそれらしく試してみた。

 しかし、まぶたの裏に広がる真っ暗闇を十秒ほど見つめたところで――日向は諦めた。


「最悪! 何も見えなかったじゃん!」


 日向は苛立たしげに叫び、地面を踏み鳴らした。


 これは明らかに、主人公がチート能力を手に入れるような物語とは程遠い。むしろ、何の力も持たない普通の人間が、超常的な力を持つ人々だらけの世界へ突然放り込まれる――そんな物語に近かった。


「だったら、バターをたっぷり塗った、ものすごく強いトウモロコシに生まれ変わって、高級そうなお皿に乗せられてたほうがマシだったかも……。アニメって、主人公が変なものに転生する変な定番ネタとかあるじゃん?」


 またしても、不満の言葉が日向の口から次々とこぼれた。

 やがて日向は歩いていた通りを離れ、勢いよく流れる川に架かった小さな石橋へと向かった。川は広大な街を横切るように流れており、人が泳げるくらいには深い。

 気落ちしたまま、日向は橋の欄干へ腰を下ろし、水面の上で足をぶらぶらと揺らした。高さはせいぜい数フィート程度だ。ちゃんと落ちれば、衝撃もそれほど酷くはならないだろう。


「くそ……」


 退屈と敗北感を滲ませた目で、日向はゆっくりと足を組んだ。


 しかし、ようやく一人きりの静けさに安らぎを求めようとした、その時だった。橋へ続く道のほうから、泣き声と、苛立った大人の男の呻き声が聞こえてきた。その声を耳にした瞬間、日向の表情が一変する。

 視線を向けると――一人の男の手が、幼い少女を路地裏へ引きずり込もうとしていた。

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