【第809話:それぞれの覚悟】
ヴァルサール帝国のメディアを通じ、世界中に意思が発信された。
ラウメン聖王国との極秘会談中に皇帝アストレアの暗殺未遂が有ったと。
釈明を求める事無く、実力をもって報復すると宣言したのだ。
アストレアは意識を戻し体調にも問題がないが、念のためしばらくは静養するとも同時に発せられた。
「レンカ先輩‥‥これ不味いですよね‥‥戦争になっちゃう?」
帝都新聞国際部のクララは、仲の良い先輩同僚のレンカにたずねる。
2人だけで化粧室に来ているので、遠慮のない態度に成っていた。
記事自体は別の者の仕事だが、同じ部署として発表よりも前から情報は得ていた。
「‥‥戦争を仕掛けたんだよ。勝てる見込みが有るのだと信じたいな」
冷静さを保つレンカの中には、信頼を寄せる男の横顔が浮かんだ。
シャラハ・ホークは少し前に引退し、帝国を去ったとも噂があった。
レンカはまた一人、心ある者が去ったのだと憂いていた。
帝国ではこの10年に、すっかり上層部が入れ替わり、そうでなくとも実際の力は奪われていたのだった。
「カヴィール元帥すら前線に送ったという。この流れを停められる者が帝国にはもういない‥‥」
普段頼もしいレンカの声に、寄る辺ない心もとなさを見出しクララはふるえる。
かつて何度も帝国の野望に立ち向かったナライン将軍の血を引く後継者。
クララが最も信頼する将サーライン・ヴァル・サルディアもまた、親帝国と成っている祖国アヤンタを離れたとの情報を得ていたから。
この世界にももう帝国を止められる者は居ないのだと。
砂漠の中に整備された広い道が伸びる。
サンガマラ王国で受け取った東方の貨物は半分近くをこのルートから帝国へと運ばれていた。
その砂漠を貫く動脈を断ち切るように前線が敷かれる。
左右に広く展開された軍を率いるのは、伝統に則り氏族をまとめる王だ。
24氏族の頂点にある七王の内、三人までがこの前線にいる。
その一人はアイン・サリムの名を持つ大王。
最もヴァルサール帝国に近いここに領地を持つから。
かつては騎馬を連ねた戦場には、今鋼鉄の車両が並んでいる。
合間には伝統の騎馬兵もいるのだが、掲げるのは槍ではなく小銃だ。
(わずか40年で‥‥こうも変わるものだろうか)
近年ラマディン首長国連邦において、最も近代化を進めたとも言われるアイン・サリムの王は、幼き日の初陣を思い起こしていた。
王が初めて体験した戦争は、血と肉と鋼の世界だった。
恐ろしい蛮族の気勢を今でも覚えている。
ただ父の背に庇われ逃げ回った合間に見たのは、そんな戦いだったのだ。
王も前線に出るので訓練したが、この小銃でさえ顔も判らない距離の敵をほふるのだ。
戦車砲や、ましてや重砲や航空機からでは、殺した相手を敬い祈ることは出来ないとも感じられた。
10㎞程先には同じように戦車と歩兵で街道を封鎖するヴァルサール帝国の陸軍が小さく見えている。
こちらを倍する数を揃えて、輸送機らしい航空機も何度か本国から飛んできた。
(脅しだけで終わってくれればいいが‥‥)
王が率いるアイン・サリムの軍にも若者が多くいる。
そして家を持つものが大半だ。
背に守る街々には、王が守るべき数万の家族達がいるのだ。
勝てそうもないと撤退することは出来ない位置だった。
ここまで変わってしまった戦争が、何を成すのかは南方のミラサネルで示されている。
かつて報告を聞いて、その戦場には祈りは無いのだなと王は嘆いたのだった。
言葉も通じない蛮族ですら、死者に祈っていたのにと。
オアシスの街オンディーヌを超え、砂漠に進駐したのはヴァルサール帝国陸軍。
かつてミラサネル共和国を踏みにじった暴力を支える軍隊。
その大半は車両や戦車に搭乗する練度の高い兵達。
10㎞程度の距離は一声かかれば瞬時に超えられる距離だ。
率いるは救国の英雄とも帝国では賞されるカヴィール元帥。
厳しい横顔には、老練さを伺わせる深いしわがたたまれる。
指揮車両の後席にどっかりと座り、汗も流さないのは現役の将官だと告げる姿勢。
頼もしく感じる士官たちは、戦力差もあり余裕すら感じる。
こちらを率いるのは帝国の英雄だぞと。
齢70を超えたはずのその体躯には、まだまだ現役の貫禄がある。
智将としても知られるその心中にはどんな策が練られているのであろうと、憧れの目を向ける若い軍令部の士官達。
誰にもその厳しい横顔からは心中は察せられないのだった。
(ちくしょう!ハーグリーブスのこわっぱがぁああ!!)
カヴィール元帥は、心中穏やかではなかった。
この東部戦線はもちろん脅しだ。
主たる目的は聖王国の運営する空港の占拠。
帝国の喉元とも言えるこの位置へ、航空機による輸送を許せないと踏み込んできた。
含めた意味としては、同盟国たるラマディン首長国やラカン・ラマン王国に釘を差しに来たのだ。
まさか逆らわないよなと。
いつでもこうして攻め落とせるのだと、展開して見せるだけ。
実際に世界をすべて敵にしては、帝国といえども苦労する。
南方や東方でしか手に入らない、アルミやチタン等鉱物や食料の一部は輸入に頼っているのだ。
国家としても、戦略としても多方面に敵を持つのは好ましくない。
――まあのんびりしていて下さい御老公
そういってにんまりとハーグリーブスに送り出されたのだ。
言葉としては爵位でも階級でも上のカヴィールを敬っているのが、むしろ小憎らしい。
本来ならば軍内部の作戦を全て統括するはずの元帥を、皇帝アストレアの名前でこの地に送り出したのだ。
――救国の英雄の名は、東方世界にも響いておりますので。
静かに宰相ヴァレリーもそう補足したが、明らかに邪魔だと追い出されたのだ。
帝都アズラントに残った彼らが何を企んでいるのか、想像はついていた。
今帝国が最も予算を注ぎ込んでいるのは海軍なのだからと。
この突然のヴァルサール帝国の発表に、ラウメン聖王国では会見の準備を進めていた。
貿易港としても開かれているルーディアの港近くに、巨大な国際ホテルを構えている。
その純白の外壁には南方の熱い日差しが容赦なく降り注ぐ。
各国からもこの都市には駐在員が多く、メディアの記者も多数訪れていた。
その中で身分さえ明かせば無制限に招き入れ、会見場前のホールには100名近い記者が首を並べていた。
中にはVINの腕章をした、帝国のメディアもいる。
「ひさしぶりだな‥‥戦場以外でも仕事してるんだな?」
中年の貫禄ある記者は、ミラサネル共同通信と腕章をする。
笑みを帯びて話しかけた相手はラカン・ラマンの新聞社記者だ。
「お互いにな‥‥前はカルサリクだったか?」
戦場までも取材する最前線の記者同士は、かなり親密にも成る。
ライバルでもあるが、情報の共有なくば命に関わる取材もあるのだ。
「‥‥毎度思うがラウメン聖王国は堂々と門戸を開くな」
ミラサネルの記者が言う。
記者を含めた国民の大半は親ラウメン聖王国だが、ミラサネル共和国は外交上ヴァルサール帝国の同盟国と成っている。
その中でも出てくる疑問で、憂いでも有った。
「前に聖騎士ルクールの会見でも言っていたな。好きなように書いて下さいと」
ラカン・ラマンの男も揶揄ではなく、憂慮を多く含んでいた。
「それだけ自信があるのだろう‥‥その信仰に」
ラウメン聖王国は女神への祈りによって成される国と宣言している。
言葉通りに振る舞っても来ていた。
弱きに援助を惜しまず、侵すことなく侵されずと。
「お待たせしました、お入り下さい」
よく通る低い声は、こういった場によく見るサフィール聖礼士のもの。
サフィール女史が、アヤンタ王国の名将ナラインの実子だとは有名な話だ。
落ち着いた笑顔からは何も読み取れず、言われたように進むしか無いのだった。
この世界の分岐路に踏み込む会見に。




