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【ヘリカルスパイラル】  作者: Dizzy
第3部 第24章
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【第805話:機に因りて法を説く】

 アストレアに仕込まれていた式は、もちろんアウレリアの手妻。

目的はヴェスタのスキャンだった。

これは賢者ヴェルニアスからの指示でもあったので、可能な限りの細かなデータを取った。

霊子的な観測だけではなく、賢者ヴェルニアスの与えたアウレリアでも理解出来ない技術を盛り込まれていた。

一定の距離まで対象が近づいたら発動するように、アストレアの体内に式を書き込んであった。

写し取ったデータを取り出すには、アストレアを詳しく調べれば良い。

この特別な個体はNo.15・ピアチェパツミトのミラーリングを可能にするよう調整されてきたのだ。

全く同じプロトコルから記憶や知識をプリインストールし、同じように姫君として育てた。

そして今回は失われたと思われていたヴェスタを写し取り、同期を取ったのだった。

「ふふ、しばらく見ない内に随分育ってたわね?アスティ」

にんまりと微笑みのアウレリアがガラスをなでおろす。

巨大な円筒形のガラスに透明度の高い液体(フルード)が満たされている。

高度な作業のできる、大型のナノマシンポッドだ。

暗闇の中円筒の中にだけ光源があり、真っ白な体が浮いている。

黄金の長い髪をゆらめかすのは皇帝アストレア。

顔にだけクリアバブルのフェイスガードを被せてあり、胸は微かに上下する。

短時間なら限られた気体を呼吸可能に保つなど、アウレリアにとっては児戯にも等しい容易なことなのだ。

フルードに仕込まれたナノマシンがアストレアを正確にスキャンしていく。

バイタルだけではなく、その脳波や精神活動までをも。

 医師団が異常を見いだせず目覚めない皇帝を、最後のつてとアウレリア・エリオン・マルヴェルンを頼ってフローラ達が連れてきた。

そうして研究所に搬入されたアストレアを、任せなさいと引き取った。

心配して青ざめていたフローラを研究所に残し、アウレリアは本拠地とも言えるここへアストレアを連れてきている。

ポッドの性能的に研究所よりもこちらの方が精密なデータが取れるから。

大きなポッドはアストレアの身長より倍以上大きく、直径もかなりある。

身長5mもある人間が収まる大きさのこのポッドも、賢者ヴェルニアスから渡されたもの。

時々ぶわっと黒い影が足元から立ち上りアストレアを覆い隠す。

数秒で影は溶け消えて白い体が元通りに見えてくる。

特定の刺激に対する反応を見ているのか、アストレアの表情はときどき歪む。

その度に苦しみに悲しみに、そして隠しきれない喜びにと全身もふるえる。

にやにやと観察していたアウレリアが、出力されてきたデータに表情を引き締める。

3Dホログラムで表現されるその霊子的観測データに、アウレリアは今までとの違いを見いだせない。

「‥‥何が違うというの?」

ふうとアウレリアはため息。

「まあ果てに至った変人の思考を想像しても仕方ないわ‥‥この先に理想が有るとだけ分かれば良い」

その理想は尊敬する兄の、全てを捧げ尊ぶ王のものなのだから。

「そういえば‥‥」

ふとアウレリアは今まで想像したことがなかった事を思い浮かべる。

こうして同期を取った姿に覚えが有ったから。

あの戦争の後に残った同士達全員が、人間達の潜伏式が無いか調べると言って、一度ポッドに入れられた事があった。

あの時にもこうして影がデータを取っていたなと思い出した。

自分のデータも、あの男は持っているのだと、うっすらと気持ち悪さを感じたのだった。




「あぁ!アスティ!!」

ひしと涙をこぼしたフローラがアストレアを抱きしめた。

アウレリアが連れ立って、意識を戻したアストレアを連れてきたのだ。

「ごめんなさいフローラ‥‥心配かけました」

青ざめた顔色のアストレアもそっと弱々しく抱き返した。

その思いがけない柔らかさに、フローラは慌てて力を緩め、顔を覗き込んだ。

「か、顔色が悪いわ‥‥痛いところがあるの?」

ふるふると首をふるが、いつもの覇気はなく、どことなく幼さすら感じられた。

「バイタルに異常はないけれど、精神的ストレスの問題だと思うの。しばらくは安静に養生させて」

こちらも心配そうにしか見えない優しい笑みを浮かべるアウレリア・エリオン。

「彼らの放った式には悪意はなかったとだけはわかりました。無礼では有りますがね‥‥」

そういってアウレリアは式を聖王国の放ったものだと、言い切る。

わずかの間に500㎞も彼方に連れ去り、様々な負荷をかけてデータを取ったなどとはおくびにも出さない。

真実弟子をいたわる温情深い師にしか見えなかった。

ぴくと眉をうごかしたフローラはアストレアに隠れ、師にその変化を悟らせなかった。

「はい‥‥師匠‥‥‥‥われわれはどうすれば良いのでしょう‥‥」

少し躊躇してから、話題を変えるようにフローラはたずねる。

今の帝国の路線は、大半がエリオン師の教えに導かれていた。

あの聖王国の存在を全く予想だにしていなかった方針だ。

今となっては世界の情勢は大きく傾きを変えているのだった。

じりじりとアストレアを待ちながらも、フローラには今日の会合の、今後の対応のと悩みが尽きなかった。

その結果がふんわりとした問いになり、口をついてしまったのだ。

とても頼りにはできそうもない皇帝アストレアを腕に抱きながら。

「ヴァレリー達と話してみなさい‥‥同士が居ると言うのは、心強いものなのですよ」

その言葉はその昔に答えを出せずに居る弟子たちに、話してくれた言葉と同義であった。

同じ事を学び同じ悩みを抱えるというのが、得難い経験で恵まれていることなのだとこの師は時々口にする。

フローラはしっかりしなければと、決意も新たにアストレアを引き寄せる。

ただの娘のように弱々しくなっている妹を守るのだと。

そうして迎えの車が来ると、アストレア達を見送るアウレリア。

珍しく建物の出口まで付き添ってきたのは、弟子たちを労っているのだとフローラは受け取った。

小さくうなずいたエリオン・マルヴェルンに、深々と礼を取るフローラだった。

いつものように、師の最後の表情を見ないように気をつけて車中の人となる。

その瞳に想像したような光が灯っていないようにと祈りながら。


 音もあまり立てずに滑るように黒塗りの大型車が去る。

アウレリアも振り向いて研究所に戻る。

フローラが心配するような光は決して見せず。

心の内だけに秘めているのだった。

今はまだ。






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