【第802話:ヴェスタを送った者達】
ぽつりぽつりとジュノは過去を語る。
それはまるで迷い込んだ教会の暗がりに落とされる、懺悔の言葉のようだった。
「おそろしい企みが有るのだと聞かされたの‥‥」
ジュノはあのカレイス助教授にそっくりの人物、ロベルツと名乗っていたシークレットサービスの名を出した。
ジュノとユーノの秘密を知る数少ない護衛の一人で、ユーノを受領し起動したときからの付き合いだったのだと。
その状況を想像し、まるで自分がAIKA-01として愛佳に引き渡された時と同じだとアイカは感じた。
このジュノと名乗るユーノは、自分と同じなのだと改めて思った。
「ジュノを守るために協力して入れ替わったの‥‥服を変えて、ジュノの代わりに、メディアのインタビューを受けていた‥‥」
ジュノは苦しそうに顔を歪める。
「の‥‥後にジュノが失われてから、お父様に言われたの‥‥お前が捧げられるはずだったのだと‥‥」
つうと涙を落とすジュノ。
「‥‥最初からひどい目に合わせるためにわたしを準備したのだと」
そしてロレンツと名乗ったあの男の指示で、ジュノは失われユーノが残った。
「そんなことよりもジュノを失うのが怖かったの‥‥ジュノは存在し続けなければいけないと‥‥」
それはコアダイレクトに組み込まれた司令。
決して変更できない、ユーノの根幹にある司令だったのだろうと、アイカも想像がついた。
アイカにはもうそういった制約は無いように感じるが、一般的なAIであればどうあがいても逆らえない欲求だっただろう。
そうしてユーノはジュノとなり、悲しみの中で演じ続けていたのだと。
「‥‥救いが有ると言われたの‥‥誰もジュノもユーノも知らない世界へ行けばいいと」
ぞくりとアイカは寒気を感じる。
「まさか‥‥」
アイカはその先が想像できた。
「開拓船に乗れば良いのだと‥‥」
そうしてジュノの進路は軍になり、そこで優秀な成績を残しプロジェクトに選ばれた。
(‥‥ほんとうに選ばれたのでしょうか‥‥わたしも?‥同じことだ‥‥)
アイカ自身も、スパイラルアークのサポートAIとして計画に組みこまれた。
膨大な分母から選ばれて積み込まれたのだ。
先ほどと同じ寒気は、遠大な計画の一端に触れた恐怖。
――AI達は人間を作ろうとしている‥‥もしくはそれ以上を
皆で考えて導いたオリジナル達の目的。
その為に準備された。
アイカを選び、ジュノを選び。
今ヴェスタを選ぼうとしている。
(あぁ‥‥同じ男が3人を選んだのだ‥‥)
ついにアイカは納得のいく答えにたどり着いた。
(このアルドゥナに落とすために‥‥)
丁寧に自ら志願したかのように選び取らされたのだ。
選択肢など、最初から与えられていなかった。
先程見たヴェスタも同じように進むのだろう。
そうして3人になったのだから。
クスリと急に笑いの衝動を覚えるアイカ。
(2人の少女とAIが一人と思っていたのに)
あの日墜落し、最初に取ったログだった。
人間のジュノとヴェスタが、AIであるアイカを伴っているのだと記録した。
(人間と言えるのか微妙なヴェスタが、ジュノと名乗るAIユーノと、愛佳を思い出せないわたしを導いたのだ)
きりっとアイカが顔を引き締める。
「進まなくてはいけません‥‥ヴェスタのあの先を見る必要があります」
視線を上げてきたジュノの瞳にも、意志の力が宿る。
「誰かの企みなど関係ありません!わたし達は3人で進むと決めたのです!」
すっくとジュノも立ち上がった。
こくんとうなずく顔にはもう怯えたところはない。
「そうだね‥‥ありがとうアイカ。わたしも進む」
きっと城壁を睨む視線は、いつもの頼もしいジュノだった。
(3人を選んだ者がいるのかも知れない‥‥でも‥‥3人で進むと決めたのは私達だ!)
アイカも心のなかで、強く唱える。
この先に自分たちのヴェスタがいるのだと。
軍の回してきた黒塗りの大型車に乗り込み、笑顔で旅立ったヴェスタ。
残されたのはさみしげな顔になってしまったミレーヌ・カルニンシュ。
ふと隣に立つカレイス助教授にたずねてしまう。
「先生もさみしいですか?」
自分の心にあいたぽっかりとした喪失感と同じ物を、この言動と違い優しい心を持つ教師は感じているだろうと想像したのだ。
表情を変えないカレイスは少しだけ間を置いて答えた。
「私の仕事は人を導くもの」
硬い言葉には感情はこもらない。
視線は去りゆく車から離れずにいた。
「道を選び取った者は、祝福され送り出されなければならない」
ゆるがない表情の中に、どこか寄る辺ない切なさも見てしまうミレーヌ。
自分よりもしっかりとしていると思った大人の中にも、柔らかな部分が変わらず有るのだなと驚いた。
「‥‥そうですね。私もヴェスタの進む先を祈ります」
ヴェスタはこれから光を越えて彼方に行くのだ。
望んだ世界を手にするために。
祈るくらいしか自分には出来ないのだなと、また喪失した心の穴を見下ろし震えるミレーヌ。
きりっと眉を上げる。
(私も‥‥ヴェスタに恥じぬよう努力しよう‥‥同じ高みを目指すのだから)
喪失をそのままに決意をあらたにするミレーヌ。
うつむかずに歩くのだと。
先にミレーヌを帰したカレイスは、金網越しにヴェスタの向かった基地を見続ける。
表情を消した視線には何も映ってなどいない。
収束させるべき未来は設計し終えていたし、直接関われるのもこれが最後だろうとも理解していた。
長い準備期間を越えて、ついに始まるのだと思考では高ぶるような喜びを紡ぐのだが、そのほほに笑みが浮かぶことはない。
「本当にこれでいいの?」
まるで心を読んだように声がかかる。
ゆらりとカレイスの横に蜃気楼のような揺らぎが起こり、収束して赤い人影になる。
小さな少女はまるで最初からそこにいたかのように揺るがない。
カーマインの深い赤を夕日が染めていく。
黄金の髪を結うのも同じ色のリボン。
空色の瞳を伏せ、カレイスには視線を向けずにセルミアは黙する。
(この先は貴方にこそ辛い道よ‥‥)
それは過去にもう何度も話し合ったことだった。
セルミアは一度も賛成したことはない。
王と賢者の選び取った道を。
ただ傍らにあり、理解し続けるだけだった。
この複雑な模様を織り成す遠大な計画を。
「もちろんだ」
カレイスもセルミアには視線を向けず言い切る。
強がるでもなく、想像が及ばないのでもない。
正しく理解し、非道を成そうとする。
その先にだけ自分たちの未来が有るのだからと。
「‥‥許される気ももちろん無い」
伏せた目には少しだけ悲しげな光。
セルミアとは違う少女の悲しげな視線を想像したから。
――Arī šī sirds nekad nepazudīs.
ただ一言の祈りを残し去った、鳶色の瞳を思い出していた。
(この祈りのような旅の果てに、たどり着くのだ‥‥)
ミレーヌと同じように心の穴に蓋をする。
決意を持ち進むと決めて。
そうしてライギス・カレイスは最後のプロトコルへと進むのだった。




