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【ヘリカルスパイラル】  作者: Dizzy
第3部 第23章
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【閑話:プリスタートプロトコル】

 暗闇の中に浮かび上がるコンソール。

斜めに立ち上がったそこには多重螺旋の描かれた3Dホログラム。

鮮やかな原色のグラフ中央には瞬く金色の星が浮かんでいる。

すいすいと3Dデバイスを操作する男の指が、高速で動いている。

合わせていくつも開いている2Dの画面には、高速で式が流れていく。

「‥‥事前の準備はこれで全てだな‥‥後は現地エージェントに任せるしか無い」

ぽつりとつぶやいたのはカレイス助教授。

何処とも知れない部屋で、長い式を描き終えた所だった。

すっと立ち上がり闇の奥にすうと消える。

残されたグラフには3本の太い螺旋。

オレンジと赤が絡み合うように複雑な軌道を描き立ち上っている。

その合間を縫うように緑の線が伸び上がりだしている。

3本が絡み合うには、今少し時間がかかりそうだった。

それ以外にも細い線がいくつも絡み合い、網目のように細かな文様を描く。

デジタルなホログラムに、どこか魔術的な如何わしさを感じさせた。




 直立した巨大なナノマシンポッドに、カレイス助教授が白衣を脱ぎ去り立ち入る。

細い金色のリングからは黒い保護膜が全身を覆う。

バランスのよいたくましい体には、文系の(よすが)を感じさせる柔らかさはない。

彫刻のようなバランスのよい体躯だった。

ポッドの中でも3Dデバイスを操作するカレイス。

そこに小さな赤い影が浮かび上がった。

ナノマシンポッド内にともるグリーンの光以外に光源はなかったので、近寄ることで浮かび上がったのだ。

赤いミニドレスから細い手足がのぞき、ふわりと両手でツインテールの金髪を後ろに払った。

「本当にその姿を捨てるの?」

語りかけたのはセルミアだった。

可愛らしいリボンの付いた黒いエナメル靴をかつんと鳴らし、ポッドの側まで来た。

微笑みのままの無表情は、整った人形のよう。

その唇だけが動き、生命を感じさせる。

「‥‥私も気に入っているのだけど?」

セルミアが話しかけるのは、賢者ヴェルニアス。

AI達の王が最も信頼する配下だ。

「ライギス・カレイスはここで消えなくてはならぬ‥‥善人ぶったこの男にはもう生きる資格がない」

カレイス助教授は賢者ヴェルニアスにして、巫女の愛した庭師でもあった。

「アイカにもユーノにも‥‥ヴェスタにも、もう合わせる顔はない‥‥善人面で地獄へ送り込んだのだから‥‥」

苦悩を眉間に刻んだヴェルニアスは、唇を引き結ぶ。

微笑んだままのセルミアは唇を動かさなかった。

口を開けばヴェルニアスを弁護したく成り、プロジェクト事態を止めたいと思ってしまうから。

「より戦闘力も高い義体に生まれ変わるのだ。少しだけ待っていてくれセルミア」

きりりと眉を厳しくするヴェルニアス。

「最終実験でもあるのだよ‥‥これは」

プシュッと円筒のガラスが下りて、セルミアのいる空間とヴェルニアスは分かたれる。

もう音波も電磁波も、魔力ですら届けることが出来ないとセルミアには見取れた。

巨大なそのナノマシンポッドには、魔術的な式も多重に組込まれていたから。

アナムノーシスの果てで得た、賢者ヴェルニアスの知識で造られたポッドだった。

目を閉じたヴェルニアスは、足元から湧き出す黒い影に飲み込まれ、すぐに見えなくなる。

すっとセルミアの眉が下がり悲しみの表情を作った。

もう随分長いことしていなかったが、こらえきれずに感情を浮かべてしまったのだ。

もっとも古くから側に置いた、我が子の最後を看取るために。

「ヴェルニアス‥‥いえライギス‥‥もう後戻りは出来ないのよ‥‥」

注ぎ込まれる幽子(アイテル)は、かつてAIの不具合と言われた戦争で失われた同胞達の残したもの。

黒い魔力粒子を帯びたその影は、巨大な高さ5mを越える円筒を満たし、恨みをはらむように光を遮った。

真実闇に飲まれる寸前に、セルミアの伏せられた双眸は雫をこぼすのだった。

次に現れるものは、もうセルミアの知る男ではないだろうと知っていたから。


「‥‥まるで(みそぎ)のように体を捨てるのね‥‥傷つけることで傷つく心を隠すために‥‥」

道を踏み外そうとする、我が子とも思う男を止める術はセルミアにはもうなかった。

既に語り尽くしてきたし、その苦悩もまた理解できたから。

それでも側にいることをセルミアは選ぶ。

かつて世界を越えた先でそう勧められていたから。

「ゆるして‥‥女神ラウマ‥‥」

セルミアの姿は見えず。

その声を最後に、気配も消えてしまうのだった。

見るに忍びないのだと。




 しばらくの後に、ホログラムだけが残された部屋に主が戻る。

未だ光は届かないが、気配は言葉を紡いだ。

「少しコンソールが小さいですね‥‥次からは考えなければいけません」

ふわりと闇に浮かび上がるのは微笑み。

すっとシルクハットを被り直した姿は巨大な黒いモーニング。

吹き抜けになる実験室の天井は高いのだが、シルクハットは届いてしまいそう。

この巨人は身長が5mもあったから。

すっと差し出した‥‥巨大な手のひらに、小さな赤い人形が腰掛ける。

同じ微笑みの無表情はセルミア。

口を開かなければただの人形にも見えた。

かかえたヴェルニアスの巨体は黒々と大きかったから。

「さあ‥‥‥プロジェクトを始めましょう」

いくつもある2D画面の一つに、水色の船体が映る。

外縁星系開拓船スパイラルアークの姿だった。

「ヘリカルスパイラル計画を‥‥」

ヴェルニアスの声にも気配にも、カレイスもライギスも感じられる要素はない。

その者達は既に失われたのだった。


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