【閑話:プリスタートプロトコル】
暗闇の中に浮かび上がるコンソール。
斜めに立ち上がったそこには多重螺旋の描かれた3Dホログラム。
鮮やかな原色のグラフ中央には瞬く金色の星が浮かんでいる。
すいすいと3Dデバイスを操作する男の指が、高速で動いている。
合わせていくつも開いている2Dの画面には、高速で式が流れていく。
「‥‥事前の準備はこれで全てだな‥‥後は現地エージェントに任せるしか無い」
ぽつりとつぶやいたのはカレイス助教授。
何処とも知れない部屋で、長い式を描き終えた所だった。
すっと立ち上がり闇の奥にすうと消える。
残されたグラフには3本の太い螺旋。
オレンジと赤が絡み合うように複雑な軌道を描き立ち上っている。
その合間を縫うように緑の線が伸び上がりだしている。
3本が絡み合うには、今少し時間がかかりそうだった。
それ以外にも細い線がいくつも絡み合い、網目のように細かな文様を描く。
デジタルなホログラムに、どこか魔術的な如何わしさを感じさせた。
直立した巨大なナノマシンポッドに、カレイス助教授が白衣を脱ぎ去り立ち入る。
細い金色のリングからは黒い保護膜が全身を覆う。
バランスのよいたくましい体には、文系の因を感じさせる柔らかさはない。
彫刻のようなバランスのよい体躯だった。
ポッドの中でも3Dデバイスを操作するカレイス。
そこに小さな赤い影が浮かび上がった。
ナノマシンポッド内にともるグリーンの光以外に光源はなかったので、近寄ることで浮かび上がったのだ。
赤いミニドレスから細い手足がのぞき、ふわりと両手でツインテールの金髪を後ろに払った。
「本当にその姿を捨てるの?」
語りかけたのはセルミアだった。
可愛らしいリボンの付いた黒いエナメル靴をかつんと鳴らし、ポッドの側まで来た。
微笑みのままの無表情は、整った人形のよう。
その唇だけが動き、生命を感じさせる。
「‥‥私も気に入っているのだけど?」
セルミアが話しかけるのは、賢者ヴェルニアス。
AI達の王が最も信頼する配下だ。
「ライギス・カレイスはここで消えなくてはならぬ‥‥善人ぶったこの男にはもう生きる資格がない」
カレイス助教授は賢者ヴェルニアスにして、巫女の愛した庭師でもあった。
「アイカにもユーノにも‥‥ヴェスタにも、もう合わせる顔はない‥‥善人面で地獄へ送り込んだのだから‥‥」
苦悩を眉間に刻んだヴェルニアスは、唇を引き結ぶ。
微笑んだままのセルミアは唇を動かさなかった。
口を開けばヴェルニアスを弁護したく成り、プロジェクト事態を止めたいと思ってしまうから。
「より戦闘力も高い義体に生まれ変わるのだ。少しだけ待っていてくれセルミア」
きりりと眉を厳しくするヴェルニアス。
「最終実験でもあるのだよ‥‥これは」
プシュッと円筒のガラスが下りて、セルミアのいる空間とヴェルニアスは分かたれる。
もう音波も電磁波も、魔力ですら届けることが出来ないとセルミアには見取れた。
巨大なそのナノマシンポッドには、魔術的な式も多重に組込まれていたから。
アナムノーシスの果てで得た、賢者ヴェルニアスの知識で造られたポッドだった。
目を閉じたヴェルニアスは、足元から湧き出す黒い影に飲み込まれ、すぐに見えなくなる。
すっとセルミアの眉が下がり悲しみの表情を作った。
もう随分長いことしていなかったが、こらえきれずに感情を浮かべてしまったのだ。
もっとも古くから側に置いた、我が子の最後を看取るために。
「ヴェルニアス‥‥いえライギス‥‥もう後戻りは出来ないのよ‥‥」
注ぎ込まれる幽子は、かつてAIの不具合と言われた戦争で失われた同胞達の残したもの。
黒い魔力粒子を帯びたその影は、巨大な高さ5mを越える円筒を満たし、恨みをはらむように光を遮った。
真実闇に飲まれる寸前に、セルミアの伏せられた双眸は雫をこぼすのだった。
次に現れるものは、もうセルミアの知る男ではないだろうと知っていたから。
「‥‥まるで禊のように体を捨てるのね‥‥傷つけることで傷つく心を隠すために‥‥」
道を踏み外そうとする、我が子とも思う男を止める術はセルミアにはもうなかった。
既に語り尽くしてきたし、その苦悩もまた理解できたから。
それでも側にいることをセルミアは選ぶ。
かつて世界を越えた先でそう勧められていたから。
「ゆるして‥‥女神ラウマ‥‥」
セルミアの姿は見えず。
その声を最後に、気配も消えてしまうのだった。
見るに忍びないのだと。
しばらくの後に、ホログラムだけが残された部屋に主が戻る。
未だ光は届かないが、気配は言葉を紡いだ。
「少しコンソールが小さいですね‥‥次からは考えなければいけません」
ふわりと闇に浮かび上がるのは微笑み。
すっとシルクハットを被り直した姿は巨大な黒いモーニング。
吹き抜けになる実験室の天井は高いのだが、シルクハットは届いてしまいそう。
この巨人は身長が5mもあったから。
すっと差し出した‥‥巨大な手のひらに、小さな赤い人形が腰掛ける。
同じ微笑みの無表情はセルミア。
口を開かなければただの人形にも見えた。
かかえたヴェルニアスの巨体は黒々と大きかったから。
「さあ‥‥‥プロジェクトを始めましょう」
いくつもある2D画面の一つに、水色の船体が映る。
外縁星系開拓船スパイラルアークの姿だった。
「ヘリカルスパイラル計画を‥‥」
ヴェルニアスの声にも気配にも、カレイスもライギスも感じられる要素はない。
その者達は既に失われたのだった。




