【第800話:忘れないで進みます】
次の一年間はヴェスタにとってとても実り多き日々だった。
実習は数週間かけて他星系まで行く旅となり、戻れば必ずお土産を持って女子寮へミレーヌに会いに行った。
会えない時間は2人の距離を広げたりはしない。
淋しかった時間を埋め合わせるように、2人は時間を惜しむように話し続ける。
順調に履修を進めるミレーヌも、来年には同じカリキュラムに進むので、とても興味を持って話を聞いてくれた。
「そうなの。みよぉんって、なんだかすごく狭い穴をむりやり通り抜ける感触があったの!」
遠方へ船を送るには、通常の方法では何年もかかるので、星系外縁まで進みある程度重力波や霊子波の影響が少なくなり、因果も切れた所でシフト航行を使う。
ミレーヌはまだ経験したことが無いと言うので、ヴェスタも初体験だったその不思議な現象を説明していた。
「そのあとはなんだか光りかたが嘘っぽくなった宇宙の中を進んで、一時間くらいで戻ったよ」
にこにこと説明するヴェスタはこの一年でまたミレーヌに近づいた。
言葉遣いも表情も。
相変わらず意識して浮かべる表情はひどいものだったが。
隣の星系までのほんの数千光年の旅だったが、それは光の速さでも数千年かかる距離なのだなと、当たり前のことに感動したのだと、身振り手振りもそえて嬉しそうに話すヴェスタ。
「いいなぁ‥‥私も頑張って来年きっと進むよ!」
「きっと大丈夫だよ!」
そう言って抱きしめるヴェスタ。
同じ力で抱き返すミレーヌも自然な笑みを浮かべた。
互いの顔が見えなくなると、同時に淋しそうに眉を下げる。
何処か躁状態のような2人には、あまり時間が残されていなかったから。
優秀すぎるヴェスタは、すでに卒業できるだけの単位を取得してしまっていた。
しばらく無言で互いの温度を味わう2人。
そっと目を閉じたミレーヌがそっと問いかける。
「ヴェスタがやりたいことは見つかったの?」
腕の中のミレーヌに聞かれて、ヴェスタは意気揚々と答えられた。
にんまりといつもの微笑みと温度が違うのは、あたらしいヴェスタの笑顔。
自慢げな顔ヴァージョンだ。
「遠くに行ってみたいの!誰も行ったことがないくらい!」
それはそもそもヴェスタが軍に望まれていた、外縁星系開発プロジェクトに沿った夢と成った。
星系外航行の実習の他に、もう一つヴェスタに課された必須の講座があった。
それは外縁星系開拓要員向けのセット講義。
「‥‥と言うように、様々な因果的影響を考慮しなければ、容易く星系のバランスはくずれるのだ」
ふんふんと真剣に耳を傾けるのはヴェスタ・ルミナスと名乗っている少女。
教鞭を取るのはかつて何度も指導を受けたカレイス助教授だ。
星系構造化学という、霊子的な変化を化学としてまとめた講義だった。
卒業を見込まれたヴェスタは、最終的な進路のためのコースを取っている。
もちろん軍上層部からも密かな指示が来ていて、選択の余地は特になかったのだが、ヴェスタは満足している。
望んだ進路と合致したから。
カレイスの静かな目線にも、どこか誇らしげな色がおびる。
この優秀な教え子は何処まで行けるのだろうかと。
「このような要件に基づいた規則がそもそも準備されている。これはその補助ともなるデバイスだ」
そう言ってヴェスタは一台のデバイスを手渡された。
こてんと首をかしげるヴェスタ。
両手のひらに丁度乗るサイズのパーソナルデバイスだ。
「これはなんですか?先生」
ヴェスタはミレーヌと近づくことで態度を揃えていき、今では普通の学生として自然にカレイスと話すことが出来ていた。
「今後の講義でも使うのでわたしておく。将来的にはキャプテンとして、航海日誌などの提出フォームもその専用デバイスで作成するので慣れておきなさい」
ふうぅんと興味が持てないヴェスタは、先々長い付き合いになるそのデバイスを受け取った。
現在のプロジェクトコースを収めれば、ヴェスタはキャプテンとして外縁星系の開拓プロジェクトに参加する。
そもそもヴェスタを引き抜いた理由はそこにあった。
汎銀河連邦の力が及ばないほど遠方の開拓を、少数のスタッフでこなす今もっとも連邦が力を入れているプロジェクトでも有った。
ヴェスタに与えられた住処は、宇宙軍ゼフィルバルカ基地内にある女子寮だった。
こちらは卒業後も入っていることができる独身寮で、狭いながらも個室だ。
以前のパイロット養成科の女子寮でもそうだったが、寮内が男子禁制なのでヴェスタはとても居心地が良い。
体の各所に集中する視線を意識せずにすむのは、ヴェスタの心を休めてくれた。
フィリアの消息はその後も知れず、外出許可は何度か取れて施設を訪ねたが、入口で追い返された。
頑張っていると軍の担当者が来て、外出許可自体を取り下げられた。
そうして以前基地へ行ったときと同じ、クラウディア少尉に睨まれながら戻ることとなった。
ミレーヌとの仲を深め、将来への目標もできると過去の時間が薄くなっていくヴェスタ。
いつしか毎夜うなされた悪夢も見なくなっていた。
言葉遣いも改め、女子学生として振る舞っている内に、姫としてのヴェスタはどんどんと鳴りを潜め、同時に記憶も曖昧になっているのだと、この時点では気づかなかった。
そしてついにヴェスタが旅立つ日が訪れた。
かつて施設でフィリアに見送られたように、ミレーヌがハグで送り出してくれる。
「元気でね‥‥ヴェスタ」
優しい抱擁とともに、耳元に落とされる言葉。
すんと鼻をすすったミレーヌに、何故か懐かしいなと遠い過去のフィリアを思い出すヴェスタ。
たった2年だが、ヴェスタにとっては幾星霜の彼方にある古い記憶と感じられた。
「ミレーヌ‥‥プロジェクトを完遂したら会いに来ます」
ヴェスタがこれから挑む、外縁星系開拓プロジェクトは基本工程で3年と見越されている。
それは丁度ミレーヌの卒業に該当する年だった。
「卒業のお祝いしてもらえるように頑張るね」
ハグをといて両手を繋いだミレーヌは、ニッコリとそう告げる。
「わかった。スムーズにおわらせて戻る」
にっこりとヴェスタも綺麗な笑みを見せる。
今日は見送りにもう一人来ていた。
今では恩師とも仰ぐカレイス助教授だ。
思い起こせば大切な事を学んだ時は、いつも背を押してくれたのだなと、ヴェスタは感謝の微笑みを浮かべた。
「お世話になりました。先生」
ミレーヌの次にカレイスとも握手をかわすヴェスタ。
綺麗な笑みを浮かべるヴェスタに、めずらしくカレイスも小さく微笑んで言葉をくれる。
「この先の道は自ら選び取る道となるだろう。決してくじけずに進み続けなさい」
すっと真剣な表情に戻すカレイス。
「進んだ先にだけゴールはあるのだよ」
背を押すような言葉を噛み締めて、ヴェスタも表情を正す。
すっと宇宙軍の敬礼を取るヴェスタ。
この2年間でさらに理想に近づいたボディラインを、黒い宇宙軍の制服に包んでいる。
肩章は尉官のものだ。
「行ってまいります!」
元気に宣言したヴェスタの瞳には、しっかりとした意志の光が宿る。
2年前にはなかった、光だった。
基地内だが20㎞ほど先になる配属先へ、車を出して送ってもらった。
車内で色々と手続きも済ませてしまう。
担当するのはいつものクラウディア・レーヴェンだった。
2年前と変わらない温度のない声で告げる。
「いいですね‥‥出自に関してはそのように今後は説明すること。他にもある注意事項はプリント禁止で、もちろん他言無用ですよルミナス少尉」
キリと最後に脅しのように厳しく言われた。
宣言通り飛び級で2年に短縮されたが、航宙大学を卒業したヴェスタは少尉になった。
あの施設に今後は近づいてはいけないし、あそこで生まれたのだとは誰にも話さないようにと誓約書にサインもさせられた。
こういった内々の作業のために車を出してきたらしい。
「了解しましたレーヴェン中尉」
にっこりと微笑んだヴェスタに、ぴぴくと眉を動かすクラウディア中尉は、もう一つ渡したくなさそうに命令書を渡す。
「‥‥そして開拓プロジェクトキャプテンに就任するに当たり、ミッション終了までは特務中尉とされます」
以前より星を増やしたクラウディアの肩章とそっくりの肩章を付けたヴェスタ。
2年間で昇格していたクラウディア・レーヴェン中尉は、同格だと思うなよ、なのか同格だとは思いませんよかはわからなかったが、そこに特別なニュアンスは置かなかった。




