【第799話:選び取ること】
翌日からヴェスタは変わったとミレーヌ・カルニンシュには解った。
特に行動や言動に差はないのだが、ヴェスタの真ん中になにか見えない芯が通ったと感じる。
見せないように隠されていたふわふわとした不確かさが無くなった。
その不確かさは見ているミレーヌをはらはらさせるのだが、それに気付いているのは自分だけだという優越感も有ったのだ。
「おはようミレーヌ‥‥」
相変わらず朝起きるのが苦手なようで、なかなかベッドからでてこないが、その唇には朝を迎えた清々しさが見て取れた。
「おはようヴェスタ。今日は実技が有るよ」
にっこりと見つめながら笑みを浮かべるミレーヌ。
自分だけの知るヴェスタの迷いは見えなくなったが、ヴェスタそのものが変わったわけではないとも解った。
(わたしも変わったのだと思う。きっとヴェスタのおかげだ)
この美しい少女の傍らに有ることで、ミレーヌは世界を楽しい場所だと考えるように成っていたから。
「がんばろうね!」
「うん」
短い返事だったが、ヴェスタは実技の時間が好きだとミレーヌは知っていた。
とても生き生きと操縦するのだ。
楽しそうに微笑みながら。
ミレーヌの父は軍人だったのだという。
あまり話したがらないのは理由があったのだとヴェスタは知ることに成った。
「いい加減にしなさいよ!ミレーヌ。あのカーリテル星系での事故で、どれだけの人が死んだのか知らないの?」
「父親が犯した罪は関係ないとでも思っているのかしら?」
「遺族の方たちはどう感じるのかしら?あのオセアン号艦長の娘が、パイロットになるのだと聞いて」
ミレーヌは唇を引き結び涙をこらえていた。
その表情から、言い返したい気持ちもあるのだなと、ヴェスタは気付いた。
ミレーヌを探していたヴェスタは、以前自分も苦情を言われた校舎の裏側に来ていた。
声が聞こえたので、なんだろうと近づいた所で先の会話が聞こえたのだ。
かつかつとヴェスタにしては珍しく、荒々しい足音を立ててミレーヌの横に向かう。
靴音を立てない歩き方はフィリアが何度も指導してくれたものだった。
今はごめんなさいと心で詫びるヴェスタ。
近寄るヴェスタに気付いた、いつもの3人は、カミラの前に下がっていく。
ヴェスタは特別表情を変えていないが、もうこの3人は油断しない。
何度も恐ろしい顔で追い払われたから。
ヴェスタは何も言わずにミレーヌを抱きしめた。
「ミレーヌ。私が側に居るよ」
ヴェスタの口調はだんだんとミレーヌに似てきて、遠慮のないものになっていた。
その方がかわいいとも言ってもらったから。
ぎゅっと胸に抱きしめると、震えていたミレーヌがしっかりと抱き返してきた。
じろとヴェスタが目線を向けると、カミラを先頭に3人は逃げ出す。
「私達は嘘は言っていませんからね!」
そう捨て台詞を残し、そそくさと立ち去っていった。
うつむいたままのミレーヌは、しっかりとヴェスタに抱きついてきた。
ヴェスタも同じだけの力で抱き返す。
くすんと涙を止められないミレーヌは、そのまましばらくヴェスタに抱かれるのだった。
ミレーヌの父は軍人で、戦闘艦の艦長だったのだという。
汎銀河連邦宇宙軍が対応した、星系を巻き込む大きな不具合に対応する艦隊に居た。
不幸なことにその作戦行動中に、民間人も居住する避難地区に艦を落としたのだという。
乗員だけではなく、民間人にも被害が出たので、かなりの騒ぎになったらしい。
カルニンシュという少し珍しい家名が仇となり、なにか無いかとミレーヌを調べ上げたあの者達はその事件にたどり着いたのだという。
そっとヴェスタに連れられて部屋に戻ると、ミレーヌは訥々と話し始める。
きっと調べたらわかることだからと。
「自分の事ではないと、言いたくなかったの‥‥」
お前がそうだろうと言われて、否定するのは、父を冒涜するように感じたのだという。
「私のお父さんは立派な軍人で、尊敬される艦長だったの‥‥最後まで乗員を逃がし、民間人にも被害を出さないようあきらめずに尽力したと」
世をあまりしらないヴェスタでも、世界はその艦長を好意的に受け止めないだろうと想像できた。
人は自分の視点で物事を計るのだからと。
ぽろりとまた涙をこぼしながら、ミレーヌの言葉は続いた。
「後日逃された部下の人がお父さんの弔意に来てくれて、その時に教えてくれたの」
仕方のない状況で、それでも我が身を省みず最後まで艦と運命を共にした見事な最後でしたと。
どうしても伝えたくて、お邪魔しましたと詫びられたのだと。
ミレーヌは幸いにも父の資質を受け継いだのか、操縦技術に優れていた。
もともと病弱だった母も、父の死後力を落とし亡くなったのだという。
一人になったミレーヌは、亡き父の進んだ道を追いかけたのだ。
そうしてこの学校まで上り詰め、あと一歩で星系船のパイロット候補生になれる。
「軍人になりたいのではなくね、艦長になりたいの‥‥お父さんの見た景色にたどり着きたい」
そうして父は間違っていなかったのだと、証明したいのだ。
自分自身に対して。
「不純な動機なんだけどね‥‥」
そういってミレーヌは最後に涙とともに笑みを浮かべた。
ヴェスタは少しだけ考えてから言葉を選ぶ。
「ミレーヌは立派だと思う。私は応援する」
並んでベッドに腰掛けていたのだが、ぎゅっとヴェスタはまた抱きしめた。
そうしたい気持ちが溢れたから。
「ヴェスタ‥‥」
ぎゅっと抱きしめ返す背中は、自分より少し小さいのになとヴェスタは感じた。
ずっと自分より大人なのだとも感じ取ったのだった。
「たとえ離れ離れになっても。ずっと忘れません‥‥ミレーヌは大切なお友だちです」
まもなく編入から一年が過ぎ、ヴェスタは来月には飛び級で5回生になる予定となった。
優秀な成績と、軍上層部からの圧力が有ったのだ。
女子寮は4回生までしか入れないので、来月には出なければならない。
わずか一年の寮生活だった。
寮を出た後の住まいはもう準備されていて、ヴェスタはそちらに引っ越すのだった。
カリキュラム的にも5回生からは長期の航海に同行する実地研修講義になるのだ。
おそらく母星にいる時間のほうが少なくなるだろうと言われていた。
それはせっかく友達になったミレーヌとの別れをも意味する。
「わたしも忘れない。そしてもう、うつむかないわ。ヴェスタに沢山勇気をもらったから」
あれからも度々カミラ達の嫌がらせはあったが、ミレーヌが毅然と顔を上げていると、それ以上は何も出来なかった。
ひどい言い草もあったが、ミレーヌはもう悪意から目をそらさずに過ごした。
もちろん手を抜くような操縦もしなくなったので、成績としてもヴェスタに次ぐ次席と成っている。
――ミレーヌがうつむかなければいけない理由はないよ
ヴェスタがいつもそう言って背を押してくれたから。
そうしてあっという間に別れの時が来たのだった。
「私もミレーヌに大事なことを教わったの」
外まで見送りに来てくれたミレーヌと、最後のハグをして囁くヴェスタ。
「自分で道を選ぶことの大切さを」
ミレーヌがあの小物たちに何を言われてもあきらめず学び続けたことを、ヴェスタは尊敬していた。
自分だったらとっくにあきらめていただろうと。
「私も‥‥ミレーヌのように探してみる。自分の向かう先を」
そうしてやっとヴェスタは前に進み出すのだった。
自分で選び取った道の先へ。




