【第794話:取り違えていた意味】
ゼフィルヴァルカの航宙大学には4000人を越える学生が在籍している。
それに比してパイロット養成科は人数が少なく、直ぐに全員を把握できたヴェスタ。
その内の一人は同室のミレーヌで、2人で組まされる訓練でもパートナーとなった。
ヴェスタとミレーヌ2人だけで、練習機による単独ミッションに挑んでいる
練習機といっても全長150mもある戦闘艦で、汎銀河連邦の技術を持ってしても、通常は10名程度で運用するものだ。
今はAIのサポートを受けて、特定条件のミッションとして2人だけで動かしている。
衛星とのラグランジュ点や基地と同経度帯にとどまる静止軌道など、特定のポイントを回り、スタート地点であるゼフィルヴァルカ宇宙軍基地に帰還する単調な訓練だ。
艦長をヴェスタが、パイロットをミレーヌがこなしている。
昨日は同じミッションを逆の配置で行っている。
「座学でも人数が少ないのはそのためですか‥‥」
訓練中の私語は特に禁じられていないので、簡単すぎる訓練をしのごうとヴェスタは会話を重ねていた。
ヴェスタにとっては操作することすら殆どないのではと感じる作業だったが、初めてこのサイズの艦艇を動かすミレーヌは緊張していた。
「そ、そうなの‥‥機密に該当する授業も多いから、人数は絞ってあるのだと聞いたわ」
ヴェスタが時々話しかけてくれるので、ミレーヌは少し緊張が和らぎ調子を取り戻す。
タイムスケジュールを見ると、少し優秀すぎるタイムだった。
ほんの僅かに加速度が弱まる。
その微かな操船すらヴェスタには我が身に起こることのように感じ取れる。
「‥‥ミレーヌはどうしていつも本気を出さないのですか?」
ヴェスタにはミレーヌの操艦が、いつも調整している気配を持つと感じ取れた。
計算してみると丁度平均タイムになるなとも解って、なんとなく動機も想像がついた。
振り向いてまん丸な目になったミレーヌは、ちょっとおもしろい顔だったので、ヴェスタは初めてにっこりと自然な笑みを浮かべられた。
ミレーヌはヴェスタは笑わない人なのだと思っていたので、その魅力的な自然な笑みにも驚くのだった。
無事に所定の位置に着陸し今日の授業を終えると、2人で寮の食堂に来ていた。
食堂は食事時間以外はレクリエーションルームとして解放されている。
この女子寮にはパイロット養成科の女子だけが住んでいるので、学生の住人はヴェスタを含めて12名だけだった。
建物の50%も使っていないが、軍の慣例だと二人部屋となっている。
パイロット養成科は軍の機密にも触れる事があるので、一般の士官コースとは分けられているのだ。
この時間はほとんど人気が無い。
実はヴェスタも食事以外で来たのは初めてだった。
少し話をしようとヴェスタが誘ったのだ。
「コーヒーで良いですか?」
ヴェスタがたずねると、ミレーヌは視線を合わせずこくりと頷いた。
オートベンダーからコーヒーを2杯準備し、ヴェスタが配膳した。
向かい側に座ったミレーヌは少し視線を下げて口を引き結んでいる。
ミレーヌは基本的に大人しく、あまり自己主張をしないなと、この数日でヴェスタは読み取っていた。
自分と似ている要素も多いなと、少し仲間意識も持ち始めていた。
ヴェスタが紙のカップに口を付ける頃、ミレーヌは視線を下げたまま話し始めた。
「黙っていてほしいの」
今日自分が指摘したことが事実で意図的だと認め、情報の漏洩を差し止めたいのだなとヴェスタは解釈する。
「推察するに注目を集めたくないのですか?」
そうだろうと考えていたので、あまり間を開けず動機をたずねてみた。
またびっくりの顔になったミレーヌはかわいいなと感じるヴェスタ。
にっこりとしてそのまま伝える。
「ミレーヌはかわいいわ」
くすりと綺麗に笑えているのだが、ヴェスタには笑った自覚がなかった。
ミレーヌは綺麗な微笑みに魅了されたようにぽーっと頬を赤くした。
そうして先程とは違う意味でうつむいてしまう。
ヴェスタとは違い、十分に間を開けてミレーヌが話し始める。
「ヴェスタは私が嫌いなのかと思ってた‥‥違うの?」
ん?と意味を捉えきれないヴェスタ。
全く身に覚えのない評価だったから。
そうして想定外の状況になると、ヴェスタは表情を消してしまう。
すっと表情を無くしたヴェスタを見て、やっぱり嫌いなの?とミレーヌは泣きそうな顔になり下を向いた。
ミレーヌは悪意が怖いのだ。
それが自分に向けられるなら、さらに怖い。
そうして人の顔色を見ないようにする癖を持つに至ったのだ。
「ミレーヌ‥‥」
言葉には悪意はなく、好意も感じられなかったが、もしかしたらと瞳を上げるミレーヌ。
「わたくしは貴女と仲良くしたいと思っております」
にまぁと不気味な笑みが浮かべられる。
この表情がミレーヌの知るヴェスタの標準的な笑顔だった。
ミレーヌはその笑顔の意味をずっと取り違えていたのだと気づく。
「本気で言ってるのよね?」
ぴぴくと眉が動き、にまぁはそのままだった。
すっと表情を消して淋しそうにヴェスタは言う。
「‥‥わたくしは笑顔が苦手なのです」
だんだんしょんぼりとした顔になるヴェスタが、ミレーヌと同じようにうつむいた。
「笑おうとすると、上手に笑えないのです‥‥」
それは短いフィリアとの練習期間でも何度も指摘されたことだ。
――ピアは笑おうとしないと、綺麗に笑えますね
くすくすという、楽しそうな笑いの気配をフィリアはまとった。
フィリアが笑うと、とても嬉しいと感じてヴェスタも綺麗な笑みを浮かべられるのだった。
むんと気合を入れたように視線を上げたミレーヌ。
「さ、さっきはとても綺麗に笑っていたよ!」
はっと顔を上げるヴェスタ。
視線が合うとうつむきたくなるミレーヌだが、今はだめだと思い頑張った。
この気持ちを伝えなくてはいけない。
そう強く思った。
「か‥‥かわいい笑顔だった‥‥」
言っていて恥ずかしくなったミレーヌは真っ赤になり、ついにうつむいてしまう。
「‥‥うれしい」
にっこりと綺麗に笑ったヴェスタがそう告げる。
ミレーヌにかわいいと言われるのは、思いがけず嬉しかった。
自分はきっと嫌われているのだろうと、ヴェスタも思っていたから。
その美しい笑顔には、意味を取り違えるような要素は一つもなく、正しくミレーヌの心に残った。
お姫様のように美しい笑みだったと。
そうしてヴェスタは初めて友達と呼べるような存在に巡り合った。
姉妹でも家族でも、もちろん敵でもない友人だった。




