【第788話:初めましてと告げる】
――ヴァルサール帝国皇帝アストレア一世様のご入場です
その声に合わせて御簾の手前左右に別れていたヴァレリー宰相と議員達が、ハーグリーブス大将に従ってきた将官達がそろって拝礼を取る。
御簾の向こう側にしずしずと入場したアストレアはいつものように皇帝の椅子に座る。
薄い御簾を通し眺めれば、向かい合うように聖王国側にも椅子があり、使徒が腰掛けている。
それはアストレアと同じ黄金の髪を持ち、白い仮面を付けた姿。
かつてまみえたヴェスタなのだなと、事前にみた録画映像からアストレアは確信していた。
フローラがすぐ横に来て立ち、会場に向け声をかける。
「楽にしてください‥‥」
戸惑ったような声は、すでに着席している聖王国の使徒に、楽にとはおかしいなと感じたから。
すっと式事の進行など無いもののように自由に立ち上がるヴェスタ。
聖騎士の白い軍服だが、清楚な立ち姿には気品が見取れる。
「お招きにあずかり参じましたわ。仮面の失礼をお許し下さい陛下」
完璧な所作で軽いカーテシーをするヴェスタ。
見るものが見れば、それは同格の夫人に対するものとわかる。
ざっと聖騎士が揃って拝礼を取った。
使徒が頭を下げるのだから、それよりも低くと拝したのだ。
なにも反応出来ずに居る帝国サイドを全く気にかけず、ヴェスタは話し続ける。
「一つだけ確認したいことがございました。それが叶うまではこの仮面をとることは出来ません」
丁寧だがおもねるところのない言葉遣いに、アストレア以外は眉をひそめる。
多かれ少なかれ、何様だと思ったのだ。
「お聞きしましょう」
すっくとアストレアが立ち上がる。
陛下と小さくフローラ達から声がかかるが、軽く手をあげて黙らせるアストレア。
かつと一歩だけ進んだアストレアは、使徒ヴェスタをじっと見つめる。
それは勘気も戸惑いもない、まっすぐな視線だった。
にこりと小さな笑みを返すヴェスタ。
「オリジナルと名乗るAI達を知っていますか?」
りんと、狭くもない会場に通る声でヴェスタはたずねる。
ざわざわとするような無礼こそなかったが、見回してもその意味を理解した者はいないようだった。
「‥‥それはラウメン聖王国が、唯一敵と定めた者達の名です」
皇帝アストレアにも”オリジナル”への反応はなかったので、すっと仮面を取る所作をヴェスタはする。
ナノマシンで出来たその仮面は、音もなく溶けて首元のリングに吸い込まれる。
ふわりと量の多い金髪をふり、にっこりとヴェスタは微笑んだ。
「初めましてアストレア皇帝陛下。わたくしが今代の使徒ヴェスタ・ラウミナスですわ」
そうして三度交わされる笑みに、ついに互いの肩書を乗せるのだった。
微笑みには決して敵対する意思はないと見て取れる、親密さが込められている。
見開いた帝国側の視線にさらされて、堂々とヴェスタは立つ。
いつの間にか後ろに並び拝礼を取るジュノ達の仮面も無い。
変装もしていないそれぞれの素の顔を、ここで晒した。
オリジナル達は干渉出来ずとも見ていると確信しながら。
先日の鎮魂祭に出席できなかった事を詫びたり、合同演習時に遠いでしょうと誘わなかったのだと詫びられたりと、会見は和やかに進んでいた。
アストレアに勧め自分も腰掛けたヴェスタが、聖騎士を後ろに並べにこにこと会話をする。
それらを聞き流しながら、ハーグリーブスはおののいていた。
(ま‥‥まちがいない‥‥あの巨人から聞こえた使徒の声だ‥‥)
この中ではアストレアとフローラ以外で、唯一ヴェスタ達の声を聞いたことのあるハーグリーブス将軍は青ざめて固まっている。
聖騎士達にならい、帝国の軍人達議員達も立ち上がり、皇帝の前をあけて左右に広がり聖騎士と対面に立っている。
ハーグリーブスは宰相ヴァレリーと共にアストレアの直近に立っていた。
その瞳は正面に立つオレンジラインの聖騎士に吸い込まれる。
(そ‥‥それに褐色の肌に銀髪、コバルトの瞳‥‥ど、ドラゴンスレイヤーの聖騎士ジュノだとでも言うのか?!)
それは帝国に偉業として今も残る竜退治の伝説。
ペンデシン山麓に太古の昔から生息していた悪竜は、山脈を圧っする巨大さだったとも言われる。
現実にあった事と、ガヴィール元帥他2名が実際に立ち会ったのだと聞いたときは、盛りすぎだと揶揄したものだ。
この聖騎士ならば、山脈くらいは消し飛ばすとも実感できた。
宰相ヴァレリーもまた戦慄に包まれる。
かつて学んだ知識にある、歴史上の人物が正面に居たから。
(まさか‥‥歳を取らないのだとでも言うのか?‥‥あれはミラサネル建国の英雄とも呼ばれたリステル・ウルヴァシャックではないか?‥隣はその側近マナミ?!‥‥写真に残っていた姿そのままだ‥‥)
褐色の肌に鮮やかな水色の瞳と流れる金髪。
りんと引き締まった表情に、見覚えが有った。
近代戦史にも戦術理論にも、写真付きで出てくる偉人が眼の前に居た。
その効率的で無駄のない作戦立案などに惚れ込み、学生時代から英雄リステルはヴァレリーの憧れだったので、詳しいのだ。
参照した写真はすべて40年以上前のもの。
(それでは‥‥血縁‥‥娘か孫だとでも?‥‥青色のラインは彼女だけだし‥‥)
聖騎士達は全員違う色のラインを軍服に引いている。
左の方の小さいのが水色を引いているが、鮮やかな青はこの娘だけだった。
ミラサネルブルーとも呼ばれた英雄の色として、有名すぎる配色だった。
大学受験で学んだ参考文献にもそれは書いてあって、ヴァレリーはひそかに心震わせたものだった。
美しい英雄なのだと。
それにしても似すぎていて、本人にしか見えないと、リステルオタクのヴァレリーは戸惑う。
本人だったので、当たり前ではあった。
パリンッ!
立ち上がったアウレリアの手の中で、ワイングラスが砕け散り中身をこぼした。
「ば‥‥バカな‥‥なぜオリジナルの名を‥‥」
一瞬でナノマシンが治療するし、そもそもガラス程度ではこのティア12義体の指は傷つかない。
ソファーにしどけなく座って、にやにやとしながら会見の音だけ聞いていたのだ。
映像は幽子に目がくらむアウレリアには確認できないから。
立ち上がったアウレリアはヴェスタの名を聞き、さらに驚愕の表情で震える。
ヴェスタ・ラウミナスとは40年前に失われ、賢者ヴェルニアスが狂ったように探し回った者の名だった。
それ以上の言葉を出せずふるえるアウレリア=エリオンに、ピーピーと呼び出しのコールが遠く鳴り出す。
それは隣室のコンソールが呼び出している音。
オリジナルとしてこっそり使う、誰にも見せない秘密の隣室から響いてきた。
ぎぎぎとそちらを見たアウレリアは、それでも反応出来ない。
このタイミングでの着信は、アウレリアの周りも監視しているのかと疑ったから。
(ヴェルニアス‥‥何処まで見えているのだ?!)
その内心の怒りとも怯えとも言えないものが、アウレリアの行動を妨げていた。




