【第785話:変わらない祈り】
到着の翌日。
今日は夜に懇親会として、ささやかなパーティを催すらしい。
皇帝は出席せず貴族・軍人達に有力な帝国の商人たちが招かれていた。
来賓として近隣各国の外交官も出席する。
「夜までは自由時間だね!」
『やったぁー!!』
ジュノの宣言に、年少組はバンザイジャンプ。
ぱちぱちちんとハイタッチも交わされる。
「ちゃんと変装していくのよ?!あと約束の時間までに帰ってきてね」
アイカはまだ先のアイトリースの事件を引きずっていて、心配性になる。
「大丈夫!今日は4人一緒だから」
答えたアイトリースに、いえーいと腕を組んであつまるアイ姉妹達。
いつもの聖王国カラーとなったメーナに準じた色使いではなく、かつてアイヴィエンスがヴェスタとともに来た時の地味めなカラーリングだ。
明るい茶髪はヴェスタとアイカの間くらいの色合い。
帝国にも多い水色の瞳に白い肌だ。
もともとアイ達は色白だが、ピンク色をベースにした肌色は、これも西方に多い特徴だ。
メーナはそのままの色で、リーベはいつものメーナに合わせた色合いだ。
「ごめんねリーベお願い」
アイカに頼まれるリーベは首を振った。
「いいのよ、メーナも行きたいって言うし。わたしも楽しんでくるわ」
ぱちっと非常に珍しいリーベのウインクを見て、アイカはショックを受けた。
ジュノのまねをしてこっそり練習していたが、まだ人前で出来る技量ではなかったから。
妹のくせにとアイカは悔しがるのだった。
「まあ同じアズラントの街中にいるんだし、魔力リンクも在るからね」
リステルも地味色に髪を染めて茶髪になっている。
ナノマシンも使ったこの変装はまつ毛まで色を変えるので、地毛にしか見えない。
肌色はそのままだが、東方人もそれなりにいるアズラントなので目立つことはない。
そのリステルと腕を組んだマナミもリーベと同じメーナ色だ。
最近リーベが髪を伸ばして背中まであるロングに成っているので、差別化が図られていた。
ルクール達はにこにことそのままの色合い。
ユーリアを挟んでルクルニが3人で腕を組んでいる。
ちょっと小さいユーリアは嬉しそうににこにこだ。
3人は夜もそのままパーティーに参加予定なので、特に変装しない。
服は私服になっているが、帝国軍には3人を知っているものも多い。
表に出るときはこの3人がメインで動いてきたから。
ヴェスタがユーリアのすらっとしたアイラインのシンプルなワンピースの胸元に付けているブローチを直してくれる。
少しだけ斜めに成っていたのは、自分で頑張ったからだ。
「えへへ、ありがとヴェスタ!」
むぎゅっとヴェスタにも抱きついて嬉しそうなユーリアは、アズラントの街が初めてなので楽しみにしていたようだ。
よしよしと髪も直されて、にっこりはにかむユーリアだった。
そうして3組のお出かけを見送ると、アイカ達も準備を始める。
こちらはフォーマルにそろえて、ジュノは白上下のパンツルック。
アイカは足首まであるAラインのサテンドレスで、つやつやの生地はおちついた真紅。
小さな髪飾りは黄金に紅玉をあしらったもの。
お姫様のように着飾ったお嬢様の出来上がりだ。
ヴェスタもジュノと揃いの白スーツだが、下はタイトスカート。
アイカはドレスと揃いの生地で作った日除けの鍔広帽子に顔を隠す。
ご丁寧に白レースのシェードまで着いていて、顔はほとんど見えなくなる。
身分の高い貴族女性は日焼けを嫌うので、それほど珍しくはない。
ぴしっと最後に黒のサングラスを着けるジュノ。
オレンジのカットシャツも鮮やかな差し色。
胸元に同じ色のハンカチがチラ見せ。
にんまりをやめればプロのボディガードに見える。
ヴェスタも今日は長いふわふわ髪を茶髪に染めて編み込み胸元に垂らし、エメラルドグリーンのタートルネックをインナーに白い上下となる。
ジュノとおそろいの黒メガネで変装完了となる。
3人は迎えに来た教会の馬車に乗る。
後席にのっていた神官と巫女が降り立ち、恭しくアイカ達を迎え入れた。
4頭立ての大きな馬車には余裕を持って6人の大人が乗れる大きさ。
自動車が普及した中、今のアズラントでは逆に馬車がステータスになっていた。
只者ではないのだと視線を集めることとなる。
「ぷはぁ‥‥」
ぐるぐると顔を隠していた装備を外すアイカ。
両隣のジュノとヴェスタもサングラスを外す。
「ご面倒おかけします‥‥私どもの宿にお招きできれば良かったのですが」
声をかける初老の神官は、女神教の高位の司祭だ。
アズラント五賢人たるエティエンヌ女史の元同僚だ。
「エティエンヌさまにはとても良くしていただきました。今日もこうして真巫女さまをお迎えする大役を任せていただきました」
姫巫女リシュアナ以上の立場を示すため、アイカを聖騎士ではなく『真巫女』と呼び習わす女神教関係者達。
本来は女神と言葉を交わした者は全て『使徒』と呼ぶのだが、今回の使徒はヴェスタですとアイカは言うので、リシュアナの提案でそうなった。
巫女の頂点たる姫巫女よりも女神様に近いのだと。
女神教の神官となる前には、アズラントでも部下だったのだと、2人に教えてもらう。
巫女の方もそれなりの年齢なので、帝国に併合前にも神職についていたのだという。
「さあ‥‥到着です」
そういってあまり大きくない窓にかかったレースのカーテンを広げて見せてくれる。
天を着く鐘塔にはキラリと陽光を返す、銀のベルが下がっていた。
華美ではないが、白を基調とし、しっかりとした作りの教会だった。
「ここは帝国以前より残されている、女神様の教会です」
にっこりとそういって神官はアイカに示すのだった。
ここを守り抜いてきましたと、少しだけ誇らしげに。
りんごーん‥‥りんごーん‥‥
定時の祈りの時間はない女神教だが、祭事や特別な参拝者にはベルを鳴らす。
もちろん姫巫女を超える巫女が参るので、盛大に鳴らされた。
教会と教区に在する12名の神官と巫女が、左右の壁際にひざまずいている。
ジュノとヴェスタは入口の左右に残り、アイカを送り出した。
馬車の中で呪文を唱えて変身したアイカは、いつもの巫女装束になっている。
もちろん呪文は本来いらないが演出だ。
茶髪と鳶色の瞳に戻して、額には見事な黄金細工の日輪と翼のように広がる髪飾り。
ふわりと打ちかけられる朱色の薄羽衣は、かつてアイカが見た巫女愛佳の姿だ。
(すごいです‥‥女神様の気配がちゃんとあります‥‥)
聖堂の正面に立つラウマの像は白い石製で、愛佳達の作ったものと遜色ない作りだ。
アイカの目にはそこに降り落ちている微かな女神の気配が重ねて見える。
薄暗いチャペルの中に、高い天上から黄金の光が降り落ちて見えているのだ。
そうしてアズラントで最も古く、格式のあるとされる教会を参ったアイカ達だった。
ジュノとヴェスタも他の巫女たちと同じように、ドアの内側で拝礼を取った。
「Lauma, atspoguļo savas rokas siltumu manā rokā un manā sirdī.」
滔々とアイカの聖句が流れるにつれ、降り落ちる黄金のオーラが強くなっていく。
(あぁ‥‥愛佳‥‥見ていますか?愛佳の祈りも共にありますよ)
瞳を閉じたアイカは、不思議と懐かしい温かさと柔らかな甘い匂いを感じ取った。
――いい子ね
そういって撫でられた日々を、はっきりと思い出せるアイカだった。
それはいつも祈りと共にあったから。
「Šī balss nekad nepazudīs...」
――Arī šī sirds nekad nepazudīs.
言葉にはせずに、最後の祈りを心に秘めるアイカ。
それはアイカを形作る、大切な呪文だった。




