【第783話:ふんわりの裏側に】
聖王都ラウミナスには、改築増築された大きな館が神殿の横に立つ。
元は役所として使っていたが、手狭になってきたので商業区の中にもっと大きな役所ビルを建てた。
いまでは礼士と呼ばれる公務に携わるものは数百人となり、五賢人やセイラシュ・スフィーラ達聖礼士達の指示のもと、ラウメン聖王国は国としても営まれている。
残された役所ととなりの迎賓館をひとまとめにして6階建ての大きな建物にした。
ここは今日、密やかに対帝国会議の議場となり、サプライズ歓迎会の会場ともなっていた。
その楽しげなざわめきを遠くに感じる屋上に、小さな影があった。
「にいちゃん‥‥」
一緒に楽しもうねとメーナに連れ出されてきたが、カイルはナロンの失踪を聞きひどく落ち込んでいた。
副隊長として隊を任された責任感で、なんとか取り乱さずにいただけで、マナ達が心配になるくらい落ち込んでいた。
「早く帰ってきて‥‥ぼく、一人ぼっちになっちゃうよ‥‥」
家族を失いカルサリクを逃げ出したカイルは、ただ一人の肉親たる兄ナロンを支えに生きてきたのだ。
いまだ父母の喪失すら癒えないまま、自分も役に立ちたいというナロンの姿勢に倣い、今日まで耐えてきたのだ。
それでもただ一人となった肉親の安否に、憂慮はつのるのだった。
今も乾杯からつづく華やかな雰囲気に耐えられず、そっと抜け出してここに来ていた。
今夜は満月なので、アルドゥナの巨大な月が暮れてゆく紫の地上に白い光を落としていた。
「くすん‥‥」
ついにこらえきれず涙がこぼれた時、きぃと後ろでしめてきたドアが開いた。
ゴシゴシと乱暴に目をこするカイルは、入口に背を向ける。
誰が来たかを確認するよりも、泣き顔を隠したかったのだ。
「カイル‥‥だいじょうぶ?」
そっと遠慮がちに声をかけ、とことこと近づくのは白い軍服で正装したメーナだった。
他に美味しいものないかなと探しに来たら、思いがけずアストラル・プロジェクションでカイルの漏らす深い悲しみに触れたのだ。
そっと肩に添えた手のひらには、癒してあげたいという気持ちがあふれる。
そうしてメーナもリーベ達に淋しさを埋めてもらい生きてきたから。
「な、なんでも無いよ‥‥なんでも」
いい切りたかったが、ぽろりと涙が落ちるのは止められなかったカイル。
しっかりしろと笑うナロンの笑顔を思い出してしまったから。
ふわりと突然あたたかな温度に包まれるカイル。
メーナがやわらかく抱きしめて、頭をなでる。
いいこいいこと、言葉はなかったが優しく撫でられていると、しくしくと涙がこぼれだした。
ふるえるカイルを、今度は胸に強く抱くメーナ。
「ないしょにしててあげるから、泣いてもいいよ」
そっと囁かれ、ついにカイルは声を上げて泣き出す。
あーんと、それは年齢よりも少し幼い嗚咽だった。
その悲しみには、かつて一人ぼっちで泣いていたメーナと同質の悲しみがあった。
カイルを抱きしめるメーナの唇が、そっと動き式を紡ぐ。
月光に含まれる魔力を受け取り結界として展開したのだ。
その光にはメーナの最も得意な月の魔力が多量に含まれていて、とてもうまく作動した。
カイルの悲しみを外にこぼさないようにと。
ヴァルサール帝国海軍全艦を持ってラウメン聖王国の使徒を迎える。
その名目でラウメン大陸西方に展開していた帝国艦隊には、その武威を現したい目論見が多くあった。
先日開催されたRIMLAM(環ラウメン大陸合同演習)への対抗心が、過剰な兵力と成ってここに示される。
「くっくっく‥‥来たな‥‥どうやらエドマンドの策は成ったな」
エドマンド・ヴァレリー宰相とハーグリーブス将軍の描いた絵では、この大艦隊に囲まれる少数のラウメン聖王国艦艇を、密かに呼んでいる帝国寄りのメディアに報道させるつもりだった。
(どんなにひねり出しても20隻程度だろう?)
鎮魂祭の報告で聖王国の戦力を評価していたので、わかりやすい数の差を絵として見せたいのだ。
そうして100を超える艦艇をこの海域に並べた。
そうして待ち受ける大艦隊に、聖王国は一隻の空母を送る。
旗艦ヤオンスラウミナスの400mを超える巨体だ。
サイズでは圧倒しているが、包み込むように展開する帝国の無数の艦艇の前に頼りなくも見えた。
「‥‥一艦だけ?あの巨大空母だな‥‥まぁ都合はいいな。大きさ以上にわかりやすい数の差が見えるだけだ」
にまにまと、先日のははぁを忘れたかのようなハーグリーブスだった。
ずばぁあん!!
真っ白いショックコーンを散らして、どんと今日は少し飛行甲板を鳴らしてジュノが降り立つ。
『おい!一番偉いやつ!出てこい!空母沈めるぞ!』
もう決め台詞になった感のある大音声だった。
がんと石突を着いてバナー付きランスを立てると、つづいてアイカも下りてくる。
ずばぁあん!!
音速で落ちてきて最大限のUMSで減速する演出は同じ。
ポーズを取ったアイカのスヴァーレイクが僅かに浮いて甲板の上に現れた。
片手は天に向けられバナー付きランスを持ち、反対の手は体を巻くようにそえられ弓なりに背をそる、背景にばばぁぁんと大文字がでそうな立ち姿ですとっと降り立った。
『さあみなさん!ははぁの時間ですよ!』
にんまりのアイカが宣言すると、ぱあっと黄金の光が降り注ぐ。
きらきらと輝く黄金のふちどりが、ヴェスタのふわふわ使徒さま仕様スヴァーレイクを包み込む。
毎度おなじみのシナリオ6だった。
「出迎えご苦労さまです。先導はお任せしますね』
やわらかなヴェスタの声が落ちてくる。
冷たい鋼鉄の甲板に拝礼を取ったハーグリーブスは、なんでと顔を歪めていた。
帝国が世界へ権威を示すはずの場だったのにと。
(こ‥‥この部分はカットするように指示しなければ。いや検閲させて徹底させよう)
赤黒く怒りにそまったハーグリーブスだったが、どんとジュノが石突を着いたので、はっと慌てて思考を打ち切る。
「‥‥よろしいですね?帝国の将よ」
ヴェスタの声は柔らかいのだが、顔をあげられない圧力がある。
黄金の光と20mの体躯で。
ハーグリーブスには、これにたおやかなヴェスタが乗っているとは感じられない。
この巨人達が使徒で聖騎士なのだと感じていた。
(ま‥‥まずい‥‥なにを聞かれたのだ?!)
ちらちらと後方の士官達をみれば、拝礼のままうんうんうんと高速で頷いている。
これは了承していいのだなと、ハーグリーブスは答えた。
「よ、喜んで!!」
「居酒屋か?!」
するどいツッコミはアイカだった。




